◇第十二話
大きな地震。そして、膨大な神聖力。この気配は知っている。クラリスのものだ。
その先に視線を向ければ、地面に膝をつき両手をつけるクラリスと、その背後に立ち彼女の両肩に両手を乗せるお兄様がいた。クラリスは本来のエルフの姿をしている。
本来であれば秘密を漏らす事は罪に問われるだろうが、その手段を取ったという事は、覚悟を決めたという事になる。そして、それをユディッタ王国王太子であるお兄様が許した。
「きゃぁぁぁぁ!?」
「じっ地震っ!?」
そして、目の前の開けた場所に、大きなものが出現した。それは、私達よりもはるかに大きな……青く透明な結晶。
「なっ……!?」
「なっ何故っ!? 魔鉱石がこんなところにっ!?」
これは、確か王城の地下に保管されていた魔鉱石。
クラリスから、これはこの国の魔道具を製作する過程で一番重要なものだと聞いた。魔道具にはどれもこの魔鉱石を砕いた欠片が埋め込まれている。エネルギー源がこの魔鉱石だという事。
なるほど、クラリスの神聖力でこの魔鉱石を瞬間移動させたと。お兄様の神聖力もお借りしたようだけど、ここまで大きなものを移動させるのは骨が折れる。さすがクラリスだ。
恐らく、私を止めるためにこれを移動させた。少しやりすぎたか。……でも殺していないのだから別にいいでしょ。
国が大切にしているこれを壊すだけで自分は十分だから、という事なんでしょうけれど……これではまだ腹の虫がおさまらないわ。
「アっアリエス王女っ!!」
そう叫ぶように私の名を呼んだのは、国王。そして、あろうことか私に向かって土下座をしてきた。この国の国王が何をするかと思えば、土下座とは。誇りというものはないのか。
しかも、これを移動させたのはクラリス。私ではない。
「これはこの国の大切な資源っ!! この魔鉱石がなくなってしまえば我が国の国民達の生活が脅かされてしまうっ!! だからどうかっ!! どうかっ!! 壊さないでくれっ!!」
「そこまでして大切な国の資源であるなら、こうも容易く外に出されてしまわないよう対策するべきではなかったのか? ここは魔道師が集まる大国だろう?」
「っ……」
「まぁいい。だが、国の資源とは滑稽だ。貴族達が私腹を肥やす道具、の方がぴったりではないのか?」
私達は、ここ首都に辿り着くまで何日もかけて馬車での移動となった。その時に見た光景は、今でも忘れない。
魔法を扱えるのは貴族が多い。だからこそ、ここまで魔道具技術が進化しているのであれば、使えない平民達に魔道具を提供するのが当然だ。貴族は、平民達への配慮を怠らないのが義務であるのだから。
だが、平民達は魔道具を使っていなかった。例えば明かりにしたって、首都は夜であっても魔道具により明るく照らされていたものの、首都外では暗闇そのものだ。
それを、国民が困るだと? はっ、笑わせる。生活が脅かされるのは貴族達だろう。お前達は魔道具に頼りすぎだ。
内心呆れつつも指を鳴らし、ずっと立っていた火柱を消した。丸こげで倒れたダークエルフに向かう。
「さすが、クラリスの神聖力を奪っただけあってまだ気絶していないか」
「て、めぇ……」
「てめぇ? お前ごときにてめぇと呼ばれる筋合いは……ないっ!!」
胸ぐらを掴み持ち上げ、そして……腕に神聖力を集め、そのまま魔鉱石に向けて投げ飛ばした。大きな音と共に、魔鉱石にヒビが入りダークエルフがめり込んだ。
そして、魔鉱石に戻るとめり込むダークエルフの頭を掴んだ。
「クラリスの神聖力が欲しかったのなら、代わりに私がくれてやる」
「っ!?」
私の持てる神聖力、10%くらい残し他全てダークエルフに注ぎ込んだ。王族である純血の神聖力、そして先祖返りの特徴である膨大な神聖力。これを一気に注ぎ込まれてしまえば、身体が破裂寸前になるだろう。恐らくもう、自我はない。
すると、ダークエルフがめり込んでいる部分から、透明な魔鉱石が濁り始めた。まるで、透明な水の中に黒いインクが混ざったように。それは、少しずつ動いては魔鉱石の中に広がっていく。
そして、大きな火柱が立ち魔鉱石を包んだ。神聖力という名の火薬が十分にあるから火力は十分だ。
「あ……ああ……!! 魔道士団っ!! 早く消すのだっ!! 早くっ!!」
絶望した様子の国王は、ただ命じることしか出来ないようだ。自分から率先して、という行動は、はなからないということか。
だが、魔道士団と呼ばれた者達は私の炎に焼かれて丸こげで倒れているか、遠くにいるか。あとは……
「なっ何故だっ!? 魔力孔がっ……!?」
「はっ早く消してぇ!!」
まだ消されていない王女の消火に当たっている魔道師は、驚いているようだ。魔力孔が塞がっているらしい。それもそうだ。
「さては、ゴミでも詰まったか?」
「なっ!?」
この魔鉱石にはダークエルフのエネルギーが混ざってしまっている。それを燃やせば嫌な物も燃えて空気と混ざる。
ダークエルフは燃やしても切っても周りが汚染される。憎悪が詰まったエネルギーなのだから当然だ。だから、監獄に入れて神聖力が尽きるのを待つか、大量の神聖力で浄化し押さえつけて消滅させるか。とはいえ、浄化させるとしたら数人の王族のエルフが必要となる。
私一人なら、万全な状態であれば消滅出来るだろう。だが、これだけ神聖力を使ったのであれば足りないだろうし、一人一人役目がある為、お兄様に手伝っていただかなければならなくなる。
「ぁぁあっ!?」
「うっ、ぐぅ……」
魔法を繰り出すには魔力孔という穴からエネルギーを放出する必要がある。魔道師である貴族達は魔力孔を持っている。今、その穴から燃えきれなかったものが入りこめば、どうなるか?
