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サンクタ・オルビス・テラールム  作者: こまの柚里


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9/10

グリンナ 4

 翌朝、レマは起床時間を過ぎても起きてこなかった。

 朝の清掃をすっぽかし、朝食さえとらずに布団にもぐりこんでいる。

 グリンナは、同室の女子たちと一緒に彼女を起こそうと努力したが、失意の少女を動かすことはできなかった。


 昨日の弓術の試験で、彼女の結果はさんざんだった。

 グリンナもディーもアレイもそれなりに成績を落としたが、矢が当たらなかったわけではない。ところがレマの矢は、射的のふちをかするのが精一杯の有様だったのだ。


 グリンナが思うに、多分レマは、自分がバンシー憑きだったことを心のどこかで気にしていたのだろう。ラキスの発言は、その繊細な部分を突いてきた。

 彼の問題発言がなければ、そしてその後、アレイとディーが余計な一撃を加えなければ、練習成果は必ず出ていたはずなのに。 


 そう思うと彼らに腹が立ってくるが、その一方でグリンナは、特にラキスに対しては少なからず反省していた。

 半魔だなんてひどい。昨日は思わずそう叫んでしまったけれど──。

 よく考えてみると、その言葉だって結構ひどかったのではないだろうか。生粋と半魔を分け隔てなく思っていれば、そんな言葉は選ばなかったにちがいない。


 それにアレイに対してだって──と、グリンナはアレイの気配を後ろに感じながら考える。

 あたしは単に怒ってるだけじゃない。この件で、彼が口の堅い人であること、そして友情に厚い人であることがわかったもの。

 いえ、もちろんそんなこと、とっくの昔にわかっていた。日頃はおしゃべりで軽い態度に見えるけど、アレイが信用できる人柄だってことくらい、あたしは前から知っている──。


 そのアレイは、いま足音を忍ばせながら、神妙な顔つきでグリンナの後ろを歩いている。

 アレイだけでなく、ディーもラキスも同じだ。

 どうやら三人とも、女子たちの怒りがどの程度残っているかを計り切れず、びくびくしているらしい。

 そのわりに、男子禁制の女子寮にまで入ってきたのだから、度胸がいいのか悪いのかさっぱりわからないのだが。

 

 無論、彼らは男だけで忍び込んだわけではなく、昼休みに寮の部屋に戻ろうとするグリンナにくっついて、一緒に入ってきている。

 グリンナも、いまは寮監が食事中だと知っていたので、あえて止めることはしなかった。

 こうして総勢四名は、午前の授業をすべて欠席したレマの様子を見るために、こそこそと寮内を歩いているのだった。


 たとえ彼女がまだ落ち込んでいたとしても、午後は出席するよう促さなければならない。

 病気でもないのに休んだら、授業ごとに点数が引かれ、昨日に続きまたもや不利になってしまう。


 部屋の前までやってくると、四人は顔を見合わせて立ち止まり、まずグリンナだけが中に入ることを目で確認しあった。

 息を吸い込んだ彼女が、いつもと変わらぬ元気な調子で扉を開ける。

「レマ、迎えに来たわよ。お昼を食べて午後からは授業に──」


 だが、その言葉はいきなり細い悲鳴に変わった。あとに続いた声も、衝撃のあまり裏返っている。

「なんてこと! レマ、どうして……!」

 驚いた少年たちが、あわてて部屋に走り込んできた。そして入るなり、一様に息を呑んで棒立ちになった。


 四人の視線の先では、すでに身支度をととのえたレマがたたずんでいた。

 つややかな黒髪を、肩先でばっさりと切りそろえた姿で。

 自分ひとりで切ったのだろう。彼女の勉強机の上には、紐でくくられたいくつかの髪の束と、小刀が置かれていた。


「なんてことしたの。女の子が……そんなに短く……」

 あえぎながらグリンナが口走った。少年たちもガクガクとうなずいている。驚愕で言葉が出ないらしい。

 当のレマだけが、いつもどおりの落ち着いた表情で応じた。

「いいのよ。気分が変わってすっきりしたわ」


 青ざめたラキスが、その答えを了承できずに呟く。

「おれのせいで……」

「あんたのせいじゃないわ、ラキス。あたし、つくづく自分に嫌気がさしたの。昨日の試験はひどすぎた。くやしい、あんなに練習したのに……」


 やっと発声できるようになったディーが、無念そうにうつむくレマを励まそうとした。

「あれはレマの実力じゃないよ。直前にごたごたしたんだから仕方ない」

 だが、相手の反応はすばやかった。

「それじゃだめなのよ!」

 思いがけないほど激しい口調で否定する。


「魔物と闘っているとき、直前にごたごたしたからなんて言ってられる? 言い訳してるうちにやられるわ。何があっても闘えるだけの腕を持っていないとだめなの。だからあたしは、そういうつもりで練習してきて……。いろいろあっても、試験のときはうまくできると思ってた。それなのに」


