グリンナ 3
「半魔……」
グリンナが、驚きのあまり声を震わせながら呟いた。
「どうして半魔がここに……入学できるわけないのに……」
ステラ・フィデリスの会則は誰もが知っている。半魔は召喚の儀に参加できず、登録資格も入学資格もないのだ。
それに、たとえそうでないとしても、生粋以外の人間が聖なる炎に近づくなんて──。
少女たちが呆然と立ち尽くしていると、ふいにディーが、勉強道具を下におろして、つかつかとラキスに歩み寄った。
「かくせよ、馬鹿」
落ちていたローブを拾い上げると、押しつけるように相手の肩に掛ける。
「なんでばらした。ばれたら退学なんだぞ。わかってるだろ」
ディーをみつめ返したラキスが、袖に腕を通しながら、淡々と呟いた。
「だって……どうやってあやまればいいかわからなかったから」
だが、一見平気そうに見えた少年の忍耐力は、そこで途切れた。
胸元の紐を結び直す手が途中で止まり、無表情だった顔がつらそうにゆがむ。押し出した声には苦痛がにじんでいた。
「ごめん、ディー。おれ失敗した。もともと無理だったんだ、コレギウムで学ぶなんて」
「無理なんかじゃ……」
「一年くらいなら大丈夫だろうと思ったけど、やっぱりだめだった。ディーにもいろいろ迷惑かけて、本当にごめん。部屋替えまでして面倒見てくれたのに……」
「迷惑じゃねえよ」
荒い口調になったディーが、少年の言葉を否定する。
「そんなこと、なんでもない。あやまるな」
「ごめん」
「あやまるなって言ってんだろ! おれは、おまえがあやまってるのを聞くのが嫌いなんだ。もう一度言ったら怒るぞ」
すでに十分怒っているのだが、さらに怒る気でいるらしい。
けれど、幸いにもそれを止める人物がすぐそばにいた。
アレイだった。
「ディー、話がそれてる。落ち着けよ」
アレイは日頃、この手の台詞をディーから言われるほうの立場にいた。大体において冷静なディーにくらべると、浮わついていることが多かったからだ。
だが、今日に限ってはちがう。彼の頭の中にあるのは、ひとつの言葉だけだった。
退学。ばれたら退学。
そんなきびしい条件があったなんて。
それなら、ディーがおれに秘密をかくし通そうとしたのも理解できる。たしかに退学は一大事だ。
そんなことになったら、炎の使い手になる道も消えてしまうのだから。
霧が晴れたようにすっきりした少年は、ディーとラキスを交互に見やりながら、力強い声で言って聞かせた。
「大丈夫だよ。まだグリンナとレマに知られただけだ。要は、ほかの奴らや先生たちにばれなきゃいいんだからさ」
「グリンナとレマって……。おまえもだろ、アレイ」
ディーが怪訝そうな顔になる。
するとアレイは胸を張った。
「心配するな。ラキスが半魔だってこと、おれは前から知ってる」
ディーもラキスも、声が出ないほど驚いたようだった。
そんなふたりに、アレイはことの次第を説明した。発熱したときの話をすると、ふたりともすぐに理解したが、それでもしばらくは信じられずにいたらしい。
次にディーが口をひらいたとき、その口調には感動があふれていた。
「黙っていてくれたんだ……。おまえっていい奴だなあ、アレイ……!」
ラキスもまた、感極まった様子で年長の少年を見上げる。
「ありがとう、アレイ!」
ふたりの視線を浴びたアレイが、赤毛の頭をかきながら照れた。
「いやいやいや」
そして、照れ笑いのまま振り返ると、レマとグリンナに向かって声をかけた。
「そういうわけで、ふたりにも協力してほしいんだ。やってくれるよな? いま見たことを黙っててくれればいいだけだから──」
だが、次の瞬間、彼は自分の置かれている状況を知った。
少女たちから寒風が吹きつけてくる。それも木枯らしのごとき強風が。
大きな瞳を潤ませたグリンナが、うわずった声で言いはじめた。
「あたしにかくしてたのね、アレイ……」
「えっ、いやその」
「あんたがあたしに……あたしにかくしごとをするなんて……」
アレイはひるんだ。彼女の受けたショックは自分も体験済みであり、しかもかなり手強かったことを思い出したのだ。
レマのほうは無言でディーを凝視していたが、内心ではグリンナと同様なのが、表情からはっきりと読み取れる。
そのとき──。
少年少女にとって長い長い昼休みの終わりを告げる、予鈴の鐘が鳴り響いた。
本鈴が鳴るまでに次の授業の準備をすませ、教室の席についていなければならない。
しかも年長組の場合、次は弓術の試験だった。着替えもせずにぐずぐずしている暇はなかったのだ。
いち早く動いたレマが、自分の勉強道具をかき集めると、すばやく身体を翻した。
その背中に、ラキスの切実な声が呼びかける。呼ばずにはいられなかったらしい。
「レマ!」
レマはかろうじて振り向いたが、返ってきた声はつれなかった。
「誰ともしゃべりたくないの。もう、ほっといて!」
そして、黒髪をなびかせながら慌ただしく走り去っていった。
いつもありがとうございます。
今回、2000字くらいでちょっと短いです。グリンナの章は今回で終わらせるつもりでしたが、長くなりそうだったので、いったんここで区切りました。




