◇第十一話
噴き出す炎から飛び出てきたのは、エルフの姿となった褐色肌の男性。ダークエルフだ。
このガーデンパーティー会場を囲むかのようにして、壁で逃げ道を塞いだ。ダークエルフはもちろん、この会場内にいる王族、そして貴族達の退路も断った。逃がしてやるつもりは毛頭ない。
「チッ」
クラリスと服を交換した際に見た、背中に刻まれていた印。あれは魔道具ではない。〝呪い〟だ。
呪詛者がターゲットに刻み、リンクさせてエネルギーを奪うもの。入れ替わりの際に彼女の背中に刻まれているものを見てすぐに分かった。
「私達が来た時点で逃げていればいいものを……あぁ、逃げられなかったのか」
「っ……」
そして、ダークエルフは呪いに触れた証。恐らく、王女をそそのかし協力させたのだろう。琥珀を彼女から奪ったのも、こいつの仕業だろうな。
「クラリスと繋がっているから、私達が来ると分かった時点で切断し逃げるつもりだっただろうが、クラリスが繋がりを強化し切るに切れずこのざま」
「……チッ」
呪いは呪詛者とターゲットの距離を保たねばならない。だから、近くに潜伏していた。
そして今回、クラリスはお兄様の神聖力を使ってこの会場に引っ張り出した。
恐らく、クラリスは最初から自分一人でこのダークエルフを何とかするつもりだった。けれど、我慢比べ途中で私達が来訪してこうなってしまったという事だろう。
エルフの子孫であるユディッタ人は、禁じられた呪いに手を出せばダークエルフに堕ちる。呪いを手に入れるためには大量の命を生贄にしなくてはいけないからだ。今の彼のような、エルフ本来の姿となり褐色肌に変貌するのがその証だ。
その際、我々エルフの命の源である神聖力は自身の力で回復する事が出来なくなり、徐々に消えてしまう。
ダークエルフはユディッタ王国の監獄に収容されるが、このダークエルフは脱獄したのだろう。だが逃げたとしても生き残れない。だから、クラリスにこの呪いを刻み神聖力を徐々に奪い取っていた。
純血である王族は、純度の高い神聖力を多く持つ。まさに恰好のエサとなったのだろうけれど、誤算だったな。
「ダークエルフであるお前はこの世の穢れである呪いに手を出した。それすなわち、万死に値する」
「っっ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
ダークエルフの立つ地面から火柱が立ち閉じ込めた。高出力の火力であり、外側を神聖力で固めたから出られないだろうな。
呪いは数万人の魂と憎悪を生贄とする。こんなところで呪いなど使わせてやるつもりはない。
「だせぇぇっ!! だしやがれぇぇっ!!」
炎の中でも神聖力の壁を叩き叫ぶダークエルフ。恐らく1年半奪いに奪い続けたクラリスの神聖力を身に宿しているからこそ、まだ正気でいられるのだろうな。
……非常に腹が立つ。
だが、今はそこで大人しくしてろ。お前の出番は後だ。
そして、国王の方に目を向けると彼は身体を強張らせた。冊子を持っているから、恐らくあれが私が要求したものだろう。ゆっくりと彼の前に向かうと、震える手でその冊子を渡してきた。
「こっ……これで、満足か……?」
薄めの厚さで黒い表紙となっている冊子を開くと、写真と文章が書かれている。ぺらぺらとめくってみるが……私の探す人物は載っていない。
「おかしいな。私の探している〝家族〟が載っていない。書き漏れがあるのではないか?」
「そ、そんなはずは……」
「な? 第一王女」
「っ……」
私が視線を向けた王女殿下は、尻もちをつき顔面蒼白で肩を震わせていた。その様子に国王は彼女が何か関わっているのかと思ったのだろう。座っていた玉座から勢いよく立ち上がった。
「お主っ何をしたっ!!」
「ひっ……」
靴を鳴らせ速足で王女の元へ向かうと腕を掴み立たせては睨みつけていた。その様子に彼女は涙を流しては震えている。
その時、私の隣に一瞬にして現れた。フェリシーと、私が探していた〝家族〟が。
「コレットっ!!」
ボロボロなメイド服を着た、クラリスの専属メイド。フラフラなところをフェリシーに抱えられている。よかった、意識はあるように見える。