 くやしい、と彼女は繰り返した。

「射的の前でも全然集中できなかった。昔見たバンシーのことまで思い出したりして、自分でもあきれたわ。だから」

 すみれ色の瞳を上げると、レマは四人を見まわした。

「これはあたしの決意表明。あたしはもっと強くなりたい。弱い自分にさよならしたいのよ」


 一同はとっさに返事ができなかった。この決意にふさわしい言葉がみつからなかったのだ。

 するとレマは表情をやわらげ、今度はラキスだけに視線を当てて話しかけた。

「それにあたし、あんたに失礼なことを言ったわ。ごめんなさい、差別しちゃって」

 少年の瞳が、驚きに大きく見開かれる。そんなことであやまられた経験は、これまで一度もなかったのだ。

「あたし、差別するような人たちを軽蔑してるつもりだったのに、自分が……。本当にうんざりよ。だからお詫びと言ってはなんだけど」


 昨日見たことは全部忘れる。絶対に誰にも言わない。

 そうはっきりと、彼女は言った。それもまた決意表明のつもりらしかった。


 そのとき、突然金縛りが解けたようになったグリンナが、高い声を上げた。

「あ、あ、あたしも……!」

 巻き毛の少女は、これ以上ないほど感銘を受けていた。

 親友にこれほど激しい部分があったこと、強い意志があったことが驚きだったし、その決意には心が大きく揺さぶられる。


 それに、グリンナが少年たちに腹を立てていた一番の理由は、彼らのせいでレマが傷ついたということだった。

 そのレマがこれだけ立ち直っているのだから、もう自分には怒る理由なんかない。

 

「あたしもあやまりたいわ。ごめんなさい」

 彼女はラキスに勢いよく頭を下げると、自分の決意も表明しようとした。

「あたしも忘れる。きのうのことは絶対誰にも言わないわ。その証拠に」


 隣にいたアレイが、言葉にならない声をあげながらグリンナに飛びついた。彼女がやろうとしていることを察したのだ。

 小刀に向けて伸びた手を、強引につかみながら叫ぶ。

「やめてくれ、グリンナ。宣言だけで十分だ」

「離して。あたしだってばっさりと」

「やめろってば。こんなにかわいい巻き毛なのに!」


 グリンナが、思わず動きを止めてアレイを見返す。まだ焦っているアレイが、軽く首をひねった。

「あれ、変な言いかただったか? ええと、こんなにかわいい顔に似合う巻き毛?」

「………」


 一方レマのほうは、いままで思い至らなかった方面に突然気づき、不安そうにディーを見ていた。

「ご……ごめんなさい、勝手に切って……」

 ディーは答えず、藍色の瞳をじっと彼女に向けている。

 それは要するに、見とれているといっていい眼差しだった。けれど、不安な少女はさらに言いつのった。

「あの……怒ってる? でもあたし、どうしても……」


 ディーが我に返ったようにまばたきをすると、答えを返した。

「怒ってないよ」

 そして、微笑とともにつけ加えた。

「──よく似合ってる」

 

 先ほどまで緊張感でいっぱいだった室内に、一転、なんともいえない別の空気が漂った。

 はしばみ色の瞳を見張ったラキスだけが、急に静かになった二組の男女を、交互にみつめている。


 ラキスは、上級生にも丁寧語をまったく使わないような少年であり、年の差というものにかなり鈍感なたちだった。

 だが、さすがの彼も悟らずにはいられなかった。


 どうやら自分は、この中で一番子どもであるらしい。

 ディーもアレイも、彼女たちに秘密を打ち明けなかったことについて、今後いろいろ弁解することになるんだろう。

 でもそれについては、きっと子どもの出る幕ではないのだ。





次回、バーゼン視点で締めます。

あと少しだけ、おつきあい願えるとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
女子寮に、グリンナと一緒に男子三人も(笑)。みんなそれぞれレマを気にかけていて、本当にいい仲間なんだなと思いました。 もっと強くなりたいと決意表明するレマ、格好いいですね。グリンナもすっかり釣られて。…
バンシー憑きだったことを気にしていたレマ、そしてラキス、ディー、アレイのやりとり…レマの心の中の傷つきやすい部分にふれてしまったようですね。 失意のレマを見て、憤るグリンナですが、少し複雑な心境も伝…
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