72話「お気持ちは嬉しいんですけど、僕の好みではなかったですね」
よろしくお願いします。
『勇者よ、目覚めるのです』
「……」
僕は言われた通りに目を開けた。
頭や背中を包み込む、ふかふかな感触。それから離れたくはなかったけど、このまま寝ていようものならとんでもない目に遭わされるに違いない。だから素直に上半身を起こした。
立ち上がりながら見回せば、青空がどこまでも広がっている。予想通りの光景。もちろん僕が寝ていたのがふかふかの雲だったのも予想通りだった。予想外なことは1つ。僕は彼女にじっとりとした視線を向けた。女神テラディリア。心の中で親しみ――と、その他いくつかの感情――を込めてゲス女神と呼んでいる存在。僕の不満ゲージが溜まっていくことには気付かず、穏やかな笑みで続ける。
「私は“光の女神”ルミナス。あなたは滅びに向かいつつあるこの世界を救う使命を――」
「ダウト!」
「は!?」
僕はゲス女神の言葉を遮って、思わずそう叫んでいた。不機嫌指数255パーセントの視線が向けられたけど、この過ちを放っておくわけにはいかない。
光の女神ルミナスはホーリー・マスターに出てくるキャラクターで、主人公たちを導く役目を担っている。性格は慈愛に満ちた女神様そのもの。そしてゲス女神はそのコスプレをしている。純白の法衣を着ていて、頭上には金色の円環。背後には大きな光の輪。そこまでは合格――でも!
「ルミナスの髪はもっと長くて、色は銀です!」
「そのくらい気にすんじゃないわよ!」
「気にしますって!」
「なんで!? コスプレなんてそれっぽければいいでしょ!」
「原作にリスペクトのないコスプレは犯罪です! だから性格もルミナスっぽく慈愛に満ちた感じでお願いします」
「えええええええ……?」
僕が全力で抗議すると、ゲス女神はどん引いた表情になって1歩だけ退がった。機嫌を損ねたら蚊か芋虫にでも転生させられてしまいそうだけど、ホリマスのファンとしてはどうしても指摘せざるを得ない。
「ちなみに髪質は重力に逆らうことを忘れたのかってくらいのストレートです」
「あんたって見かけによらず、めんどくさい奴ね……」
女神はうげえって顔になって鼻孔を鳴らした。
ルミナスはそんなことしません――人差し指を突き付けてそう指摘しようとして、ふと数日前のことを思い出した。
「縁太君はここに来ましたか?」
「えんた? あのお馬鹿のことね。あんたの大地って女神に対する接し方とか教えないのかしら」
「……」
やっぱり彼はここに来たらしい。そしてゲス女神の表情から考えて、彼女に対してとんでもない態度をとってしまったんだろう――正直なところ、続きは聞きたくない。けど、ここで口を挟んだらやばい。生存本能がヘッドスライディングでそう申告してきたから沈黙しておこう。
ゲス女神は控えめな胸の前で腕組みをすると、眉をしかめた。その直後、にんまりと笑う――楽しいことでも思い出したみたいに。
「もう1回チャンスをよこせってしつこいから、不死の呪いをかけて蛙に転生させたあげたわ♡」
「げっ……」
蛙の生活がどんなものかは知っている。つまり縁太君は生きるも地獄、死ぬも地獄。それが無限に繰り返される状態ってことだ。おたまじゃくしスタートじゃないのは優しさなのかな――全身を冷や汗が伝う。
ゲス女神は僕に指摘されたことを気にしたのか、慈愛を意識しているんだろうなっていう、優しい笑みで続けた。
「48時間ほどそんな経験をさせてあげたら、とてもイイ子になったわよ? これこそ慈愛ってやつよね♡」
「……」
確かに彼の増長っぷりが矯正されたなら、慈愛と言えるかも知れない。元の世界でもきっと役に立つだろう。僕は心の中で縁太君におめでとうという言葉を贈った。それはさておき。
「どうして僕を呼んですか?」
「それはね」
ゲス女神は得意げに人差し指を立てると、ふふんと笑った。悪の天才科学者が、迷惑極まりないものを開発した時みたいな表情。光の輪を背負ってることなんか、完全に忘れているんだろう――愉悦に歪んだ双眸が僕へと向けられた。
「ふふふ♡ あんたはなかなか楽しませてくれるから、特別に私の加護をプレゼントしちゃうって企画よ」
