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サンクタ・オルビス・テラールム  作者: こまの柚里


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アレイ 3

 二人部屋の扉は完全には閉まっておらず、中の明かりがほのかに漏れ出していた。

 寮監ふたりの抑えた声も聞こえてきたが、なんとなく不穏な雰囲気だ。アレイはほんの少しだけ扉をあけると、用心しながら中をのぞき見た。


 ラキスが寝かされているベッドは扉に近い側にあり、カッセとへリングはそのかたわらに立って話をしている。まだ治療には入っていないらしい。

「おい、早く胸の音を聞いてくれよ」

 とカッセが促していたが、へリングの返事は渋いものだった。

「やっぱりおれが診なきゃいけないのか……」

「気が乗らないのもわかるけど、学長から頼まれてるだろ。病気になったら治療しろって」


 アレイはひどく驚いた。何を言っているんだろう、ふたりとも。寮監のくせに心配している気配もない。やさしい人たちだと思ってたのに……。

 大人たちの会話にショックを受けていると、へリングがさらなるショックな台詞を続けた。


「おれは半魔にさわったことなんて一度もないんだ。ちゃんと治せるかどうか」

「生粋と変わらないって聞いてるぜ。おれだって、まさかコレギウムでこんな役目をやらされるとは……」


 そのとき、寝かされていたラキスがふいに細い声をあげた。ごめんね、と言ったように聞こえた。

 カッセとへリングは顔を見合わせ、ばつが悪そうな表情になった。自分たちに向けられた言葉だと思ったらしい。

 けれど発熱した少年は、目を閉じて苦しげに息をつきながら、こう続けた。

 ──ごめんね、カイル。ごめんね、リュシラ。ごめんなさい。


 寮監たちは無言で少年をみつめていたが、ふいに職務を思い出したのか、日頃の態度を取り戻して機敏に動きはじめた。

 カッセが寝ている病人の寝間着をまくると、へリングが直接胸に耳を当てて、異音がないか確かめる。

 カッセは次に、仰向けだった病人の身体を横向きにして、背中側からも音を聴くために再び寝間着をまくり上げた。


 アレイは目を見開いて、その光景をみつめていた。

 脇腹から背中の下のほうにかけてひろがっている、銀色の鱗状の肌。それが机のランプに照らし出されて、アレイの位置からもはっきりと見えた。



 扉から離れ自室に戻る間、アレイの頭の中は混乱しきっていた。

 あの子が半魔だったなんて。半魔がコレギウムにいるなんて……!

 どうして? 半魔は炎の使い手にはなれない。ステラ・フィデリスの会則で禁じられていることは誰だって知っているし、そうでなくても──。

 魔性の血が混じった者が神聖な魔法炎を取るなんて、そんなこと、あっていいはずないじゃないか。


 動揺しながら月光だけが頼りの暗い部屋に戻ると、自分のベッド上には、出て行ったときと同じ丸まった布団のかたまりがあった。

 アレイはベッドに勢いよく腰をおろし、友人がくるまっている布団を手荒く叩いた。


 ディーは知っていたのだ。知っていたからわざわざ二人部屋になって、ラキスのことがみんなにばれないように、いろいろ気を遣っていた。

 部屋替えのとき、学長に頼まれたからだと言っていたが、要するに見張り役をまかされたということなのだろう。

 学長側にどんな大人の事情があるのかは見当もつかない。でも、いまはそれよりも……。


 アレイはこぶしを握りしめた。

 おれにまでかくさなくたっていいのに。本当のことを教えてくれたっていいのに。

 おれがみんなに言いふらすとでも思ったのか? 信用されてないってことなのか。たしかにすごく驚いたけど、口止めされたら絶対言ったりしないのに──。


 布団をこぶしで叩こうかと思ったとき、中から小さな声が問いかけた。

「どうだった……?」

 大丈夫だったよ、と、むっとしながらもアレイが答えた。そして、胸の音には異常がなく脈も乱れていないこと、鎮静効果のあるラベンダーの香りをかがせたら眠ってしまったことなどを、たいへん事務的に伝えた。


 そして本題である半魔の件に移ろうとしたのだが、ディーが続けて質問してきたため、タイミングを逃してしまった。

「うわごと、何か言ってた?」

「ああ……うん。あやまってた。……カイルさんとリュシラさんに」

「そう……」


 ため息をつくと、ディーはゆっくりと身体を起こした。さらさらした長めの髪が、瞳や頬に乱れかかって、いつになく頼りない風情に見える。

 ベッドで膝を抱えながら、彼は押し出すように呟いた。


「あいつ、馬鹿なんだ。仇討ちをするんだってがむしゃらになって、寝る間も惜しんで勉強したり鍛錬したりして。あげくに熱出したんじゃ、こっちがいい迷惑だよ。聞きたくもないうわごとまで聞かされてさ。ほんと、苛々する」

「……」

「あやまったって、カイルとリュシラが喜ぶわけない。あいつが生き残ってよかったって、ふたりとも絶対に思ってる。あやまってほしくなんかないのに──」


「……あの子も、それはわかってるんじゃないの?」

 と、アレイは思わず口をはさんでいた。

「頭ではわかってても、気持ちが追いつかないことってあるだろ。いつ追いつけるかは知らないけど、まだ十二歳なんだし……。でも、そのうちきっと」


 ディーがはじめて顔を上げ、アレイと目を合わせた。それから、ほっとしたように瞳を和ませてこう言った。

「おまえっていい奴だなあ、アレイ」


 アレイは返事に詰まった。

 ほどなく、同室で寝ていたふたりの男子からも声がかかり──さすがに途中でめざめて、話を聞いていたらしい──部屋が一気ににぎやかになる。

 アレイが一番出したかった話題は、これで完全に出番を失ったのだった。



 その後、アレイは秘密を胸に秘めたまま、いままで通りの態度でディーに接し続けた。

 何も言わずにいようと決めたのは、言えばそれが友人の負担になるだろうと思ったからだ。半魔の件をどうしてもかくしたいなら、しかたないけど協力してやるか。そんな気持ちだった。


