義理チョコ -エースとあっちゃん-
one day
一度、こっぴどくフラれている。
1月も終わり、世間がバレンタインに色めきだす。
「ナイッシュー」
バレンタインは好き。
私も女の子だから、友達としてたくさんのチョコレートをもらえる。
「エースとマチアップばっかりしんどい」
「ミスマッチだし私のほうがしんどいはずなんだけどね」
「あ、やめて。今はダメ出し禁止!」
カナは頭を抱えて逃げ出した。
バレンタインが近いからナーバスになっているカナは扱いにくい。
「キャプテン、代わりに入ってください」
「え」
「カナの代わりで」
そう言うといそいそとゴール下に入ってきた。
可愛い人。
好きな人とは違うベクトルの可愛さだ。
「はい、いきまーす」
「え、え!?」
思いっきり腕を振り上げると、キャプテンはわかりやすくうろたえた。
私よりも小さなキャプテンにジャンプまで使う必要は本来無い。
と、いうわけで私がしようとしたのはなんでしょう?
「あ、れ?」
テンテンとボールが転がる。一番上で手を抜いてフワリと飛んだボールはいまやゴール下。首をかしげるキャプテンは確かに可愛いんだけど、やっぱり練習にならない。
「頭と基礎はいいのになぁ」
「ごめん……」
戦闘心ってやつかなぁ。
こればっかりはみんな無いから今更怒ることじゃないけどさ。
「エースは本当にスポーツ以外は見えない感じだね」
何言ってるんだか。
「私だって、ハンドボールを始めた理由は不純だよ」
「え!?」
ふともう一面あるコートを見る。
第三グラウンドには2つのコートがあって、もう片方には10人前後の男子がいた。その中で目立つ女の子が2人。
「あ、男子も終わりかな」
キャプテンが汗を拭いて振り返る。
男子たちがぞろぞろとベンチに戻ると、マネージャー2人が順番にタオルやドリンクを渡していく。
「男子はいいなー、マネージャーがいて」
キャプテンの呟きに心の中で全力で頷く。弱小男子部にマネージャーがいて、インハイに出てる女子部には何にもなし。
「あっちゃん、俺にもタオル♪」
「はいはい」
「俺にはー?」
「はいはい」
軽いノリの男子を冷たく、でも優しい目で対応している彼女にやっぱり目を奪われる。横顔がすごく綺麗で入学当初から見惚れていたのに。そう、その後突っ走ったのがダメだったんだ。
好きです!——。
ごめん、そんな趣味はないです!——。
趣味とかそういう問題じゃないから、と思って1ヶ月猛アタック。のち、いい加減ウザいですと堪忍袋の限界を伝えられた。
「わぉーん」
「なんで遠吠え?」
負け犬なんですぅ。
今の遠吠えでなぜかカナが帰ってきた。
「わぉーん!」
「うわ、ヤマビコじゃん」
「返ってきちゃった」
「カナー、どうしたー?」
カナは何も言わなかったけど、実はわかっている。体育館裏のほうで可愛い女の子が背の高い男の子と話をしている。これから帰宅なんでしょう。
入れ替わるように学がグラウンドに姿を見せた。
「学!」
「学!」
二人でユニゾンすると、嬉しそうに小さく手を振り返した。
「私達も帰ろっか?」
「うん!」
キャプテンの声に目に見えない尻尾を振ってみせると、よしよしと頭を撫でてくれた。他にも残っている子がいるから戸締りのために残るというキャプテンを残してグラウンドを後にする。帰りの支度を始めると、たまたま男子数人と時間が被った。
女子部の1年は私とカナだけ、男子には1人しかいない。今年は数が少ないけど人材が良いとコーチに褒められた。
「エース、カナ」
「小野」
「うっすー」
唯一の一年男子、小野。とても人が良くて女子からも人望がある。私から見てもちゃんと練習していて偉いし上手いし、尊敬できる男子だ。
……ただ、素直にそれを言う気にはなれないけど。
なぜなら彼は。
「あれ? エースじゃん。それにカナちゃんもいる~!」
彼の横には、いつも彼女がいる。
「あ、あ、あっちゃん!? むやみやたらとくっつかないでくださいよ!」
「あ、ごめん、つい」
「だからって俺にも抱きつかないでください!」
「小野君は可愛いから」
イチャイチャ。付き合ってないのは知ってるんだけど、時間の問題?
