◇第四話
今回の施設団来訪の目的は、友好関係をより強固にするためのもの。そして、魔法省の見学と首都に設置された魔鉱装置の視察。
この国には魔道師が多くいる。誰もが体内に宿している魔力をエネルギーとして魔法を操ることが出来る者を魔道師と言い、貴族に多く見られる。この大陸の人口では約4割。そしてこの国が非常に多くいる。
だから、この国の魔道技術は優れていると言われている。
それは、魔法で作られた魔道具もそう。
我々の為に開いていただいた使節団歓迎パーティーは、とても煌びやかな会場で行われた。会場内は魔道具が設置されて夜であっても会場が明るく華やかにしていた。……ここまで並べられていると、この国の最先端魔道具技術を見せびらかさているような気分にもなる。
「……すごいわね、お兄様」
「魔道具、だろうな」
会場の真ん中で披露されている、噴水ショー。大きな噴水の他、音楽に合わせて踊っているかのように床から水が噴き出している。
本来であれば水浸しとなり会場内には導入出来ないものであるけれど、気にせず彼女達は噴水の近くで談話を楽しんでいる。
遠くから見るに、恐らく濡れていない。水魔法、なのだろうけれど……さすが、ね。
噴水ショーの周りを見渡すと、探していたクラリスを見つけた。
クラリスは私よりも遠くに立っているけれど、何やら彼女の周りがざわざわしているようにも見える。
私がそちらに目を向け、そして……息を呑んだ。
信じられなかった。
パチンっ……
そんな乾いた音が会場内に響き渡る。そして、その視線の先には……
「何、私のこと馬鹿にしてるの?」
頬を叩いたであろう者と、叩かれた者が立っていて、周りは少し離れてその場を囲っていた。その輪にいたのは……クラリス。
そんなはずがない。クラリスがそんなことをするわけがない。
けれど、クラリスの声を間違ったことなんて全くない。この声は、彼女の声だと確信している。
そして、クラリスが他人の頬を叩いた事も。
「伯爵令嬢風情が、私に指図しないで」
私が見ているのは、夢? あの女性は本当にクラリス? けれど、視線が合って、彼女は顔を強張らせてそっぽを向いてしまった。
一体何が……? そう思い声をかけようとお兄様と向かおうとしていた時、声をかけられた。
「こんばんは、王太子殿下、王女殿下」
私達の元へ来たのは、この国の第一王女。アデライド・ルミ・アーデルへイド、だったかしら。もう一人の兄妹である王太子とそっくりね。長い金髪がとても綺麗だわ。けれど……微笑む姿が、何となく変に思うのはどうしてかしら……?
「とても仲良くいらっしゃいますのね。仲睦まじくてとても羨ましいですわ」
「光栄です」
その時だった。「姫様」と連れてきた私のメイドが声をかけてきた。話があるらしい。ということは……私がお願いした案件か。
では失礼いたします、そう残して2人から離れ会場の端に。そして静かに会場を後にした。
「——で?」
「王宮のメイド達の話では、クラリス様は社交界では悪女と言われているそうです」
私の世話係として連れてきたメイド、フェリシーにとあるお遣いを任せた。それは、王宮の内情を調べる事。特に、クラリスに関して。
私達の滞在期間は限られているのだから、すぐにでも動いた方がいい。とはいえ、やましい事でもあれば聞いても本当の事を言わないだろうと私の護衛騎士であるフェリシーを世話係として連れてきてこっそり調査をしてもらう事にした。
「社交界では手をあげたり暴言を吐いたりと……有名なのが、この国の王女殿下とのいざこざで、クラリス様が王女殿下を脅したそうです」
「……」
「……これは本当にクラリス様の話なのかと疑ってしまいましたが、会場でのあの様子を見れば信憑性は増しました。ですが、本心だとは思えません」
「そう、ね……」
悪女、ね……
私の知るクラリスがそんな態度を取るわけがないことは分かっている。
けれど、思い出すあの日の記憶。クラリスが帰ってきた時の衝撃。一体、クラリスはどんな過ちを犯したのかしら。私の知るかぎり、クラリスがどうして報いを受けないといけなかったのか、どう考えても思いつかないわ。
とはいえ、調べてみない事には詳細は分からない。
「引き続き調査をお願い」
「かしこまりました」
限られた時間の中で、私に出来る全ての事をしてでも……クラリスを守ってみせる。
その後、会場に戻ろうと密会をしていた廊下から二人で歩きだしたけれど、目の前にあった曲がり角に差し掛かろうとした時、とある人物とぶつかりそうになる。
「きゃっ!?」
それは、紫色の髪をした私よりも年上の女性。挨拶は、していない女性だ。という事は、伯爵家より下の令嬢。
一瞬顔を引きつらせ身震いをさせた彼女は、すぐに笑顔を見せた。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。マレルブ子爵家の一人娘、ブリジット・マレルブでございます」
とても綺麗なカーテシーで挨拶をしてきた。子爵家、というと下位貴族。
「殿下はこれから会場に? でしたらご案内いたしますわ」
「……お手洗いを探していたの」
「そうでしたか! でしたら私がご案内いたします!」
ニコニコと私の隣に移動し背に触れてきては「こちらですよ!」と彼女が来た反対側の道を差した。王族の身体に許可なく触るのはいかがなものか、とも思ったけれど……黙っておいた方がいいかしら。面倒事にはしたくない。
その時だった。北側の廊下から、彼女が現れた。そして、彼女は……マレルブ子爵令嬢の頬を、叩いた。
乾いた音が、廊下に響いた。その様子を見ていた私は、呆然としてしまった。だって……
妹が他人を叩くようなところは、見た事がなかったのだから。
さっきもそうだ。会場で、クラリスが他の女性の頬を叩いたように見えた。クラリスが彼女の頬を叩いたなんて……何かの間違い? いや、今、目の前で、見た。
「私のお姉様に触らないで」
「あっ申し訳ありませんっ……!」
クラリスが彼女に向ける視線は……とても冷たく、鋭かった。
そして、その後私に向ける表情は、満面の笑みであっても、どこかぎこちないものに見えた。クラリスは、私の手を握る。
「ごめんなさい、お姉様。躾がなっていませんでした。後で叱りつけておきますので、許してくださいね」
「……」
どうして、そんな事を笑顔で言ってくるのだろう……誰でもない、クラリスが。小さい頃から、とても心優しくて、分け隔てなく周りと接していたクラリスが。
一体、この国に嫁いで何が変わってしまったの……?
