ホワイトキャンディ -学と郁美-
※短編『ボクらはもともとホモでした』の続きとなります。
bygone days
正直に言ってしまえば、ボクはイサもスーザも嫌いだ。
前世の記憶はそれはもうナヨナヨクヨクヨしていてお前ら本当に男なのかと女であるボクが殴りたくなるほど。記憶は記憶、ボクはボク、そう思って物語を一つ読んだような気持ちで終わらせようと思うこともあった。
それでもどうしたって自分はスーザの生まれ変わりなんだって思い知らされる。
「あ」
今だって物を見る時に無意識に目を細めてしまってその必要がないことに気付く。
だってあの頃はメガネなんてものはなかったし、いまやコンタクトレンズなんてものを使っているのにこの体たらく。目付きの悪さや口の悪さからまともな友達もできずギャル集団とか言われてるけれど周りはただ不器用なボクを可愛がってくれているだけだ。
有り難いことだけど、タバコやお酒はいまだに好きになれない。根が真面目だからどうもふざけきれなくって空気を固めてしまうこともある。
「郁美、どしたん」
「ポスターにホワイトデーって書いてあったから」
「あー、もう3月じゃん。バレンタインに誰かにあげたの?」
違う、貰った。
正直にいえば面倒なことになりそうだったから適当に濁す。
「ホワイトデーって何をプレゼントするんだっけ」
「マシュマロじゃないの」
「えっクッキーでしょ」
ギャルだなんだって言われていても所詮は普通の女子高生。適当な話題で適当に盛り上がる。
「ホワイトデーに男からマシュマロ貰うのって嫌いって意味だって前に雑誌で読んだよ」
「まじで!? あたし去年貰ったんだけどー!」
あっぶねー。
マシュマロなんか用意しなくて良かった。ボクにチョコレートをくれたやつは噂に踊らされやすいバカだから、変なものは渡せない。高すぎなくて面倒でもなくて、……でも喜んでくれるものがいい。
「他にはなんか書いてあった?」
「あー、あったあった。クッキーが友達、キャンディーが愛してるだって」
最後の言葉に全員が黄色い悲鳴を上げる。
へぇ、いいじゃん、飴。
日持ちするし可愛いし。甘いもの好きだったよね。
あ、でも今はどうなんだろう。実際分かり合えていたかはさておき、ボクらが分かり合えていたのは前世だけだ。今のあいつの好きな物なんて知らない。
スーザは本当に大馬鹿のボケナス野郎でイサに確認もせずに「お前はこれが好きだろ」なんて言っていた。イサはイサで嫌いでも好きでもなんでも「嬉しいよ」なんて受け取っていたから本当殴りたい。
今のあいつもそういうことを言いそうで頭を抱えたくなる。ぽやぽやした顔でぼんやりしているかと思えば、心の内側に嫌って気持ちを溜めこんで爆発させる。少しでも気を緩めれば変な顔をしているから気が抜けないボクは最近いつだって直球勝負だ。
よし、決めた、飴にしよう。
あいつが実際に飴を好きか嫌いかは渡してからよく見ておけばいい。チョコレートを渡してきたぐらいだから甘いものが嫌いってことはないだろう。
「飴、かあ」
「貰えるといいね」
あげる側だけどまあそれはいいや。バレンタインだって本来は男から女に花を贈る日らしいし、それはそれこれはこれ。
世間一般的には普通の家庭で、でも前世に比べれば十分裕福だ。プレゼントするならちゃんとしたものをあげたい。前に仲間の代わりに入ったバイトで稼いだ貯金いくらあったっけ。ファーストフードから出て解散してから一番仲の良い子の袖を引っ張る。
「ねえ美里、ちょっと付き合って」
「何? 買い物?」
「そう」
美里を連れて普段は近寄らないようなデパートに入る。
「……場違いすぎじゃね?」
「だから一人で来たくなかったんだよ。道連れにした」
「ひどっ」
着崩した制服を少し直した美里を横目に地下の甘い物コーナーをうろつく。
「さっきのホワイトデーの話さ」
「あー、あれさ、あんた貰った側でしょ」
バレてた。
ぐりぐりと頭を撫でてくるから鬱陶しくて脛を蹴った。
「わかりやすい話の振り方してさあ」
「うっさい。しょうがないじゃん、バレンタインとか今まで無縁だったんだしさあ」
「仲良い男子居てもとっかえひっかえだったもんねあんた」