「ありがとうございます。で、それを拒否するにはどんな手続きが必要ですか?」
「お礼と同時に返品ってどういうこと!?」
即座に拒否すると、ゲス女神は僕の肩を掴んで抗議の声を張り上げてきた。
そんなに加護を授けたいのか、妙に必死な表情だ。賞味期限切れ間近の加護が倉庫に有り余ってるのかも知れない。それでも賜るつもりはないけど。そんな意思が表情に現れていたのか、ゲス女神は僕の頬を両手で挟み込んで続けた。
「女神の加護よ!? 不条理にモテモテになったり、理不尽にレベル999になったり、非合理的な理由で身長が190cmになったりするのを拒否するの!? 100回くらい深呼吸してからよく考えなさい!」
「形容動詞がやたらネガティブな上に、貴女の加護は尖ってそうなので辞退させてください」
「いそいそとあんた好みのコスプレまでした女神の立場も考えてよね!?」
「お気持ちは嬉しいんですけど、僕の好みではなかったですね」
「あんた、鬼の子!?」
ちなみにホリマスでの1番人気は“光の姫巫女”ルフィーナだったはず。僕は“闇の回復術士”ラフィーナの方が好みだけど。彼女はルフィーナの双子の妹で――今はどうでもいいか。
「と、いうわけでお気持ちだけ頂きたく存じます」
「……」
僕はショックを受けてるらしいゲス女神に対して、心からの笑顔を向けた。ご褒美をくれるつもりだったのは素直に嬉しいし、それを拒否するのは本当に申し訳ないと思う。蛙転生も避けたいし。
「……わかったわよ。あんたたちの大地では加護の希少性と深呼吸の重要さを習わないのね。じゃ……」
蛙転生を避けられたどころか、お叱りもなし。僕は心の中でガッツポーズをとった――
「枕におはようのキスをしなさい」
「え――ぐっ!?」
次の瞬間、結構な速度で顔面から枕に突っ込んでいた。
・
・
朝食の時刻である。
癒希は痛むらしい額を擦りながら、朝食がのせられたトレイをテーブルに置いた。次いで長椅子に腰を下ろす――ここは大教会の大食堂である。
そろそろ他の神官たちと顔を合わせよ。大司祭テラ・ヴィンスからそんな指示がされたため、今日から朝食はここでとることになっていた。それはさておき、隣に座ったオリアナは、好奇の視線を向けてくる者たちを白金の視線で牽制しつつ、癒希に訊く。
「まだ痛みますか? それにお疲れのようですが……」
「ええ、まあ。予期せぬ再会は睡眠の質を劣化させると身に染みてます」
「予期せぬとは……相手は誰ですか?」
「いや、えっと、気にしないでください」
「そうですか……」
癒希は愛想笑いで適当にごまかすと食事を始め、彼に続いてオリアナもフォークを手に取った。
そして奇蹟の子とその従者が、他愛のない会話など交わしながらエネルギーを蓄え始める――それをやや遠くから見つめている者がいた。
「……」
赤い法衣を着ており、女神の加護を購入制限ぎりぎりまで授かったのかというほどに可憐な少女。フレアである。彼女はアゾリアの勧めで、月に数回の戦闘訓練を受けており、今日はその日だった。それはさておき、穢れなき乙女は癒希とオリアナが親し気に会話を交わす様子を目にして、瞳に闘志のお星さまを灯す。
きゅぴーん!
「おふたりの仲の進展を検知しました……!」
それから頬を僅かに膨らせると、焼き上がったばかりのパンを小さく齧った。と。彼女の隣に座っている少女――護衛の1人であるパステリア――が、フォークを人差し指の先でくるくると回しながら呟いた。
「まったく理解できないんですけど、あいつのどこがいいんですか? ま、癒希はオリアナとくっつくのが順当ってか妥当ですよね」
パステリアはそう言い終えると、ベーコンをフォークで突き刺して口に運んだ。その厚さに満足したらしく、上機嫌である――それゆえに。
ぴきっ!
「パスタったら♡ さあ、これも食べてください♡」
「いいんですか!? いやあ、他の連中には内緒でお願いしますね」
「もちろんです。ふふふ♡」
お姫様の額に、なんとも可愛らしいお怒りのマークが貼り付けられたこと、そして彼女が護身用の液体睡眠薬を懐にしまったことに気付かなかった。
不定期更新です。
よろしくお願いします。




