アレイ 2
ディーは、最初こそレマの言葉を否定していたが、長くは続かなかった。
レマとグリンナに問い詰められ、アレイにも凝視されている状況で、そうそう嘘をつきとおせるものではない。
以前自分がコルカムにいたとき、カイルの家でラキスと同居していたという事実を、ほどなく白状することになった。
この告白は、質問者たちをたいへん驚かせた。
というのも彼らは、コルカムでの日々がディーにとってどれほど大切なものだったかを、よく知っていた。
それは四人が仲良くなった当初、ディー本人の口から語られた打ち明け話であり、みんなの距離がぐっと縮まるきっかけでもあったのだ。
ただコルカムの思い出は、どうしてもカイルとリュシラの死につながってしまう。それでディーは最小限のことしか話したがらなかったし、友人たちもそれ以上を求めようとはしなかった。
だから、ラキスという名前も知らなかったのだが……。
「じゃあ……カイルさんたちと一緒にいて、ひとりだけ生き残った子っていうのがラキスなのね」
痛ましげな表情になって、レマが呟いた。
「それなら親しくて当然ね。あなたがあんなに気にかけるのも……」
ほかのふたりも大きくうなずいている。
カイルとリュシラが魔物に襲われたとき、ディーがそばにいなかったという話は聞いていた。
別の用で買い物に出ていたため、老夫婦の山菜取りに同行しなかったらしい。だが、もうひとりいた子どもは夫婦についていき、魔物に遭遇し、そして彼だけが生きのびたのだ。
「なんで教えてくれないんだよ」
と、アレイが心外そうに抗議した。
「そういうことなら、おれたちだってあの子の面倒みてやるのにさ。おまえひとりで教えなくたって、みんなで手分けして」
「そうよ。あの子がここにいるのは一年だけなんでしょ。あたしたちが卒業するまでの期間と同じだから、ちょうどいいじゃないの」
グリンナも身を乗り出す。
「一年じゃ全部の教科はできないでしょうけど、四人で分担すれば……。あら? ちょっと待って。コルカム出身なのに、一年でメイデンシャイムに行っちゃうのはどうして? あら? そういえば召喚の儀もあっちで受けたのよね。キリシュで召喚しなかったのはどうして? あっちに住んでたってことかしら。じゃあ最初やけにガリガリだったのは、メイデンシャイムで食事に困ってたってこと? あら、どうして?」
「だ、か、ら」
ディークリートがひたいを抑えながら唸った。
「だから教えなかったんだよ!」
それからディー少年は、食いつきそうな顔でみつめてくる三人を相手に説明した。それらはバーゼン学長たちの事情によるもので、生徒が口出しをしてはいけないこと。ステラ・フィデリスが決めたことでもあるから、立ち入ってはいけないこと。
「学長から、かたくかたく口止めされている」
このうえなく深刻な面持ちで、彼は三人を見まわした。
「同居の件だってほんとは言うなって言われてた。だから、これ以上訊かないでほしい。ラキスのことも放っといてくれ。誰かとしゃべってると、つい口をすべらせるからな」
三人は唾を飲み込むと、こくこくうなずいてみせた。
十四歳の少年少女にとって、学長やギルドというのはまさに天上の存在だ。触れる権利がないのだと本能的に察したし、ディーやラキスがお咎めを受けたら困ると思いもしたのである。
自然に話が切り上がったため、四人は次の授業の準備をすべく立ち上がった。
昼休みが長いのでたっぷり休憩をとれたが、午後からは乗馬の授業が待っている。
疾走させる段階は去年で終わり、いまは障害物を越えたり泥水の中に入ったり、はては後ろ向きで乗る、立ち上がるなどという曲芸までやらされていた。
平衡感覚、瞬発力、観察力や直感力などを養うためだ。
将来的に闘う相手は魔物だが、学内に魔物を連れてくるわけにはいかない。思ってもみない動きをする馬たちが、いい訓練相手になっているのだった。
移動しようとした彼らの横を、同じ授業を取っている生徒たちが、妙に急いだ様子で通り過ぎた。始業の鐘はまだなのに急ぐ理由を、振り向いたひとりの男子が教えてくれる。
「学長が馬術を見に来られるそうだ。早く行ったほうがいいぜ」
四人は思わず顔を見合わせた。天上の住人が抜き打ちで見学に来るらしい。アレイが顔をしかめながら本音を述べた。
「うわ、めんどくさ」
急いでいる生徒たちは、時間より早く集合して学長様をお迎えしようと張り切っているのだろう。今日の授業は、皆がいいところを見せようと必死になるせいで、非常に充実したものになりそうだ。
一方、四人はどうかというと、権威というものから距離をおきたいという点で一致していた。
アレイとグリンナはカザルスの自由な気風の中で育ち、ステラ・フィデリスに憧れつつも堅苦しさを感じている。
レマはもともとローデルク家に心酔していたが、ディーと知り合ったことで意識がかなり変わってきた。