仲良いっていうか、イサに似てるから優しくしてやってただけだし。そうしたら勝手に彼氏面したり寄ってきたりするからそう見えてただけ。似てるな、こいつじゃないのかな、って関われば関わるほど記憶が“違う”ってボクを一人ぼっちにする。
こいつは違う、こいつも違う。
そうやって適当にフったり付き合ったりしていたら男好きなんてレッテルを貼られて踏んだり蹴ったりだ。もう本物に出会えたからどうだっていいけど。
「で、噂のマナブちゃんとはどこまでいったの」
「まだ何もしてないってば。ってか気持ち悪くないの」
ボクは本気だ。
友人たちには悪いけど、何を言われても学を一番に大事にする。
前世で大後悔したボクの決意はちょっとやそっとじゃ揺るがない。
「理解はできないけど気持ち悪くもないかな。今時同性愛とかって普通みたいなとこあるしさ」
「……ありがと」
「ガチのやつじゃん。郁美がお礼言うとかめっずらし」
ボクたちがこの時代に生まれ変わったのは世間がそういうことに対して優しくなったからじゃないかなって思う。イサに満足してもらいたくて女に生まれ変わったボクだけれど、今思えば男同士で良かったと思っていたときもあった。そんな複雑な感情を見抜いたのか、単なる偶然なのか、両方女に生まれ変わってしまっても以前ほど問題じゃないように思える。
「で、キャンディを探しに来たとかさ、もう本当にガチじゃん」
ガチっていうか直球勝負。
マシュマロもクッキーも嫌だし、言葉でもたっぷり伝えてやるつもりだけどプレゼントでも伝わるならしっかりそれで答える。スーザにもイサにも学自身にも負けない、ボクが一番に学を愛してる。まだまだわからないことばかりでも引いてなんてやらない。
スーザとは違う、ボクは来世に悔いなんて残さない。
ボク自身の幸せを逃がさないためにはちゃんとあいつを“ボクで”幸せにしてやらなきゃ。
「ボクは学がボク無しでは生きられないようにしたい」
「……気持ち悪くはないと言ったけど、マナブちゃんが可哀想かなとは思う」
「なんでだよ」
場違いなデパートでなんとか一番可愛くて美味しそうなキャンディを見つけ出す。買うのも恥ずかしかったけど、あとであいつが喜ぶならまあ悪くないかな。プレゼント用にラッピングして貰ったキャンディは大事に鞄に突っ込んだ。
* * *
that day
いつもみたいに呼び出して、二人きりになる瞬間を待つ。
小さくドキドキする胸がらしくなくてなんとなくしおらしくなってしまう。そわそわと待っていたらひょっこり顔を出した学がビクリと固まった。……あいつ、なんか逃げようとしてない?
物陰から出てきやしねぇ。
「ねえ、なんでこっちこないの」
「あ、行っていいの?」
なんだそれ。こっちは待ってたのに。ずかずか近寄って耳を掴んで引っ張りだすと涙目で、これでも可愛いって思うから前世からの呪いって怖いな。
「なんか機嫌悪かったみたいだから」
ボクのしおらしい顔が機嫌悪く見えたらしい。こういうところはイサの方がまだデリカシーがあったように思う。なんだか喧嘩腰に逢瀬が始まってしまってプレゼントって雰囲気じゃない。
あー、もー、ムカつく。
強引にキスしてそういう雰囲気にもっていってやろうかと思ったけどやめておく。違う違う、今日はヤラしさ抜きでちゃんと伝えなきゃ。
今日の主役はプレゼントなんだから。
「学、今日は何の日?」
「えっと三月十四日だね」
そうじゃねーよ、このボケナス。
ちょっとずれた解答に殴りたくなったけど、我慢我慢。
「そうじゃなくて、何の日かって聞いてんの」
「ホワイトデーだね」
「そう、それが正解」
溜息をついて、鞄から可愛いラッピングを取りだす。強めに学の胸に押し付けるとおずおずと受け取った。
「貰っていいの?」
それ以外に何があるんだよ、確認するなよって突っ込みたい。自信がないところはイサと変わらない。……こういうところにイライラするボクも、スーザと変わらないな。
「バレンタインのお返し」
ぶっきらぼうにそう伝えると、今度は学の顔がパッと笑顔に変わった。
さっきまで不安そうにしてたくせに嬉しそうでボクの方が照れてくる。
「ありがとう! わー、貰えると思ってなかったから本当にうれしい!」
