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69話「びっくり箱の真似は慎んで頂きたいのですが!?」

ドタバタ回の第1話です。

よろしくお願いします。

 ここは倉庫街に建てられた図書館である。利用者からは親しみを込めてみんなの図書館(・・・・・・・)と呼ばれている。


 その責任者である矢木咬日織は、図書館員たちと共に朝の配架作業――大量の返却本を正確に棚へ戻す作業――に追われていた。移動式のラックを使ってもそれなりに重労働ではあるが、矢木咬や図書館員たちはむしろ楽しそうですらあった。と。

 矢木咬はきょときょとと周囲を見回す少年に気が付いた。赤い法衣を着ており、背丈は矢木咬よりもやや低い。


「比良坂さん?」

「……♪」


 比良坂癒希はお目当てのコーナーを見つけたらしく、矢木咬の呼びかけには応えず、そちらへ向かった。そして棚からなにかの本を手に取ると、にこりと笑う。矢木咬は彼の肩ごしに本を覗き込んだ。タイトルは――


『バイオな災害(ハザード)のイラスト集』

「……」


 癒希は矢木咬にまったく気付いていないらしく、立ったままページをめくり始めた。なにやら恐ろしい怪物のイラストが描かれているが――どこか愛嬌を感じさせるものばかりである。それはさておき、矢木咬は癒希の肩に手を置いた。肩ごしに向けられた無垢な瞳。彼女はそれを見つめながら訊いた。


「おはようございます。オリアナさんは一緒ではないのですか?」

「……」


 癒希はなにも答えず、矢木咬に全身で振り向いた。黒いスーツ。その胸元をじっと見つめる――


「どうかしましたか?」

「……」


 再び尋ねたが、やはり癒希は無言だった。

 様子がおかしい――胸中では怪訝な顔などしていた矢木咬だったが、現実では微笑み、そして優しい声で語り掛ける。


「最近はゲームのイラスト集も入荷があるようですね。比良坂さんもそういったものに興味があるのですか?」

「……!」


 癒希はこくこくと何度も頷き、矢木咬の笑顔はより温かいものへと変わった――瞬間、癒希は国語教師のお姉さんの胸に結構な勢いで飛び込み、さらにむぎゅっと抱きしめる。


「……♡」

「あの!? びっくり箱の真似は慎んで頂きたいのですが!?」


 絵に描いたような驚愕を全身で表現し、矢木咬はその場に尻もちをついてしまった。その背中がラックにぶつかる。


 がしゃんっ!


 返却本が満載されたラックはバランスを崩して倒れてしまい、静かな館内に重い音が響き渡った。

 そして過去の暗殺騒ぎもあってか、騒ぎを聞きつけた図書館員たちが一斉に駆け付ける――さすまた(・・・・)を持った者もおり、殺気だった様子である。その中でもっとも体格の良い女性図書館員が緊迫感のある声で矢木咬へと叫んだ。


『館長! どうしました!?』

「あの……!」


 法衣を着た少年に抱きつかれた上に、押し倒されつつある。それを素直に説明しようものなら、大捕り物が始まってしまうだろう。色々な意味でよろしくない。


「び、びっくり箱ごっこは終わりです!」

「――!?」


 矢木咬に両手で引き離され、癒希が不満そうに頬を膨らませた。まるで幼子のようである。


(……いえ、本当に幼子なのでは?)


 ぷくっと膨らんだ頬を見つめる矢木咬。彼女の頬に冷や汗が伝う。と。


『図書館員へはもちろん、館長への過度な接触も厳禁です!』


 体格の良い女性がさすまたを振り上げて、癒希へ飛び掛かった。図書館員と呼ぶには、なかなか恐ろしい形相で――


「――!?」


 さすまたなのか、体格なのか、叫び声なのか――どれに恐怖したのかは不明だが、癒希はその場でぴょこんと跳ね上がると、スラロームのような軌跡を描いて逃げ出した。彼が放ったイラスト集がばさりと床に落ちる。そして。


「……彼を追いますので、あとをお願いしたいのですが!?」

「はい! 任せてください!」


 尻もちをついていた矢木咬は立ち上がるや否や、駆け足で癒希を追った。

・

・

 朝と昼の中間。そういった時刻、フレアは10人の護衛と共に大通りをゆっくりと歩いていた。表情はいつにも増してほんわかとしている――見習い看護士フレアは休日を満喫中のようである。と。彼女はパン屋の飾り窓(ショー・ウインドウ)前で立ち止まった。昼食までは時間があるが、じっくりと選ぶには丁度いい。

