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サンクタ・オルビス・テラールム  作者: こまの柚里


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8/10

グリンナ 3

「半魔……」

 グリンナが、驚きのあまり声を震わせながら呟いた。

「どうして半魔がここに……入学できるわけないのに……」


 ステラ・フィデリスの会則は誰もが知っている。半魔は召喚の儀に参加できず、登録資格も入学資格もないのだ。

 それに、たとえそうでないとしても、生粋以外の人間が聖なる炎に近づくなんて──。


 少女たちが呆然と立ち尽くしていると、ふいにディーが、勉強道具を下におろして、つかつかとラキスに歩み寄った。

「かくせよ、馬鹿」

 落ちていたローブを拾い上げると、押しつけるように相手の肩に掛ける。

「なんでばらした。ばれたら退学なんだぞ。わかってるだろ」


 ディーをみつめ返したラキスが、袖に腕を通しながら、淡々と呟いた。

「だって……どうやってあやまればいいかわからなかったから」


 だが、一見平気そうに見えた少年の忍耐力は、そこで途切れた。

 胸元の紐を結び直す手が途中で止まり、無表情だった顔がつらそうにゆがむ。押し出した声には苦痛がにじんでいた。


「ごめん、ディー。おれ失敗した。もともと無理だったんだ、コレギウムで学ぶなんて」

「無理なんかじゃ……」

「一年くらいなら大丈夫だろうと思ったけど、やっぱりだめだった。ディーにもいろいろ迷惑かけて、本当にごめん。部屋替えまでして面倒見てくれたのに……」

「迷惑じゃねえよ」

 荒い口調になったディーが、少年の言葉を否定する。 

「そんなこと、なんでもない。あやまるな」

「ごめん」

「あやまるなって言ってんだろ! おれは、おまえがあやまってるのを聞くのが嫌いなんだ。もう一度言ったら怒るぞ」


 すでに十分怒っているのだが、さらに怒る気でいるらしい。

 けれど、幸いにもそれを止める人物がすぐそばにいた。

 アレイだった。

「ディー、話がそれてる。落ち着けよ」


 アレイは日頃、この手の台詞をディーから言われるほうの立場にいた。大体において冷静なディーにくらべると、浮わついていることが多かったからだ。

 だが、今日に限ってはちがう。彼の頭の中にあるのは、ひとつの言葉だけだった。

 退学。ばれたら退学。

 そんなきびしい条件があったなんて。

 それなら、ディーがおれに秘密をかくし通そうとしたのも理解できる。たしかに退学は一大事だ。

 そんなことになったら、炎の使い手になる道も消えてしまうのだから。


 霧が晴れたようにすっきりした少年は、ディーとラキスを交互に見やりながら、力強い声で言って聞かせた。

「大丈夫だよ。まだグリンナとレマに知られただけだ。要は、ほかの奴らや先生たちにばれなきゃいいんだからさ」

「グリンナとレマって……。おまえもだろ、アレイ」

 ディーが怪訝そうな顔になる。

 するとアレイは胸を張った。

「心配するな。ラキスが半魔だってこと、おれは前から知ってる」


 ディーもラキスも、声が出ないほど驚いたようだった。

 そんなふたりに、アレイはことの次第を説明した。発熱したときの話をすると、ふたりともすぐに理解したが、それでもしばらくは信じられずにいたらしい。

 次にディーが口をひらいたとき、その口調には感動があふれていた。

「黙っていてくれたんだ……。おまえっていい奴だなあ、アレイ……!」

 ラキスもまた、感極まった様子で年長の少年を見上げる。

「ありがとう、アレイ!」


 ふたりの視線を浴びたアレイが、赤毛の頭をかきながら照れた。

「いやいやいや」

 そして、照れ笑いのまま振り返ると、レマとグリンナに向かって声をかけた。

「そういうわけで、ふたりにも協力してほしいんだ。やってくれるよな? いま見たことを黙っててくれればいいだけだから──」


 だが、次の瞬間、彼は自分の置かれている状況を知った。

 少女たちから寒風が吹きつけてくる。それも木枯らしのごとき強風が。

 大きな瞳を潤ませたグリンナが、うわずった声で言いはじめた。

「あたしにかくしてたのね、アレイ……」

「えっ、いやその」

「あんたがあたしに……あたしにかくしごとをするなんて……」


 アレイはひるんだ。彼女の受けたショックは自分も体験済みであり、しかもかなり手強かったことを思い出したのだ。

 レマのほうは無言でディーを凝視していたが、内心ではグリンナと同様なのが、表情からはっきりと読み取れる。

 そのとき──。


 少年少女にとって長い長い昼休みの終わりを告げる、予鈴の鐘が鳴り響いた。

 本鈴が鳴るまでに次の授業の準備をすませ、教室の席についていなければならない。

 しかも年長組の場合、次は弓術の試験だった。着替えもせずにぐずぐずしている暇はなかったのだ。


 いち早く動いたレマが、自分の勉強道具をかき集めると、すばやく身体を翻した。

 その背中に、ラキスの切実な声が呼びかける。呼ばずにはいられなかったらしい。

「レマ!」


 レマはかろうじて振り向いたが、返ってきた声はつれなかった。

「誰ともしゃべりたくないの。もう、ほっといて!」

 そして、黒髪をなびかせながら慌ただしく走り去っていった。





いつもありがとうございます。

今回、2000字くらいでちょっと短いです。グリンナの章は今回で終わらせるつもりでしたが、長くなりそうだったので、いったんここで区切りました。


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― 新着の感想 ―
ラキスくんよ…… 私もまたグリンナさんと同じく冒頭で声を震わせマシタ(;´д`) 確かに…確かにどう謝っていいのか分からないけど… 人前でお肌というものを晒してはいけません!(しかも女の子へ笑) 一緒…
そういえば「半魔だとばれたら、即日退学」でしたね。 すでにアレイにはばれていますけど。 緊迫した状況の中で、アレイの対応で場が和んで、ひと安心。と思ったのですが、女子はそんなに単純じゃないですよねぇ。…
ラキスの勇気を出した行動でしたが、広がる動揺が伝わってきました。退学になってしまうのではという心配、知っていたという落ち着いた受け止め、初めて知る驚愕。皆、それぞれですね。 アレイは、実は隠れた理解…
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