そして、遠くにいたクラリスが駆け寄っては涙を流し彼女の安否を確認していた。クラリスの後に来たお兄様は私を見ては頷いて見せた。お兄様がクラリスの呪いを解呪してくれたのだろう。なら安心だ。
「お、くさま……!?」
「コレットっ……コレットっ……ごめんなさいっ……本当にっごめんなさいっ……」
私の姿をしたクラリス、そして私の姿を見て、ここではただならぬ事が起きているのだと理解したのか、コレットはフェリシーの腕から降り、私達に向かって頭を下げた。
「琥珀は」
「こちらに」
コレットは、肌身離さず持っていたらしい、首に提げた琥珀を出した。そして、それを私が握りつぶせば彼女は私と同じような姿に。
「「「っ!?」」」
「王族の血を受け継ぐ者達は純血だ。そして、純血の者達は本来の姿に戻る事が出来る。……——さぁ、お前達は誰をこの牢屋に捕らえたか理解したか?」
その場が、静まり返る。
「彼女は婚外子であれど王族の血が流れる者。であれば、彼女が犯した罪を今この場で洗いざらい全て聞かせてもらおう」
「っ!?」
国王達は、クラリスの専属メイドであるコレットをこの牢屋に捕らえたことすら知らないような様子だ。であるならば、これは全て王女の独断。
これで、たかがメイドに、とは言えなくなった。さて、王女は何を言い出すか。
クラリス。そう視線を向けると、彼女は頷いた。そして、公爵の方に足を向けゆっくりと近づいた。
「……私は、和睦の為にこちらに嫁ぎました。王女として、我が国の発展のための第一歩となるように努めなくてはならないという責任もありました。けれど、例え義務であっても歩み寄ってほしかったです。最初は難しくとも、時間をかけて心を通わせたかった。けれど……もう、終わりです」
「っ……」
ロッセル公爵は、後悔の色を見せた。けれど、今更後悔したところで意味がない。
クラリスは、ずっと持っていた薄い冊子を静かに彼に向けた。恐らく、あれは『離婚届』。クラリスのサインが記入されているはずだ。
公爵は開かずとも分かったことだろう。静かに、震える手でその冊子を受け取った。
クラリスは……笑顔を見せた。その笑顔には、たくさんの想いが詰め込まれている事だろう。
本当に、クラリスは心の優しい女性だ。
そして、彼女は王女の方にゆっくりと歩み寄る。
王女は近づいてくるクラリスに肩を震わせ後ずさる。クラリスは、彼女の前で足を止めた。
「王女殿下、ロッセル夫人という名が欲しいのでしたらお譲りいたしますわ。ですが、私の家族を傷つけた事は決して許しません」
「っ……」
「私が至らなかった事に関しては、申し訳なかったと反省しています。ですが、我が母国を侮辱し取り消していただくようお願い申し上げた事で私のメイドに鞭打ちをし地獄牢に一年以上も閉じ込めるのはいささかやりすぎではございませんか?」
「そっ、そんな事っ……」
「自分はしてないのと仰るのですか」
「あっあの男よっ!! 私は言われてやっただけよっ!! そそのかされたのっ!!」
なるほど、自分が不利な状況に陥れば他人になすりつける。あのダークエルフになすりつけ自分は無実だと主張するか。
「に、してはだいぶ楽しんだようだがな」
クラリスの隣に立ち微笑む私を見た王女は、顔面蒼白で言葉を発すことが出来ずにいた。恐らく、考えているのだろう。どうすれば自分が生き延びられるのか。
「っ……そっそんな事ないっ!! 騙されたのっ!! 騙されただけなのっ!! 私は何も悪くないっ!!」
自分は悪くない、と言い張るか。
一体、彼女のこの言い分はどこまで正解で、どこまで嘘なのだろうか。
少なくとも、王族としての威厳は全くない。
醜い……本当に、醜い……
「王女っ!! 黙らぬかっ!!」
「っ!?」
その口を止めたのは、他ならぬ国王。顔を真っ赤にし、怒りを露わにする彼を見た王女は、自分の姿に気が付いたかのような様子を見せた。
「す、まない……ここは私に免じて引いてはくれぬか。この者達への処分はすぐに処理する」
「……お前にそんな価値など全くない」
「「「っ!?」」」
実の子である王女をここまで甘やかし、見て見ぬふりをし……国と国を結んだ国際結婚の花嫁を、無惨な姿で送り返してきた。
私が許すと思うか?