魔鉱石と混ざったダークエルフのエネルギー。形を保てなくなれば、恐らく魔力に寄っていく。それは、魔力孔を持つ貴族達や、魔道具にまで。その中でも、憎悪を強く抱いている者は多く入り込んでしまうだろうな。
周りを見てみれば、地面に這いつくばる者達ばかり。国王陛下主催のガーデンパーティーだったから貴族達は全員参加だったというのに、何と醜い者達の集まりか。
ここは屋外であるから首都にまで流れてしまっているだろうが、恐らく貴族ではない平民達は魔力孔を持たぬから影響は受けないだろう。首都の魔道具は使えなくなっているだろうがな。
「魔法が使えない者など魔道師とは言わない。魔道具に執着した己を恨め」
「ぐっ……な……なんっ、て、事をっ……」
そして、汚染され這いつくばっている国王の目の前にしゃがみこんだ。ダークエルフのエネルギーに汚染されているのもあるだろうが、さも恐ろしい悪魔でも見たような様子で震えあがっている。そこまで恐ろしいか? だが、それは自分の弱さがそうさせているだけだ。
クラリスが嫁いで二年後の、あの恐ろしい日。あの日は、王室の使者がクラリスを連れてきては何も伝えずに帰っていった。なら、お前も同罪だろう。
私は、国王の視線に自身の視線を合わせ光らせる。
「クラリスが悲しむようなことはしたくないから、殺しはしない。だがな……——私は一生忘れない」
「ヒッ!?」
「私達家族を傷つけた事を、忘れたりしない。私は短気だから、またこの地に立ちお前達の首を掻っ切ってやる気になってしまわぬよう、気をつける事だ」
神聖力を込めたその言葉に、国王はまるで壊れた人形のように何度も頷いた。
「わ、わ、分かった……分かった……から、それを消してく……」
「この魔鉱石とお前の命、どちらが大事だ?」
「いいい今のは撤回してくれっ!!」
あれだけ自慢してきた魔道師の多い魔法大国。だが、ふたを開けてみればこの体たらく。実に残念だ。
「アリエス」
「……クラリス。もう終わったから安心して」
少し悲し気な笑顔で、私の手を取った。もういい、と目で訴えてくる。本当に、優しいわね、クラリスは。だからこそ、これは私の役目だった。
私は、クラリスを抱きしめた。強く、抱きしめた。温かくて、心臓の音もちゃんと聞こえている。それだけで、すごく安心感を覚えた。
「どうしたの、アリエス?」
「……ううん、何でもない。クラリスが帰ったらお父様達驚くでしょうね」
「そうね。怒られちゃうかも。その時は一緒に怒られてね」
「そのつもりよ」
私は、クラリスが笑ってくれるだけで幸せだわ。
「お前はやりすぎだ」
「お兄様……!」
その後来たお兄様は、だいぶ呆れている様子だった。けれど、私は知っている。私達が来訪しなければクラリスがどうなっていたかを。それを知っているから、ここまで手を下した。
でもそれは、二人には、他の者達には口が裂けても言えない。
気が付けば、この会場の外側を囲っていた私の神聖力の外側に金色の神聖力がドームのように囲っている事に気が付いた。これは、お兄様のものね。ダークエルフのエネルギーを外に出さないように、という事かしら。お前はいつも大雑把だ、とでも言われている気分だわ。
そして、空気中のエネルギーも消滅した。まぁ、貴族達が吸収してしまったエネルギーは消滅していないようだけれど。
魔鉱石も見たところ燃え尽くしたようね。火柱を消してみたけれど、跡形もない。ダークエルフの姿もないから大丈夫でしょうね。
「さっ、帰ろう、クラリス。私達の故郷に。お父様達が待ってるわ」
「えぇ、アリエス。お兄様も」
私達は、三人手を繋いだ。幼い頃には、私達がお兄様の手を片方ずつ取って歩いた記憶がいくつもある。あの時も、いつも笑ってしっかりと手を握った。
さ、フェリシー達も連れて帰ろう。
彼らは後悔しただろう。けれど、それは自分達の行いが招いたもの。それに、今更後悔したところでもう何の意味もない。
我らエルフの末裔は、決して、一生忘れない事だろう。
END.
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