前は強引に割り込んでいたけれど、今はスルーしかないんだよね。そもそもこの大きなカナに抱きついて私には来ないってひどい。
「あっちゃん、こんにちは」
得意の笑顔で挨拶だけはちゃんとする。拗ねて無視して嫌われたらもっとイヤだし。
「エース、ほっぺた少し怪我してるよ?」
言われて擦ってみれば確かに顎に近い部分が少し痛かった。たぶん今日思いっきり振り被ったときに擦ったんだろう。
「擦っちゃダメだよ」
あっちゃんは鞄を探ると絆創膏を取り出した。
「エースは体が資本でしょ」
「ありがと」
貼ってくれた際に指先が少しだけ触れた部分が熱い。相変わらず冷え性な彼女の指先。きっと彼女は何も思っちゃいないんだろうけど。
「あっちゃんはバレンタインは誰かにチョコあげるんですか?」
「あのね、カナ。どうしていつも私には敬意が見えないの?あっちゃんって呼ぶの?」
「質問に質問で返さないでくださいよ」
どうしてこんなに気まずくなったのか。みんなの会話に私は一言も発せないでいる。いつも元気印のエース様だって、恋わずらいには弱いのです、なーんて。喋らなくても元気に見えるように、努力は欠かしませんよ。
誰より前を歩く私は、誰よりエースらしいはず。
「エース、速い」
「ごめーんね」
「エース、軽い」
「ごめーんね」
「エース、チャラい」
「それは関係ないよね?」
何このオオギリ。
しょうがなしに後ろを振り返って小野のほうを向く。
「小野は去年中学でいくつぐらいチョコ貰ってたの?」
「俺? そんなの母さんからしか貰ったことないよ」
「さっみしー」
「なんだとー!」
掴みかかってくる小野を自慢の運動神経でひょいひょい避ける。走って距離を作ったりしない。だって喋れなくてもあっちゃんの近くに居たいもん。ちらりとあっちゃんを見ると穏やかに笑って私達を見ていた。せめて、それが私に対してだとしても嫉妬したような態度を見たかった。
だってなんだかそれって信頼っていうか熟年夫婦みたいな安心が見て取れて……。
「イヤだな」
「何が?」
「なんでもない」
恋する乙女というには辛すぎる。
もっともっと甘い恋がしてみたい。それこそ、バレンタインみたいに。
「エースはチョコあげるっていうより貰いそうだよね」
「あっちゃん、私は女の子」
「知ってますー」
「それ言ったらカナのほうでしょ」
「あぁ」
「あぁって!」
確かにそうなんだけど失礼だなーと怒るカナ。中身は可愛いんだから本当はあげる側のほうが似合うって思ってるけどね。
道の途中で電車通学のカナと別れる。バス待ちの小野とも別れて二人きり。
「あっちゃん、手繋いでもいい?」
「ダーメ」
「ちぇ」
会話ができないしボディランゲージって思ったけど、無理か。しつこくはしない。
「あっちゃんは去年バレンタインどうしてたの? うちの学校ってどんな感じ?」
「んー、普通だよ。私は部のみんなにあげたし、女子同士で交換とかもしたし。先生もそんなにお咎めなし」
「量産系かぁ」
私も貰えないかな。そわそわとしていたのが伝わってしまったみたいで、あっちゃんは私の鼻をぎゅっと摘んだ。
「そんな顔しなくてもあげるよ」
「ほんと!?」
予想外の大収穫!
思わず嬉しくって抱きついたら剥がされた。おっと、やりすぎやりすぎ。でもやっぱり嬉しいものは嬉しい。
「絶対だよ?」
「はいはい」
やったやった!
私はバレンタインが待ち遠しくなった。
ここ最近不毛なことばかりだったから楽しみだ。
* * *
that day
もらえない。
もらえてない!!
「はい、エース、あーん」
「あーん」
他の先輩はみんなくれるのに!
あっちゃんだけはなぜか目すら合わない!
これは私に「くれるって言ったよね?」って催促を促してるの?
でもそんな楽しそうな笑顔で男子や他の女子部員には配ってくれているのに私だけ催促って絶対おかしい。キャプテンには悪いけどカナは帰らせちゃったし。
「エース、あーん」
部活ともなるとみんなラッピングじゃなくて入れ物がタッパー。美味しいから、いいけど。言われるままに口を開いて受け入れる。しばらくすると人も少なくなっていた。
カナと同じように本命チョコを渡しに行ったか、帰ったか。
「はぁ」
まだ貰ってない。あっちゃんもまだ帰ってない。視界の端に映るあっちゃんと男子たち。 ベンチに腰掛けて腕を組む。こうなったら篭城戦だ。
貰えるまで学校に残ってやる。
気付けば寝ていたみたい。
目を覚ましたら誰もいなかった。
「マジか……」
さすがに、これは、泣くよ?
