第20話 再生の誓い――都と谷を繋ぐ道
火の粉の匂いがまだ残る王都の朝。
焼け落ちた倉庫の瓦礫からは煙が細く立ちのぼり、黒い跡が石畳を汚していた。
けれど人々の目には、恐怖だけでなく、互いを支え合った夜の記憶が宿っていた。
「どうぞ」「ありがとう」――炎の中で交わされた言葉が、まだ街角に残響している。
昼。
広場に臨時の集会所が設けられた。
王都の代表、監察院のファルク、エルンの使者、そして谷から駆けつけた人々が机を囲む。
群衆も広場を埋め尽くし、熱気は炎の残り火のように広がっていた。
「都は燃えた。だが秩序は崩れなかった」
ファルクが言葉を切り、机の上に札を置いた。
「監察院は記録する。“どうぞ”が人々を導いたと」
その言葉に群衆の間から拍手が湧き起こる。
だが貴族派の代表は立ち上がり、声を荒げた。
「民衆の声など幻だ! 秩序は王家と聖女で成り立つ!」
広場に一瞬緊張が走る。
わたくしは静かに歩み出た。
破れた外套の裾を整え、群衆の視線を受け止めながら。
「仮面は割れました。炎も収まりました。
いま残っているのは、“どうぞ”と“ありがとう”を繋いだ声だけです。
王都も谷も、同じ声を持っています。ならば――ここに新しい誓いを立てましょう」
机の中央に、谷から持ってきた一本の杭を立てた。
それは卵殻を混ぜて焼いた土の杭。谷で土留めに使うものだ。
「谷では、これを境に“どうぞ”を始めます。
今日は都と谷を繋ぐ杭として立てましょう。
――どうぞ、ここに誓いを」
最初にファルクが札を添えた。「どうぞ」
次にエルンの使者が続いた。「ありがとう」
やがて群衆が次々と札を重ね、杭は白い紙片で覆われていった。
貴族派の代表は言葉を失い、やがて席を外した。
群衆の声がそれを呑み込み、熱のうねりに変えたのだ。
夕刻。
広場の杭は紙札で真っ白に覆われ、風に揺れるたび「どうぞ」と「ありがとう」の囁きが聞こえるようだった。
子どもたちが歌い、老人が手を合わせ、商人が市場を再開する。
イザベルが隣に立ち、笑みを浮かべる。
「あなた、悪役どころか……象徴になったのね」
「象徴ではありません。ただの“先生”です」
その言葉に、彼女は肩をすくめ、谷の空気を思わせる笑い声を立てた。
夜。
帳面を開き、最後の行を記す。
二十二、都と谷を繋ぐ杭に、“どうぞ”を結ぶ。
ページを閉じると、宿の窓から王都の空が見えた。
炎で曇った夜空に、ひとつ、ふたつと星が戻ってきていた。
<了>