「お姉様?」
「……」
一体、この国はどうなっているの……?
「……私、お手洗いに行ってくるわ」
「そう? なら私が案内するわ」
「いや、いいわ。クラリス、貴方旦那様が待っているんじゃないの?」
旦那様。その言葉にクラリスはわずかに顔を引きつらせ肩をぴくつかせた。その行動は、ちゃんと直視していないと分からないくらいのものだったけれど……私には、分かった。
じゃあ、お手洗いに行ってくるわ。そう言いつつ傍で控えていたフェリシーを連れてその場を離れた。
今は、考える時間が欲しかった。
けれど、思い出した。ちょっと待って、と足を止めた。
「姫様?」
「シッ」
「っ!?」
私は、すぐに引き戻した。息をひそめて、静かに近づいた。
息を飲んだ。
「——調子に乗らないで」
「っ……」
私の耳が、ちゃんと捉えた。地獄耳の私は、間違いなく、確信した。
——彼女は、私の知ってるクラリスだ。
……と。
「アンタなんて、どうせ数日後には死ぬ運命なのよ。今は死刑執行猶予。死ぬ前に大好きな家族と会えてよかったわね」
「……」
「せいぜい醜い自分を見てもらえばいいわ」
叩かれた側のマレルブ子爵令嬢が、調子に乗るなと吐き捨てて会場に行く道へ去っていった。
死ぬ運命。死刑執行猶予。
醜い自分。
「えっ」
……ふざけるのも大概にしてほしい。
気が付けば私は速足で近づきクラリスの腕を掴んでいた。そして、静かに近くの部屋に入ると、鍵を閉めた。
何故、鍵を閉めたのか。私のその行動にクラリスは緊張した顔を浮かべていた。一体何を思っての表情なのか。
「アリエス……? お手洗い、見つからなかった?」
「……」
私は、クラリスの後ろに立ち……スカートのすそを持っては思いっきり上げた。
「お姉様っ!?」
「シッ」
「あっ……みっ見ないでっ!!」
やっぱりそうだ。おかしいと思ったんだ。歩き方がおかしいって。今思えば、私よりもカーテシーが上手だったクラリスが、あんな動きをするはずがない。
その原因は……ふくらはぎにいくつもある、鞭の痕。血が滲んでいるから、つい最近のものだと思う。
という事は……
「これ、誰にやられたの」
「た、ただ転んだだけで」
「本当に?」
立ち上がり、クラリスの目の前に立った。そして、両手を私の手で包み、クラリスの目を見据えた。
「本当に、転んだの?」
「……転んだの。だって、アリエスも知ってるでしょ? 私がどんくさ……」
「そんなの知らないよ」
私は、クラリスと一緒に生まれて、貴方がこの国に嫁ぐまで、ずっと一緒にいた。その幸せな日々を、いつだって忘れた事がない。
だから、クラリスがどんくさいだなんてありえないと確信出来る。
「私よりも器用で、心優しくて、素直で、人の気持ちに寄り添える。私の、大事な、誇れる妹だよ」
「っ……」
「ずっと、ずっと心残りだった。私のせいで、本当は私が嫁ぐはずなのにクラリスが嫁ぐことになっちゃって、本当に謝りたかった」
「そんな事ないっ!」
私が握る手を、握り返したクラリス。目の前にいるクラリスは、私のよく知る姿。
「そんな事っ……思わなくていいって言ったでしょ……! 私は幸せになってくるからって……」
「これで幸せって言えるの?」
「っ……」
「私の目には、幸せに映ってない。本当に、心からそれ、言える?」
クラリスの視線が、右下に逃げた。いつもそう、迷ったり困ったりすると視線をそっちに逃がす。いつもの癖だ。
この国に嫁いでから何があったのかは分からない。けれど、この国にクラリスが幸せでいられる場所があるだろうか。
「……——お姉ちゃんはここにいるよ」
「ぁ……」
「だから、安心して」
そうして、抱きしめた。
よく、小さい頃からクラリスに言った言葉。お勉強に挫けそうになっても、悲しい出来事があっても、二人で一緒に歩んで乗り越えてきた。
だから、今回も大丈夫。
それは、口に出さずともクラリスには伝わっている。
クラリスは、私を強く抱きしめてきた。そして……
「おねぇ、ちゃん゙……」
「うん。お姉ちゃんはここにいる。大丈夫」
「うん゙……」
ここまで、頑張ったね、辛かったね、もう大丈夫だからね。その言葉を込めて、クラリスの背中を撫でた。