もたれていた体をゆっくり起こして動かす。寝ていた時間を表すようにパキパキと豪快な音がした。よく見ると膝にだけ誰かのジャージがかかっている。
「おー、優しさぁー」
ほんのちょっとの気配りにジーンときた。まるでバレンタインの悲しい部分を集約したみたいな静けさに心も静かになっていく。盛り上がっていた自分はバカだなぁ。
「はぁ」
吐いた息は白くて、余計寒さを感じた。帰ろうと鞄を担ぐ。もうジャージのままでいいや、暗いし。その前に更衣室に寄っていこう。自分にかけられていたジャージを更衣室のロッカーに置いて帰ろうと考える。家に持って帰ると明日忘れそうだし。明日洗って朝練のときに誰かわかんないけど返そう。
「へっくしっ」
「おっさんか」
思わず突っ込んでしまった。どう考えても女の子の声だったけど。更衣室が真っ暗だったから気付かなかった。
「あっちゃん」
あれ、これも予想外。
一番意外な人が残っていた。
「あっちゃんおはよ」
「もう夜だよ」
「そだね、なんで電気消してたの?」
「ん、んー」
かくれんぼかなって聞いたらそんなところって言われた。変なの。せっかくだし着替えて帰ろう。そうしたらもうちょっと一緒に居られるし。ジャージを脱ごうと荷物を置いたところで、そういえばと思い出す。
「ね、あっちゃん」
「何?」
「このジャージ、あっちゃんがかけてくれた?」
座ってこっちをきょとんと見上げるマネージャー。ま、しょうがないか、男子部のマネージャーだもんね。淡い期待は消し去って「なんでもないよ」と伝えて着替えるために背を向けた。
着替え始めると無言になってしまって、なんだか気まずい。最近気まずい思いしかしてないなぁ。変にブレーキかけてるからかな。
「あ」
後ろから漏れたみたいな声が聞こえて、思わず振り返った。ちょっと赤くなられた。しまった、今上半身裸だった。まぁ、別にブラジャーだし女子だし構わないといえば構わないけど、そうやって恥ずかしがられるとこっちも恥ずかしい。
気にしないふりで声をかける。
「どうしたの?」
「え、あ、ううん」
よく見ると、何かを落としたみたいな体勢だったから、拾ってあげた。それは綺麗なラッピングの箱で、どうみても……。
「なんでかくれんぼなの?」
渡せばいいのに。
ビクッと肩を揺らされて、しまったと思った。思わず強い口調で言ってしまった自分を責める。だって、ズルい。私は義理ですらもらえなかったのに。
「渡せない、から」
「せっかく作ったのに、なんで?」
目線を落として俯く。
あぁ、いつもの優しい顔だけじゃなくてこういう顔も綺麗だな、なんて。きっと唐突に頭が冷えたのはそのチョコが私のものじゃないって本当に感じてしまったから。今初めて、本当に失恋しているんだと自覚してしまった。
「今更、だもん」
人間、本当に辛いときというのは心が麻痺するらしい。防衛本能っていうか本当に自分が自分じゃないみたいだ。そして口から零れる言葉はまるで友達みたいな言葉。
「渡そうよ。付き合うから」
そーっと、頭を撫でる。
年上相手にそれどうなの?と思ったけど別に嫌がってないみたいだしいいや。
「……うん、やっぱりダメ」
「もったいないよ」
本当にもったいない。
「来年、また頑張るよ」
「じゃあ今日のそれはどうなるの?」
「まぁ、いらないよね……。自分で食べようかな」
え。
ラッピングを剥がそうとした手を慌てて止める。
「ほんっとに、いらないの?」
「うん、今年は絶対無理」
果たして本当に来年なら大丈夫なのと突っ込みたいところだけど我慢。それより問題は、私。あっちゃんが自分で自分の問題に折り合いをつけたなら、今度は私。
「ねぇ、それちょうだい?」
代わりだっていい。一言発するごとに自分の心に傷をつけていくだけだとわかっているけど、止められない。
「え、でも」
「あっちゃん、私にもチョコくれるって言ったのに、私貰ってないよ?」
そう言うと、困ったみたいに目を伏せた。
「他の子からいっぱい貰ってたしもう要らないでしょ?」
「要るよ! 要る要る!」
約束破るのはよくないよ!