 フレアは、やや前屈みになって飾り窓を覗き込んだ。


「ふふふふふ♡」


 可憐な笑顔と、宝石のように美しい瞳。その先にあるのは、ふんわりと焼き上げられたパンだった。生地の上にバターがたっぷりとかけられており、日差しを反射して水面のようにきらきらと光っている。フレアの瞳がきらりと光る――まるで獲物を捉えた猛禽のように。


『人生における食事の回数は限られているのだから、美味しいものを食べましょう』


 母親である星崎霧子の教え――というわけではなく、それはフレア自身の行動指針に過ぎなかったが。なんにせよ、そのパンはフレア姫の御眼鏡にかなったようである。と。


「その……あちらに」

「はい?」


 護衛の1人――名はパステリア――がフレアに控えめな声をかけた。それに応えて顔を上げれば、パステリアが人差し指を向けた先で、赤い法衣を着た少年が飾り窓に頬を押し付けていた。よほど気になるパンでもあるのか、窓を透過せんばかりに必死である。


「癒希さん?」

「……!」


 フレアの呼びかけにも反応せず、癒希は硝子の壁(・)をどうにか突破しようと試みているようだった。そんな少年に対し、彼の背後からパステリア――癒希よりは年上なのだろうが、背丈は彼よりも低い――が肩を掴む。


「おい。パンよりフレア様を優先するべきだろ」

「……?」


 癒希は言われて初めてフレアの存在に気付いたらしく、素直に彼女へと向き直った。が、目当てのパンに後ろ髪を引かれているらしく、視線をちらちらとそちらに向けている。幼子のような無垢な瞳と仕草。フレアが穏やかな日差しのごとく微笑んだ。


「ふふふ。そのパンが気になるのですね。よかったらお昼ご飯をご一緒しませんか?」

「――!」


 癒希は両手を顎のあたりで組み、さらに瞳をきらきらと輝かせて歓喜の表情になった。それを見たフレアは口元に手をあてて微笑む――刹那、癒希がフレアの豊かな乳房に飛び込んだ。


 ふにゅっ! 


「……♡」

「え? はい? あの? 癒希さん……まったく。ふふふ♡」


 フレアは数秒も慌てたようだったが、なにやら満足げに頷くと、彼女も癒希を抱き締めた。が――


「なにしてくれてんだ!? フレア様から離れろ!」

「……!?」


 素早く癒希に掴みかかったパステリアが強引にフレアから引き離した。他の護衛たちも完全に臨戦態勢である。護衛として当然の行動ではあったが、フレアは両手を腰に置いてパステリアに向き直った。


「パスタ。癒希さんに乱暴なことをしてはいけません」

「いくらなんでもおっぱいダイブはダメですって! だろ、みんな!?」

『……!』


 護衛たちは頷きを返すと、一斉にぎらついた視線を癒希へと向けた。スカートの下から素早く短剣を取り出し、お怒りの炎をまとう。


 ごおおおおっ!


 さらにお怒り護衛御一行様を代表し、パストリアが肩を怒らせて癒希に詰め寄った。


「神官だからってなにしても許されると――ていうか! 神官がやっちゃいけないことだろ!? いや、人間としてもやっちゃダメ!」

「――!」

「癒希さん!?」


 怒声に驚いたらしく、癒希はびくりと体を震わせた後、脱兎のごとく逃げ出した。

 無垢な少年が全力ダッシュで向かった先は馬車用の道路。つまりは馬車道である。大通りともなると多くの馬車が走っており、通行人が向こう側に渡る際は歩行者用の陸橋や地下道を使うのが一般的だった。それが常識とされているこの首都(メリーダ)において、急な飛び出しは極めて想定外である。


『飛び出し!? おい、どいてくれえええっ!』

「……!」


 荷馬車が癒希へと突っ込む――


 ばしゅっ!


『癒希様! こちらへ!』


 その直前、空から走った白金の閃きが癒希に巻き付き、彼を高々と引っ張り上げた。馬車は少しばかりぐらついたようだが、進路を崩すことなく走り去って行った。


 他に負傷者もいない――それを確認したフレアは、通り向かい側の建物。その屋上の先に跳び去って行く人影を、宝石のように美しい瞳で捉えていた。癒希を抱いた白金の神官戦士。オリアナ。凛とした彼女にしては妙に焦っているようであるが――


「そういえば癒希さんも様子がおかしかったような……」


 フレアは可愛らしく小首を傾げた。その時。


「オリアナ様が――!」

「はい?」


 バランスを崩したらしい白金の神官戦士は宙で豪快にのけ反った後、真っ逆さまに落ちていった。

不定期更新です。

よろしくお願いします。

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