権威の象徴である主座が羽目をはずした結果、生まれ落ちたディー本人は、推して知るべしだ。
そこで彼らは急ぐどころかのんびり歩き、ほかの生徒たちの邪魔をしないことにした。
どうせ授業が終わるころには、足腰立たないほど疲れ切り、口もきけなくなってしまうのだ。無駄な体力を使う気にはなれなかった。
変化が起きたのは、その数日後のことである。
夜中、アレイはふと喉が渇いて目をさました。もぞもぞと起き出し、月明かりの落ちる部屋を横切って、窓際に向かう。
窓辺にはいつも水差しとコップが置かれていて、誰が飲んでもいいようになっていた。汲み置きの水で喉を潤すと、彼はほっと息をついた。
人の話し声に気がついたのは、そのときだ。
部屋を見まわしたが、同室のふたりはそれぞれのベッドで熟睡している。声は廊下のほうから聞こえてくるようだ。
不思議に思ったアレイは、音を立てないように扉をあけて、そっと外をのぞき見た。
満月に近い晩だったので、廊下にも窓からの月光がこぼれて、声の主たちの姿をぼんやり浮き上がらせている。
話しているのは、二人部屋で寝ているはずのディーとラキスだった。
二人ともアレイと同じく麻の寝間着姿だったが、ラキスはなぜか廊下にすわりこみ、壁にもたれかかっている。ディーがそんな彼の腕を引いて、立ち上がらせようとしているらしかった。
「とにかく部屋に戻ろう。ちゃんとベッドで寝ないと」
中腰になったディーが、苛立った口調で言うのが聞こえる。応じるラキスの声は、それと対称的に奇妙なくらいかぼそかった。
「やだ……寝るとまた寝言言っちゃう……」
「言ってもいいよ」
「でもうるさいって……」
「言い過ぎた、うるさくない。だから部屋に戻ってくれ」
ねぼけて廊下に出てしまったのだろうか。アレイはあきれながらふたりに近づき、声をかけた。
「手伝おうか?」
言いながら、あいているほうのラキスの腕をつかんで引っ張ろうとする。だが、つかんだとたんに気がついた。
熱い。熱があるのだ。
思わず顔を確認すると、ラキスは存外に長い睫毛を伏せて、なかば目を閉じてしまっていた。
ディーはアレイの登場に驚いていたが、すぐに困ったように呟いた。
「寝言がうるさいと思って起こしたら、出て行っちまって……。寝言じゃなくてうわごとだったみたいだ」
寮監に知らせないと、とアレイが言いかけたとき、明かりとともに鋭い声が響いた。
「そこ、何してる!」
手燭を片手につかつかと近づいてきたのは、見回りをしていた寮監その人だった。
寮監はカッセという名の男性で、ディーから事情を聞くと、眉を寄せながら発熱した少年を見下ろした。
それからディーたちに、病人をベッドに戻しておくよう指示を出し、自分は急ぎ足で廊下を引き返していった。医術の心得がある同僚を呼んでくるためだ。
ディーとアレイは、両側からラキスを支えて、どうにかこうにか二人部屋のベッドまでたどり着いた。起きようとするのを無理やり押さえつけていると、カッセが同僚のへリングとともに戻ってきて、今度は「きみたちはもう寝なさい」という指示を出す。
そこでアレイは自分の部屋に戻ったが、ディーもそれにくっついてきたのは少し意外だった。
まあ病人のとなりではたしかに眠れないだろう。ここは以前ディー自身がいた部屋だから、移動するのも気楽にちがいない。
アレイは思ったが、ディーがアレイのベッドに直行するや否や、いきなり布団にもぐりこんでしまったことには驚いた。
「なんでここで寝るのさ。おまえのベッド、あっちにあるぜ」
以前ディーが使っていたベッドはそのまま部屋にあり、たたんだ掛布団も置いてある。
それを教えてあげたが、相手が返事をしないため、しかたなくベッドの端に腰をおろして問いかけた。
「どうしたんだよ。まさかおまえも具合悪いの?」
「悪くないよ。もう寝る」
「ここ、おれのベッドだってば」
どうも様子がおかしい。ラキスが発熱したせいで動揺してるんだろうか。
生徒が風邪などで熱を出すのはよくある話だし、普段のディーは、こういうとき率先して看病するような奴なのに……。
けっこううるさく話しているにもかかわらず、同室で寝ているあとのふたりは全然めざめる様子がなく、時おりいびきすらかいている。うらめしく思いながら、アレイがそれを眺めていると、ディーのくぐもった声が聞こえてきた。
「……見てきて」
「え?」
「あいつが大丈夫かどうか、見てきて」
そんなにラキスが心配なら、自分で見てくればいいのに……。そう言いそうになったアレイだが、見に行く気になったのは眠気がすっかり飛んでしまっていたからだ。
夜中だというのに予定外だが、幸い明日は週末で授業もないし、まあいいか。
アレイは身軽に動く少年だったので、このときもたいして深く考えず、気楽な気持ちで立ち上がった。
うっかり見に行ったせいで、その後自分が余計な悩みを抱えることになるとは、夢にも思っていなかった。




