71話「児童心理学? 保育士資格試験……?」
よろしくお願いします。
「――!」
『え!?』
その寸前、彼女たちの中間に小柄で華奢な人物が割り込んだ。癒希である。
なにやら鼻息も荒く、お怒りであるらしい奇蹟の子。彼の手には、先端にお星さまがのった杖が握られている。デザインからして玩具だろう。が、列記とした杖でもある。それを両手で天井に向けて突き出し、ぷくりと頬を膨らませた。
仲良くしなくちゃダメだよとでも言いたげな表情である――否、仲良くしなさいの表情だったようである。
きゅぼっ!
『はああああああああああああああ!?』
唐突に炸裂した純白の輝きが、あらゆるものを呑み込んだ。参戦していた者はもちろん、模型やパズル、ぬいぐるみに至るまでのことごとくが破壊の白に呑み込まれて消えていく――
「……」
それが収まった時、立っていたのは比良坂癒希だけだった。彼の周囲にはオリアナたちが倒れ伏している――とは言っても、ゲージ不足だった上に、癒希も戦闘態勢ではなかったので大した怪我はしていないだろうが。と。
「なんて日じゃ……」
「……!」
癒希は足元で倒れ伏したグラントを見て、ぱちくりと目を瞬かせた。巻き込むつもりはなかったのだろう――狼狽えた様子で周囲を見回した後、癒希は前屈みになってグラントの頭を輝く右手でぺちぺちと叩いた。それから破壊され尽くした店内を改めて見回し、冷や汗を浮かべた。
「…………」
グラント&ローザ玩具店は完全に倒壊しており、床に散乱した玩具の数々が、なんとも言えない悲惨さを演出していた。癒希の頬を大粒の冷や汗が伝う――と。
『やれやれ……ここまでの被害が出るとはな』
「――!?」
そこに30歳ほどの女性が現れた。赤い軍服の上に白衣を羽織っており、彼女の背後には屈強な軍人たちが横一列に整列している。ちなみにその後ろには野次馬の大群。それはさておき。
「アゾリア指揮官?」
瓦礫の中から起き上がったオリアナが驚いたように訊くと、次はヴァレッサが起き上がった。
「なんでいるんだよ?」
「病院であれだけ騒いだ上に癒希を見失えば、監視網を敷くにきまっているだろうが。まったく……」
『……』
アゾリアは疲れたように言い放つと、それから癒希へと向き直った。びくりと体を震わせる奇跡の子。彼はお星さまの杖を構えた――刹那、要塞指揮官が微笑んだ。それはそれはにっこりと――
きらきらきらっ!
『――!?』
屈強な軍人や、手練れた神官戦士、お姫様、そして国語の教師に至るまで、その場にいたすべての者が、ぎょっと――またはぞっと――したような表情になった。が。
「――♡」
癒希は至福の表情でアゾリアの胸に飛び込み、さらに彼女を強く抱きしめた。アゾリアも彼を抱きしめ、声帯のどこから発しているのかを研究せざる得ないような優しい声で囁く。
「よしよし、良い子だね。飛んだり跳ねたりしてつかれちゃったかな?」
「……!」
癒希はアゾリアの胸の中でひとしきりごろごろと甘えた後、すやすやと寝息を立て始めた。アゾリアはそんな少年を抱き上げ、玩具店跡を去っていく――その途中で立ち止まり、オリアナとヴァレッサの方を肩ごしに見やった。
「この店の修繕――というか、建て直しと什器やら商品やらの費用諸々は教会に請求させてもらう。文句はあるまい?」
『……』
それだけ言うと、彼女は再び歩き始めた。と。
ちゅっ!
「……♡」
「おや? 癒希は甘えん坊さんかな。ふふふふふ」
「そんな――!?」
欠伸で目を覚ましたらしい癒希がアゾリアの頬にキスをし、それを目の当たりにしたオリアナがこの世の終わりのごとき表情で絶句する――そして。
かんっ!
彼女の頭に落っこちてきた玩具のベルが、勝負ありの音色を奏でた。
・
・
「……ん」
僕は目を覚ました。上半身だけを起こして窓の外を見やれば、空は茜色。夕方だ。
(確か、朝ごはんを食べてからアゾリアさんの病院に行って……)
それからのことは覚えてないけど、なんだか心が軽い。最近は嫌な夢を見ることが多くて、目が覚めると分厚い雲がかかってるように重かったけど、今は雲ひとつない快晴って感じだ。空白の7時間で爽快な大冒険をしてきたってことはないと思うけど――と。
「お目覚めですか?」
「はい。えっと、おはようございます? 違いますね」
本を読んでいたらしいオリアナさんが声をかけてきた。彼女は本をテーブルに置くと、それから満面の笑みで見つめてきた。彼女にしては珍しい表情だ。違和感じゃないけど、なんだか妙な雰囲気を感じる。僕は神官戦士のお姉さんの笑みに気圧されるように視線を逸らした。その先はテーブルの上に山積みされた本の数々――
「児童心理学? 保育士資格試験……?」
その他にも、赤ちゃんの気持ちがわかる本云々、すべてそっち関連の本だ。矢木咬先生の“黒百合図書館”から借りてきたものだろうけど、この偏りはすっげー気になる。
「あの……」
「はい?」
僕は色々と質問してみようと思った――けど、オリアナさんの満面の笑みを見てやめた。触れるべきじゃないことに違いない。この世界に来てから培った戦いの経験もそう主張しているから確実だろう。つまりは立ち入り禁止。
「どうかしましたか?」
「……いえ、ちょっと顔を洗ってきます」
「はい♡」
「……」
白金のお姉さんの輝くような笑顔。僕はごまかすように体をぐっと伸ばした後、ベッドから立ち上がった。
心だけでなく、身体も軽い――心身相関ってやつかも知れない。空白の7時間はとても有益なものだったに違いない。それはさておき、テーブルに置かれた新聞が視界に入った。夕刊だ。見出しは――
『不治の病が完治! 玩具屋一筋50年の店主に落っこちてきた奇蹟』
「……落っこちてきた?」
新聞にしては変わった表現な気がするけど、とても素晴らしいことが起きたらしい。
ゲス女神もたまにはいいことするんだ――そんなこと考えながら、僕は洗面所に向かった。
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第5章 色恋バトルロワイヤル 完
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不定期更新です。
よろしくお願いします。




