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24話「どうして怖がるんですか? 飴玉もってないんですか?」

癒希がやり返す回の3話です。

よろしくお願いいたします。

「そんじゃ、お友達を返すぜっ!」

『うげえっ!?』

 ヴァレッサさんは立ったままの死体を黒鎧兵の1人に向かって豪快に蹴り飛ばした。

 さすがの“精鋭兵(エリート・ソルジャー)”も仲間だったもの(・・)に圧し掛かられては悲鳴を上げざるを得なかったらしい――その時、もう1人の黒鎧兵に銀鎖の鞭が襲いかかった。


 がぃんっ! がぎっ! ぐしゃっ!


 大型犬の玩具にされたお人形。そんな死体が地面にどさりと落っこちた(・・・・・)。ホラーゲームは色々なものが配慮された優しい世界(・・)なんだなって教えてくれる光景だ。

 そして首無し死体を払い除けた黒鎧兵は、鎚でヴァレッサさんを薙ぎ払おうとした――けど、俊敏に身を屈めたお姉さんには掠りもしない。獰猛な笑みを浮かべた神官戦士のお姉さんが、体を伸ばしながら反撃の鞭を振り上げる――


 ごしゃあっ!


「八つ裂きよりはましだろ?」

 黒鎧兵は使用済みの割りばし(・・・・)にされて地面に倒れ込んだ。

 その勢いで未成年に見せてはいけないものが飛び散り、それを見たらしいフレアさんは意識を失ってしまった。侍女のみんなに抱きとめられたから怪我はしてないだろう。 

 それにしてもビームなサーベルじゃあるまいし、重鎧をいともたやすく両断するなんて――ヴァレッサさんのとんでもない強さに圧倒されてしまう。

 オリアナさんも同じくらい強いのかな――ふと彼女の方を見やると銀鋼糸の鞭を構えていた。

 お仕置きされるのかと思って一瞬だけどきっ(・・・)としたけど、オリアナさんは離れたところを狙ってるみたいだ。鋭い視線の先には倒れた黒鎧兵たちがいる。


 べしっ!


『げっ!?』

「死んだふりなど止めてかかってきなさい。道は前にしかないのですから」

『こんちくしょうが!』

『やってやらぁ!』

 立ち上がった黒鎧兵は4人――こんなに討ち漏らしが!?

 精鋭っていうランクをレベルで例えるとどのくらいなのかは分からないけど、最終奥義を使っても倒せなかったなんて――僕は奇跡の力(ヒール)が使えるだけのレベル1なんだろう。


『その時までに強くなっておけよ』

 カァムさんが言っていたことがやっとわかった。それはそうと4対1だ。

 チート鎧を装備してるんだからオリアナさんの盾くらいにはなれる――僕は立ち上がろうとしたけど、やっぱり無理だった。経験値をたっぷりと含有したメタルなモンスターはどこにいますか?


「癒希様はそこにいてください。ふふふ♡」

「えっと……」

 戦杖を文字通りの杖代わりにしようとした時、オリアナさんはなぜかご機嫌に微笑んだ。額にはお怒りのマークが貼り付けられている――そういえば怒りが一周(・・)すると笑顔になるって聞いたことがある。

 真面目なオリアナさんが条約違反からのあれやこれやを“あらあらふふふ”と笑って済ませはしないだろう。その上、奇蹟の子(ぼく)が殺されかけたところを見たはずだから、黒鎧兵たちに対してどんな感情を持っているかは想像に難くない――悪寒たち(・・)が僕の背中で100メートル走を始めた。


 べぎぃっ! ぐしゃっ! どがががっ! ずしゅっ!


「前のめりに野犬の餌になりなさい」

「……ジーザス」

 咄嗟に目を閉じたから黒鎧兵たちの具体的な状態はわからないけど、最後の1人は音からして串刺しにされたみたいだ。

 鞭で串刺しって物理的にどうやったんだろう――悪夢を見る趣味はないから考えるのはやめておこう。

 それにしても神官戦士のお姉さんたちは容赦がない。黒鎧兵たちがしたことに比べれば、まだ(ぬる)いのかもしれないけど――なんにせよ、この世界の戦場は15歳(こども)の教育に悪いってことは確かだ。僕がいた世界との共通点がまたひとつ。

 と。


「オリアナ! わかってんだろうな?」

「わかっていないとでも?」

 いきなりヴァレッサさんが叫んだ。

 オリアナさんはうなずきを返してからゴンザロスの方に向き直る――まさか!?


『ぐがあああっ! よくもやってくれたものだね、君ィイイイッ!』

「うわ、まじで!?」

 金属製のHammer(ハンマー)で頭を殴られたはずのゴンザロスが凄まじい勢いで立ち上がった。武器も鎧も業火みたいな錬怒に包まれてる――そして暴走状態の人造人間みたいな形相で僕を睨みつけて来た。チート鎧自体は破壊されないだろうけど、掴まれたら関節をねじ切られてしまうかも知れない。

 僕は座ったまま戦杖を構えた――そのすぐ隣で美しい詠唱(こえ)が紡がれていく。


「罪には罰を。私は女神によってその行使を許された者。平等に無慈悲、そして無慈悲に平等でありなさい。裁きの茨」

 淡々としている上に抑揚もない。その声はあまりにも冷静だった。超重量級の(けだもの)を相手に、欠片も怯んだ様子が感じられない――


 ざしゅざしゅっ!