子どもみたいに強請ると、ようやく少し笑ってくれた。
「そんなに欲しい?」
「うん、欲しい」
さっきたくさん自分の心に嘘を吐いたから、今度は正直に。じっと目を見つめると、ふいと目を逸らされてこれはダメかもと思った。
「しょうがないなぁ」
ちょっとだけ寂しそうな顔をしてあっちゃんは私に綺麗なラッピングを渡してくれた。
「今食べていい?」
「今!?」
いいけど、と呟かれたから隣に座ろうとした。
「待った、せめて着替えてからにして」
あ、上半身裸だ。気付いてまた少し恥ずかしくなった。風邪引くよ、と言われて慌てて制服に着替える。
改めて隣に座ると少し落ち着いた。ラッピングを丁寧に剥がして中に入っているチョコレートをじっくり見る。
「クマさんだ」
「可愛いでしょ」
可愛いけど、これ本命の子に渡そうと思ってたの?
別にいいとは思うけどどうなんだろう。小さなクマさんたちを食べるのは気が引けるけど一口摘んで食べる。
「おいしい!」
「よかった」
ちょっと寂しそうに笑うあっちゃんの口にも1つ放り込む。
「おいしいよね」
「う、ん」
放り込んだときに唇に触れた指先が熱い。熱でジンジンする指でまたチョコレートを掴む。何気ない動作で自分の唇につけるとふいに心が悲鳴をあげた。
あぁ、辛いな!
後悔は後と付くだけに後からくるものだし、わかってたけど! 涙っていうのは辛いときじゃなくて優しくされてから溢れてくるものなんだ。試合で負けたりしたときだって、その後でみんなで顔を合わせてから涙が溢れてくる。
知っていたのに!
彼女の前で泣きたくなくて意地で堪える。絶対変な顔をしているから、慌てて誤魔化す。
「やっぱ寒いね」
「暖房ついてるけど、更衣室は壁が薄いしね」
変には思わなかったみたい。暖房の温度上げようかなんて声をかけてくれるあっちゃんに、もう帰るしいいよと笑うだけで精一杯。
「エースは何も用意しなかったの?」
「あるけど」
「私だけあげるのはズルいよね」
「代用品じゃん……」
そういうと軽く突かれた。その衝撃で意外と距離が近いことに気付いた。
こんなに近いの久しぶりじゃない?
「私だって欲しい!」
「えー、ホワイトデーじゃダメ?」
「ホワイトデーも欲しいけど今も欲しい」
「欲張りだなー」
あ、横腹摘むのは痛い。
お肉あまりないんだから筋肉掴まれるのはすごく痛い。
しょうがなく鞄から配布用に用意していた量産用チョコパイを渡す。よかった、まだ余ってた。
「……美味しそう」
「女子ですから」
「なんか、私のチョコが貧相に見える」
ひどいなぁ、私からしたらどんなチョコより輝いてみえるのに。
きっと自分の魅力に気付いてないんだ。
男子たちがあっちゃんに応援をされるたびに嬉しそうにしていることに。私がいつもそれをうらやましそうに見ていることに。
「貰えると思わなかったなぁ」
「え?」
「あ、バレンタインっていつもあげる側だから」
慌てたみたいに急いで言葉を付け足したあっちゃん。女の子っぽいもんね。
「じゃあ、来年はもっとちゃんとしたヤツあげる」
「……ほんとう?」
「うん」
こんなタッパーに詰めたヤツじゃなくてラッピングしたヤツ。
情けなくて顔も見れない。
こうして約束をちょっとずつ取り付けないと動けないんだ。くっついていた身体の部分が震える。あ、私じゃなくてあっちゃんが震えてるんだって気付くのに少し時間がかかった。
「じゃあ私も、来年はちゃんと本命を渡す」
え、なんてなんだか怖くて聞けなくて顔も向けられない。チョコの箱を持っていた私の手にそーっと触れてきた手は冷たかった。それ私に関係あるかなって言いたいけど言ったら頑張ってるあっちゃんを挫けさせそうで必死で動かないように固まる。
私の肩にスルスルと流れる髪が暖かい。
「待っててね」
それ、誰に言ってる?
今あなたが触ってるものは、私の手ですよ、なんて独占欲丸出し。
来年、本当に私はこの人にチョコを渡せるのかな。
今はただ触れてくれる手の暖かさで傷を癒すことだけ考えた。