「一言余計なんだよお前は!」
「ごめん! でもありがとう!」
確かにスーザはプレゼントを貰っても怒るばかりでお返しなんてほとんどしてなかったけど。
どうだ、ボクとスーザは違うでしょ。
わかってくれるのは学だけなんだぞ。……ボクの記憶を一人ぼっちにしないのは、学だけ。もうちょっとでもボクが学を愛してることを理解してほしい。喜んでくれるのは嬉しいけど、もうちょっとこっち向けよ、飴ばっか見てないでさ。
「可愛いキャンディだね」
「……学が好きかなって」
改めて可愛いことを指摘されるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
あ、やっとこっち見た。
いやでもやっぱり見るな、今顔赤いんだから。今度はハッキリ睨みつけているのにさっきと違って脅えたりせずに嬉しい顔をキープしてやがる。
「うんうん、こういう可愛いの凄く好き」
「そ」
蕩けそうな笑顔で好きとか言うから毒気を抜かれる。
なんだか間がもたないな。
この嬉しい顔が見たかったのに、視線をあっちこっちに泳がせてしまう。
「食べていい?」
「好きにしなよ」
ラッピングを解いて一つだけ口に含んだ。赤いキャンディがピンクの唇に吸い込まれていくのはなんだかドキっとする。ちらっと見えた赤い舌がムラムラさせるのはいつものことだけど。
「おいしい」
カラコロと転がる飴の音。誘ってんのかな。違うだろうけど。バレンタインに貰ったマフラーを解いてそっと顔を寄せる。ふわっと甘い匂いがして初めて味を理解する。
「へぇ、イチゴ味だったんだ」
「知らずに買ったの?」
「飴はあんまり食べないかな。学は?」
「結構食べるよ。ガムより飴の方が好き」
これは本当っぽい。覚えた、学はガムより飴。距離に脅えて顔が赤くなってきた学の空いている片方の手をガッチリ掴んで恋人繋ぎ。よしよし、逃げるなよ。
「……郁ちゃん?」
「ねえ、ボクも味見したいな」
仲間が聞いたら吐きそうなぐらい甘い声。まあ、学にしか聞かせないけど。もうひとつ飴を取りだそうとしたんだろう、掴まれた手を離そうとしたけれどボクが掴んで離さない。
この距離で味見させるには今口の中にある飴を使うしかないね?
そういえばバレンタインにはボクから学にチョコレートの味見をさせたっけ。
ごくりと唾を飲む音がする。
目を瞑って少しだけ首を傾けてやる。そーっと近寄る気配がして、申し訳程度に唇が重なる感触がした。すぐに離れていったから目を開けると限界まで赤くなった学がプルプルと身体を震わせていた。学からのキスは初めてだからそれでも嬉しいけど離してなんてやらない。ボクは来世に悔いを残さないために今やりたいことは全部やると決めたのだから。
「それじゃ味わかんないっつーの」
「い、イチゴ味だって」
「ダメだって、ちゃんと教えて」
ほらって唇を突き出して、もう一度目を瞑る。覚悟を決めたらしい学が勢いよく唇をぶつけにきた。うんうん、嬉しいけどそれじゃあやっぱり味見じゃないよなってまだ待機。中途半端な覚悟だったらしい学は唇をくっつけたまま、手を強く握ってきた。
長いキスの後、やっと緊張が緩んできたのか真一文字に結ばれた唇が柔らかくなった。少しだけ口を開いてやると合わせるように開く。首を傾けてもっと深く合わせて舌で舌を突く。ビクっとした後ゆっくり舌を絡ませてきたからよしよしもう頑張るのは許してやろうと思って今度はこっちから積極的に絡ませていく。
たまに飴が当たってカランと音をたてる。
もう小さくなっていた飴を追いまわすように口内を舌が暴れまわる。学の息が乱れ始めたのを気分良く受け止めた。涎が垂れそうになって吸おうとするとちゅっと音が鳴って凄くムラっとした。
気付いたら学の舌もボクの中に入ってきていてムラっとするどころでなく異様に興奮している身体に気付く。なんだか我慢できなくてもう片方の手で学の後頭部を押さえつけるように抱き寄せて離れているところがないように身体を密着させていた。
夢中になってむさぼるみたいにキスを続けて、息が苦しくなってももう一度塞いで。
しばらくして足元でガサって音がしたからやっと離れることができた。お互いに肩で息をして目を合わせる。身じろぎして身体を離そうとするから、少しムッとする。
