アレイ 1
妙な時期にひょこっと転入してきた痩せぎすの少年は、アレイの気を非常に引いた。
好意的に引いたわけではない。どちらかといえば目障り、癪に障るといったほうがいい引きかただ。
というのも、いままで学寮で同室だった友人のディーが、いきなり二人部屋に移動して少年のおもりに明け暮れはじめ、どうにもそれが腑に落ちなかったからである。
まあ明け暮れていたのは最初の一週間くらいだったが、それが過ぎても部屋が変わったわけではなく、相変わらず二人部屋という特別待遇で過ごしている。
普通は四人部屋なので、これはバーゼン学長の特別な計らいだろう。なぜかは知らないが、どう見ても栄養不良にしか見えない新人は、学長の肝いりであるらしい。
ラキス・フォルトは、レントリアではなく隣国のメイデンシャイムで召喚の儀を受けたという変わり種だった。道理で、一緒の儀式に出た者が学園内に誰もいないわけだ。
隣国には隣国のギルドがあるのだが、言語が同じなのでステラ・フィデリスとも親交が深いらしい。レントリアの近隣諸国はたいてい共通言語で、みな横のつながりを大切にし、協力しあっている。
ラキスは、これもなぜか一年後にまた隣国に戻るらしいのだが、学長のからんだ事情となると生徒が立ち入ることはできなかった。
そもそも、そんなことに立ち入っている暇はないのだ。やるべきことは山のようで、しかも最近追試が取りやめになってしまったから、試験勉強の負担がとんでもないことになっている。
はずなのだが──。
「ディーが、自分の試験の前日にまであいつの勉強を教えてるのは、どうかと思うよ。自分のをやる暇ないじゃないか」
赤毛の前髪をいらいらとかきあげながら、アレイはこぼした。
ディーと同じ十四歳のアレイは、少し目尻のさがった瞳と気さくな性格が持ち味で、誰とでも仲良くできることが特技だと自他ともに認めている。
そんな彼だから、最初は新入りにも気楽に話しかけたのだが、相手の反応があまりに不愛想だったため、さすがに会話が続かなかった。
しかもディーが、話を打ち切るように横から入ってきて、新入りをさらっていってしまった。まるで、ほかの人と親しくさせたくないかのように。
ラキスのほうも、ほっとしたようにディーにくっついていったから、二人の仲は良好なんだろう。
どういうわけかあまり仲がよさそうに見えず、おたがい仏頂面でいることが多いのだが、ふとした瞬間に笑いあっていることもあるから、きっと本当は親しいのだ。
「とにかくさ、あの子は同じ十二歳の友達をつくるべきだよ。一年しかいないから必要ないと思ってるんだろうけど、ディーにはディーの勉強があるんだから。そう思うだろ?」
問いかけた先にいるのは、やはり十四歳の少女たちだった。
ひとりは栗色の巻き毛をふたつに分けたグリンナ。もうひとりは、ゆるく波打つ黒髪を長く伸ばしたレマ。
ふたりはアレイの発言に顔を見合わせると、一瞬なんとも言えない表情になった。
その後グリンナが口をひらき、おごそかな調子で彼に告げた。
「それは嫉妬ね、アレイ」
「は?」
「やきもちよ、やきもち。あんたはディーをラキスに取られて妬いてるの」
彼女はアレイと同じくカザルスの出身で、小さい頃から一緒に炎の使い手をめざしてきた幼馴染みだ。
つり気味の目尻が猫みたいで、たれ目とつり目の二人組だと周囲から言われることが多い。気心が知れているため、遠慮ない発言をぶつけてアレイをたじろがせることもしばしばだ。
「なんでおれが妬かなきゃいけないんだよ!」
思わず大声を出すと、通りすがりの生徒たちが振り向き、面白そうに声をかけてきた。
「いけないなあ、チビちゃん。かわいい女の子たち相手に怒鳴るなよ」
「三人でお勉強だなんてうらやましいね。仲良くやるんだぞ」
別にアレイがチビだというわけではないが、言っている生徒たちが三十歳近くの壮年──おじさんとも言う──なので、十代の子は全員チビに見えるのだろう。
一般の学び舎や、知識人になるための大学とちがい、ここにいる生徒たちの年齢は十二歳から三十歳までと異様に幅広い。
召喚の儀の年齢制限に合わせると、そうならざるをえないのだ。
おかげで学園の敷地はどこも、大人と子どもが混じりあう、まるで町中のような光景がひろがっている。
ちなみに年齢層のちがいは、たいていの場合、使い手をめざす経緯のちがいをあらわしている。
二十代で召喚の儀にのぞむ者というのは、すでに討伐隊などで魔物狩りを経験している者が多い。そのうえで魔法炎に憧れ、使い手に転身することを夢見てやってきたのだ。