 両親ともに健在で、たいした葛藤もなくコレギウムに入った自分には、ディークリート・ローデルクという少年の苦労はわからない。

 主座の庶子として一族から軽んじられながら育ち、主座が死んだらコルカムの片田舎に送られ、そこでも養父母の死に見舞われる──。そんな悲劇を味わった少年の気持ちは、自分にはけしてわからない。

 自分にできるのは、友人が望んでいることの邪魔をしないであげること。それくらいのものなのだ。


 ラキスのほうは数日で元気を取り戻し、座学だけでなくきびしい運動にもついていけるようになった。へリング寮監はきちんと任務をこなしたらしい。

 それでアレイも、これ以上彼について考えるのはやめようと思ったのだが、姿を見かけたときなどについ凝視してしまうのは、いたしかたないことだった。


 そんな日々がしばらく続いた、ある夕方。

 アレイは、最年少の生徒たちが、教練場で杭を相手に打ち込みしている様子を、柵の外から眺めていた。

 終業の鐘がとっくに鳴っているにもかかわらず、教官は特訓に精を出している。その中にラキスの姿もあったが、それを見ているうちに、アレイの胸に複雑な気持ちが湧き上がった。


 というのも、ラキスが木剣を振る姿には、ほかの生徒とは明らかにちがう迫力があった。表情は淡々としているのだが、勢いといい剣先の鋭さといい、はっとするような力を感じる。

 少年は、以前よりはましになったものの相変わらず小柄で痩せていたし、剣さばきも巧みとは言えなかった。なのに、体格や技術が秀でているほかの生徒たちより目立って見える。


 アレイはどことなくぞっとした。半魔だから……魔物の血が混じっているから。だからあんなに──。

 

 そのとき、ふいに誰かが横に並んだ。

 男子より少し明るい色合いのローブ。幼馴染みのグリンナが、腕組みをしてアレイをみつめていた。

 

「ねえ、まさかほんとにやきもち焼いてるわけじゃないわよね?」

 琥珀色の瞳をすがめるようにして、少女はいきなり問いかけてきた。 

「な、なんだよ急に」

 たじろぐアレイにかまわず、遠慮のない口調で続ける。

「最近のあんた、少し変よ。ラキスのこと睨んでる。本当に嫉妬してるの? ディーと仲がいいのはわかるけど、彼にはレマがいるんだから、馬鹿な片思いはやめておいたら?」


 何言ってんだ、とアレイは思わず声を上げた。

「妙な言いかたするなよ。おれは男になんか興味ない。グリンナを見てるほうがずっと楽しいに決まってる」

「へ……へえ? じゃあ、あたしの目をまっすぐ見られる? 何かかくしてるなら、言ったほうが身のためよ。じゃないとエルフを呼んじゃうからね」

「よせ、そんなことしたら話が余計ややこしく」


 ふたりの言い合いは、突然響いた怒声によって打ち切られた。

「そんなへっぴり腰で魔物が討てると思っているのか。今日は夕飯までずっと授業だと思え!」

 魔物並みにおそろしいと評判の教官が、生徒たちに檄を飛ばしている。

 さらに教官は、喝を入れるために神聖なしるべの言葉を鋭く叫んだ。

「ルークス!」


 生徒であれ教師であれ、これを聞いて背筋を伸ばさない者はいない。

 導の言葉は、召喚の儀で詠唱されるいにしえの言葉。聞けば誰もが、魔法炎を召喚したときの激しい喜びと畏れを思い出す。

 

 ルークス、テネブラエ。

 アニマ、コルプス。カエルム、テラ。

 サンクタ・フラーマ、そしてサンクタ・ウィータ。


 光と闇。魂と肉体。天と地。

 聖なる炎。聖なる命──。


 柵の外にいる少年少女も、例にもれず背筋を伸ばして訓練をみつめていた。

 しばらく無言で見入ったあと、グリンナがひどく真剣な口調になって呟いた。

「ラキスには、杭が魔物に見えてるんでしょうね。あの子にとっては実戦なのよ」

 それから、となりに立つアレイの顔を見上げて続けた。

「あの子、強くなるわ。あたしたちも負けないようにしなきゃね」


 アレイは、グリンナの澄んだ瞳を見下ろした。まっすぐにみつめてから、少し笑ってうなずいた。

「──うん。そうだな」


 本当に、グリンナの言うとおりだと思った。

 半魔だから強いわけでは、けしてないのだ。





『光と闇の間にありて 第一部』の「3」で描かれたシーンが、ここにつながります。

https://ncode.syosetu.com/n4225du/4


次回からグリンナ視点です。

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― 新着の感想 ―
どきどきワクワクな学園ものですね! みんながいる! 若っかいみんな、可愛い〜♡若い〜(大興奮) 女の子たちに混ざりたい!一緒にラキディーを観察して、わいわいしたい o(≧▽≦)o 父性じゃなくて母性…
ここまで読ませていただきました。知ってしまった秘密…そのことへのアレイの驚きと動揺もさることながら、ディーに対して憤りを覚える様子も印象的でした。 ディーはディーで、様々な想いを抱えて。アレイの言葉…
アレイの見たものと心情が丁寧にひとつひとつ描かれていて、心を動かされつつ読み進めました。 やはりラキスの秘密を知ってしまったのですね。 でも、動揺しながらもディーのことを考えて結局黙っているというの、…
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