もしそうであれば、お気楽なものだな。
「我が家族達を傷つけた罪は重い。その身をもって償え」
「陛下っ!!」
その瞬間、国王と王女、そして私の間に透明な壁が出現した。二人を守るかのように現れたこの壁は、魔力を編み込んだ魔法だ。
「お下がりくださいっ!! 陛下っ殿下っ!!」
知らず知らずに周りに列を作っていた者達に気が付いた。そうだな……15人くらいか。杖のようなものを持ち、私に向けている。なるほど、魔道師か。
だが、残念だ。またしても、魔道具。
内心ため息を吐きつつも、フェリシーに目配せしクラリスとコレットをお兄様の元へ連れて行かせた。クラリスは私に言い出そうとするも聞こえないふりをした。
これは私の問題、と言いたいのでしょうけれど……これを始めたのは私の方。もう決して、クラリスに手は出させない。
私は壁に向き直り、足を上げて壁を蹴り飛ばした。思った以上にもろいもので、薄いガラスが割れたように崩れ去った。
「なっ!?」
「か、簡単に……」
「これはただの紙切れか? 魔道師の多い大国と聞いていたが、実に残念だ」
「何をやっておるっ!! 全員でかかれっ!!」
王女と共に下がった国王は、顔を真っ赤にし興奮しきった様子で叫んだ。さも、化物を見たような様子だ。まぁ、先祖返りの王族であるから分からなくもないが……
周りもそう。怯えたように私に視線を向けている。
だがな……
——クラリスには、一体どんな目を向けた?
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
「「「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「撤退っ!!」
私が宿すは炎の神聖力。身体から溢れる神聖力は、次第に足元から炎を溢れさせた。それはまるで、荒波のように周りの魔道師達に襲い掛かる。
そして、私は前に進んだ。国王と、王女に足を向けて。
「くっ、くっ来るなっ……」
「ヒッ……」
恐らく、クラリスはダークエルフが神聖力を全て搾り取り灰となってしまったのだろう。そんなもの国際問題になりかねない。となれば、正義感の強く真面目なクラリスであれば、ギリギリ粘ったとしても私達の元へ連絡をよこすはず。けれど、それを止めたのは王女。
とはいえ、これは全て予測の話。本当の事は分からない。あれは2年前の事であり、今はその半年前。彼女の今の様子を見れば、大体合っている事だろう。
「王女」
「っ!?」
座り込み体を震わせる王女の前に、私はしゃがみこんだ。そして、顎を掴み顔を上げ目を合わせた。
「貴方は欲張りすぎた。王族だから。王女だから。だから何をしても許されるとでも思ったか?」
「っ……」
「クラリスはとても心優しい子だ。一人も殺すなと言われているから命だけは助けてあげよう」
その言葉にホッとしている様子だが、このまま見逃すわけがない。顎を掴む手のひらから炎が噴き出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「あの庭園からずっと思っていた。特に王女、お前が一番臭かった。……ダークエルフ特有の、腐った匂いだ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
王女の顔から燃え広がった炎が、彼女を襲う。
そして、他にも炎が噴き出し女性の悲鳴が聞こえてきた。他にも、腐った匂いのする女性達だ。
恐らく、ダークエルフはクラリスに呪いをかけるための道具を王女に渡した事だろう。自分がクラリスの前に出てしまえば都合が悪かった。
エルフだから嗅ぎ分けられるこの腐った臭いのする者達がいるという事は、彼女達もその場にいたという事。
はっ、逃がすわけがないだろう。
そして、隣にいる国王は私にバレないようにと静かに退いていた。だが、私はそう優しくない。
「アリエス王女っ!!」
国王を指差したが、またもや邪魔をされた。私達の間に入っては剣で私の手を切り落とそうとしていた、ロッセル公爵。だが、神聖力を纏っている私の手は切り落とすことなど不可能だ。
「これでは国さっ」
「邪魔だ」
「グッ!?」
神聖力を圧縮した球をぶつけ、壁に吹っ飛ばした。国際問題、と言いたかったのだろうがもう遅い。それに、今はお前の顔など見たくもない。
「娘である王女をあそこまで甘やかし、そして黙認した。その罪は重いぞ」
「ひっ……!?」
国王に手を伸ばした、その時だった。
地面が、大きく揺れた。
次回、最終話。