こういう層にとって実技は問題ではないので、座学で精神性や足りない知識を身につけ、短期間で卒業試験に合格して現場に出ていくことになる。
一方、十代で召喚する者たちは、親兄弟や親戚が使い手であるか、祖先の誰かが使い手だったという場合が大半だ。
つまりは血筋、使い手の家系。
彼らは当たり前のように使い手の仕事を見聞きして育ち、自分もそうなることをめざしている。危険のともなう儀式に若くして挑む度胸は、そうでなければ育まれないだろう。
アレイもグリンナも十二歳で召喚したが、アレイは父が、グリンナは母が炎の使い手として活動している。
レマの場合、両親の職業は庭師だが、家系をさかのぼれば父方に複数の使い手がいて、だからローデルク家にも昔から目をかけられてきたという話だった。
レマはキリシュ出身で、ディーとは数年来のつきあいがある少女だ。その縁で、昼休みなどに四人が自然と中庭に集まり、勉強したり雑談したりするのが常だった。
それがここのところ三人だけになっているので、ついアレイの愚痴がこぼれ出たのだが、どうやら女子たちは彼ほど腹立たしいとは思っていないらしい。
「アレイったら心配しなくても大丈夫よ」
おじさんたちにひらひらと手を振ったレマが、赤毛の少年に向き直ると慈母のごとく語りかけた。
「孤立していたディーがここでうまくやっていけるようになったのは、アレイが仲良くしてくれたおかげよ。ディーだってちゃんとわかってる。いまは転入生に夢中だけど、きっとあんたのもとに帰ってくるから安心して」
「妙な言いかた、やめろって!」
これだから三人だと嫌なのだ。
かわいい女子ふたりを相手に、男子がひとり。傍目にはたしかにうらやましいかもしれないが、炎の使い手をめざす女子などみんな只者ではない。どう見ても男子のほうが不利である。
「そういうレマだって、さびしいんじゃないの? 前はディーとふたりだけで会うこともあったのに、できなくなってさ」
一矢報いようと言い返すと、黒髪の少女は小首をかしげた。
「それがね、そうでもないのよ。別の楽しみをみつけたから、いまのところそっちが面白くて」
別のってなんだと問うと、彼女は予想外の答えを返した。
「ディーとラキスの観察」
「……?」
するとグリンナが、うんうんと大きくうなずいた。
「わかるわ。ディーが年下の子の面倒をあれこれ見てるなんて、めずらしい光景よね。この間なんて」
彼女の口調に力がこもる。
「あたしは見たわ。夕食のとき、ディーが自分のパンを半分ラキスにあげてるの。ラキスはそんなに食べられないって断ってたけど、もっと食べて太らなきゃだめだって無理やり。そういうのがすごく……よくて!」
「……?」
「あれは単に学長から頼まれたからじゃないわね。親切心とか友情とかでもなさそうだし、あたしが思うにあれは」
グリンナとレマはそこで顔を見合わせた。それから、ふたり同時に言葉を発した。
「母性ね!」
「……いい加減にしてくれ……」
うめいたのはアレイではなかった。
いつのまにか後ろに来ていたディークリートが、肩をふるわせながら立ち尽くしている。
アレイは心の底から同情したが、彼自身も動揺していたため、避けたほうがいい名前をまたも口にした。
「ラ、ラキスは一緒じゃないの?」
「補習受けてる……。その名前出すの、もうやめてくれよ」
淡い茶色の髪の少年は、言うなり向きを変えて歩み去ろうとした。
が、おそるべき女子たちがそれを許すはずがない。彼のローブを両側からつかまえると、引っ張って下にすわらせる。
彼女たちもアレイも、先ほどからずっと、中庭の芝の上に腰をおろしていた。
四角い中庭をかこんでいるのは、石造りの校舎──講義室や自習室、図書室、それに礼拝室もある──と食堂、寮棟だ。
ある意味閉鎖された空間だが、休憩時間になるとあちこちで生徒たちが集う、学園の憩いの場所にもなっていた。
ディーがしぶしぶ腰をおろすと、レマが膝をすすめて彼の顔をのぞきこんだ。
「ねえ、ディー」
と、三人の気持ちを代弁した質問を口にする。
「あたしたちも、いい加減に教えてもらいたいと思ってるの。あなたとラキスのこと。あなた、実はラキスと知り合いなんじゃないの? いくら学長の言いつけでも、親しすぎる気がするのよね」
いつもとちがうテイストでお送りしております……。
アレイは、本編のほうで一人称が「ぼく」でしたが、やっぱり無理だったので「おれ」に変更します。(ぼくっていう人がほかにいなかったので、安易に決めちゃってました。すみません)