「なに?」
「ごめん、飴落としちゃった」
学の手には可愛いラッピングの飴がなくなっていて、地面に袋ごと落ちていた。
中身は個包装されているから平気なはずだけど。
「拾わせてほしいな」
「別に後でいいじゃん」
「大事なものなので」
「ボクより大事?」
「……大事な郁ちゃんから貰ったから同じくらい大事かな」
飴の癖にボクと同等だなんて。
名残惜しいけど渋々身体の力を緩めると、すぐにしゃがんで大事そうに飴を持ち直した。立ち上がった学が目を合わせてふっと何かに気付いたように目をうろうろさせる。
「今度はなに」
「あ、えっと」
詰め寄ると今度は飴を両手に抱えた。
もともと上気して赤かった顔が更に赤くなる。
「大したことじゃな……あ、でも大したことかな」
だからなんだよって肩を小突くと、口を押さえながらもごもごと話し始めた。
「口の中の飴も無くなっているなあって」
そういえばそうだ。
言われてみれば後半になったらもう飴の音はしていなかった気がする。
「これだけ長いことキスをしていたのも初めてだったから」
今世では、だけど。
記憶にあったキスとは基本的には全然違うから全部が新鮮だ。筋肉質だったイサと違う学の身体はどこもかしこも柔らかいみたいで、存在が甘ったるい。ふにふにの唇はやみつきになるし舌は擦り合わせるとビリビリと身体が痺れる。
ボクとしてはもっとしていたい。
「ごめん学」
「へっ、なに!?」
「夢中になりすぎて味がわからなかった」
嘘はついてない、嘘は。
甘いとは感じていてもそれがイチゴ味かどうかはわかっていなかった。
「あ、そ、そう? じゃあ……」
袋から一つ取り出してボクに渡す。このボケナスはこういうところが疎い。ボクは黙って個包装された飴を指で持つと学の口元に押し付けた。
なぜか青くなる学にニッコリ笑ってもうひと押し。
「はい、もう一回」
青いまま赤くなるという器用な顔芸をしてみせた学は悲鳴をあげたかったようだけれど口に飴を押しつけられているからできずに目を白黒させていた。
カランと音がして飴が学の口に吸いこまれる。
唇にふわりと当たった指が毒みたいに痺れるのは癖になりそうだ。楽しくなってきたボクはもう少し面白くするために、学の手から優しく飴の袋を奪った。学の鞄に押し込んでさて準備万端。
今度は誰にも邪魔させない。
「おいで、学」
両手でしっかり抱き寄せて。
余すことなくピッタリ密着。
「学、ホワイトデーに飴を渡す意味って知ってる?」
「そんなのあるの?」
少しだけ冷静になれた学が話に食いつく。
逃げ道になるかと期待したようだけれど、残念ながらそれはボクの更なる後押しだ。何もわかっていない学は少し引き気味の身体で話の続きを急かす。
「お返しの意味ってこと?」
「そう、マシュマロは嫌い、クッキーは友達」
「キャンディは……?」
クスっと笑って学の耳元に口を寄せる。
そうか、知らなかったのか。
それなら何を用意しても良かったかな。
あぁでも結果的には良かったかも。
息を吹き込むように意味を囁く。
「愛してる、だって」
知らずに受け取って、どう思った?
学に対してだけは不思議なくらい自信があって、ボクは学が気持ち悪いとは思わないって知ってる。前世の記憶があるのはお互いだけ。愛し合った違いを比較できるのはボクらだけ。たくさん人がいる平和な世の中で、二人きりだ。
ボクの背中に回っていた学の腕がぎゅっと力を込めてきた。学が積極的になってくれればそれだけ嬉しくなる身体をボクはちゃんと理解している。
「郁ちゃんは知ってて、飴を用意してくれたの?」
「そうだよ」
重なった身体からドクンドクンと脈打つ心臓の音が聞こえる。触れあった耳は熱くて冬なのに溶けそう。
覚悟は決まった? 用意はいい?
「学、学は意味を知って、それでもボクに味見をさせてくれる?」
前世より知らないことばかりだけど、比較できるぐらい知ってることも随分増えた。
恥ずかしがりなキミだけど、意味のある行為なら断らない。そうでしょ?
少し顔を離して目を見るとゆっくり閉じて近寄ってきてくれたからボクも目を閉じた。