「げべええっ!?」

 その直後、なんか小気味良い音と共にゴンザロスは鉄塊の鎧ごと切り刻まれた。ぎりぎりのところで倒されずには済んだみたいだけど、両膝をついたまま動かないから戦闘不能なんだろう。画面真っ赤のHP1ってやつだ。

 僕が四苦八苦して戦ったゴンザロスを一撃で倒したのは――もちろんオリアナさんだ。光る棘がびっしりと生えた銀鋼糸の鞭で地面を叩いた後、不機嫌そうな顔をゴンザロスに向けた。さらに――


「罪人はひれ伏すもんだぜ?」

「ほごおっ!?」

 銀鎖の鞭に巻き付かれた途端、ゴンザロスは地面に這いつくばった。周囲の地面が思いっきりへこんでいるから重力で拘束する術なんだろう。

 茨と重力。攻撃系の術はやっぱりかっこいい――それはともかく、ゴンザロスは無力化したし、他に立ち上がってくる黒鎧兵もいない。この騒動は今度こそ終わっただろう。


(……違う。これから始まるんだ)

 今回の件でたくさんの人が亡くなってしまった。彼らの家族や友人は苦しむことになる――これからどれだけの人が、どれだけの涙を流すんだろう。それもこれもゴンザロスとその部下が卑怯な――


「2対1など卑怯だがね! そうは思わんのかね、君ぃっ!?」

「…………え?」

 ゴミ騎士の叫び声が感傷に急ブレーキをかけた。

 ふと気が付けば、僕は両手で地面を掻き毟っている――それを止めることができない。小刻みに震える体も止められそうにない。寒いわけじゃない。むしろ逆だ。熱い。


『卑怯ってどういう意味だっけ?』

 そして頭の中に浮かんだこの疑問を解消することができない。ゴンザロスの行動と言動を照らし合わせている限りは永遠にできないんだろう。

 感情が沸騰していく――僕はすっげー(・・・・)高揚(ハイ)な気分になった。頭の中に不良漫画の台詞が思い浮かぶくらいに高揚してる。


『明日のチラシに載ったぞ! オメー!』

 なんか違うな。夕刊だったかな? 朝刊? まあいいや。

 とにかく、強烈な高揚感が軋むほど強く拳を握らせた。

 ゴンザロスを殴りたくて仕方がない――ならどうして僕は地面に座り込んでいるんだろう。大地に還りたい気分でもないのに。


 ざっ!


「癒希様?」

「やるじゃん。さっすがー♡」

 だから僕は立ち上がった。チート鎧の重さは感じない。火事場の馬鹿力的なものかな? 高揚ってすっげー(・・・・)

 それからお姉さんたちに軽く手を振りながらゴンザロスの前まで歩き、兜を外した。

 チート鎧は不思議パワーで通気性も抜群だったけど、でもやっぱり素肌に触れる風は気持ちいい――それを満喫した後、僕はゴンザロスに微笑んだ。


「な、なにかね、なんだというのだね、君っ!」

 微笑んだはずなのに、彼は僕の顔を見て頬をこれでもかと引きつらせた。殺人鬼でも見るような表情を向けられるなんて心外だ。

 僕はゴミをゴミ箱に捨てようとしてるだけなのに――それは怖がられるようなことじゃないし、とても善いことだ。笑顔で頭を撫でてくれたっていいと思う。もちろん飴玉だって大歓迎だ。それなのに――


「どうして怖がるんですか? 飴玉持ってないんですか?」

「指先から切り刻んでくれようって顔をしておいて何を言うのかね!? 私は動けないのだよ!? 君は、君は卑怯者なのかね!?」

「……」

 卑怯者。どうやら僕のことらしい――全身がさらに熱くなった。何年か前にひどい風邪をひいたことがあるんだけど、その時よりも熱い。震えも大きくなっていく。

 ところで卑怯者ってなんだっけ? 背後から蹴り倒して3番アイアンで頭を一撃するような人を指す単語だった気がする――この場でそれに該当するのは目の前の粗大ゴミだけだ。早く捨てよう。医療拠点にこんなものがあっていいはずがない。

 

 きいいいんっ……!


 僕が右拳を後ろに引くとチート鎧が鳴動を始めた。ゴミ捨てに力を貸してくれるんだろう。

 無敵の鎧は僕の意見に賛成らしい――衛生観念が異なるらしいゴンザロスは冷や汗を滝のように流し始めた。

 そして――僕の右拳には極大の輝き。狙いはゴンザロスの顔面ど真ん中。捨てる前にひとつだけ言わせてもらおう。


「発言がご機嫌過ぎやしませんか?」

「ままままま待ち――」

 粗大ゴミは必死に何かを叫ぼうとしたけど、聞く義理も必要もないから僕は拳を発射(・・)した。

 輝きは眩しく弾け、次の瞬間には音速の壁が砕け散る――


 きゅごっ!


 全力全開の右ストレート。それがめり込んだ瞬間、粗大ゴミは銀鎖の鞭を振り切り、弾丸みたいな速度で吹っ飛んでいった。それから拠点の壁を難なく貫通し、数秒後、大爆発が森を揺るがした。

 僕は空まで届きそうな大火柱に、中指だけを立てた左手を向けた――その直後、鎧の重さに耐えきれず座り込んでしまった。冷静さを取り戻した心に鎧よりも重たいものが圧し掛かってくる――

 

「終わった……けど始まる……」

 ゴミ掃除は終わったけどカァムさんを含めた、多くの人たちは帰ってこない。

 彼らのためにも胸を張って勝利を宣言したいけど、立つのは難しそうだ――そんな時、お姉さんたちが肩を支えて立ち上がらせてくれた。どっちのお姉さんも優しく微笑んでいる。


「圧勝じゃん」

「ええ。あなたの勝ちですよ」

「……はい」

 優しさの真ん中で僕は空を見上げた。

 どこまでも続く青――その高いところを白い羽根が舞っている。


「僕たちの勝ちですね」

 白い羽根は清々しい風にのってどこかへ飛んでいった。 


不定期更新です。

よろしくお願いいたします。

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