25話「張り倒すのも得意ってやつですか?」
オリアナさんとヴァレッサさんは拠点の付近に潜んで僕の訓練を見守ってくれる予定だったらしい。
そして馬車を近くの村に置いてから拠点に向かっていた最中に兵舎が爆破される音を聞いた。即座に救助を開始したいところだったけど、伏兵や後続部隊の有無、人質の安全をどう確保するかの作戦会議で時間がかかってしまったみたいだ。
2人のお姉さんは申し訳なさそうに話してくれたけど、僕が腹を立てる理由はどこにもない。むしろお礼を言いながら肩でも揉むべきだろう。
そんな話を聞きながら瓦礫の撤去作業をしている間に要塞からの救助が来た。部隊の編成とかを考えればかなり迅速だったと思う。練度も高くて、瓦礫の下から手際よく兵士たちを助け出していった。
MPさえ尽きていなければ僕も治療を手伝ったんだけど――残念だ。
それからゴンザロスたちの扱いだけど、彼らはいなかったことにされた。
ティアラ神国を含めた3国間防衛同盟の中にはルイ大帝国との決戦を推す意見も多くて、今回の件が公になると開戦の可能性すらあるらしい――だから医療拠点の被害は大規模な山賊団の仕業として処理することが決まった。
もちろん上の連中同士では国家間の話し合いがなされるんだろうけど、現場のアゾリアさんや僕たちには無縁だ。
無縁でいたい――ゴミ騎士中隊は誉れもなにもない山賊扱い。それだけで充分だ。
ざまあみろと目の前で言ってやりたいけど、既に全員いないから仕方がない。枕元に立ってくれると嬉しいんだけど。
それはさておき、フレアさんは――
『あの能力は母から受け継いだものです』
フレアさんのお母さんはルイ大帝国の皇帝。その第3夫人だったらしく、フレアさん自身はこっちの世界の出身だ。
でも彼女の母親――星崎霧子は僕のクラスメイトで、僕よりも20年くらい前の時代に叩き込まれたことになる。
さらに星崎さんは既に故人らしく、そのことが原因でフレアさんは国を出たみたいだ。
詳しくは話してくれなかったけど敵国の王族を匿うなんて、どういう流れなんだろう。チート鎧絡みなのかもしれない――それがなにかはともかく、星崎さんと会えなかったのが本当に残念だ。
明るくて朗らかな性格の彼女はクラスでも人気があって、所属先のバドミントン部でもみんなと仲良くやっていた。
そんな彼女が独りで異世界に叩き込まれたなんて――星崎さんはどんな人生を送ったんだろう。
僕はそんなことを考えながらベッドの上で嘆息した。
『起きて構わないぞ』
「はい」
あれから2日が経った現在、僕は首都メリーダの中心的な病院で精密検査を受けている。
上半身裸で体を起こすと、女医さんが僕の薄い胸板に右手を触れさせた。触診ってやつだろう――きれいな人だから赤面してしまった。僕だって男なんだから仕方ないと思う。それはそうと、女医のお姉さんは軽くうなずいてから椅子に座った。
「問題はないが、筋肉が足りないな。鍛えろ」
「はい、そのつもりです」
「つもりではだめだ。しっかりとやれ!」
「は、はい!」
鋭い叫びに思わず敬礼をしてしまい、それを見た白い女医さんは不思議そうな顔をした。
「……なんだ、そのポーズは?」
「えっと、こっちでしたね」
当然だけど、僕がいた世界での敬礼は通じないみたいだ。
慌てて右手のひらを胸に当てた例のポーズを取った――直後、なぜか苦笑されてしまった。アゾリアさんは頬を緩めたまま続けるみたいだ。
「それは軍人または軍属の神官――要は神官戦士がするものだ」
「え!? そうなんですか……?」
僕は神官だからやってはいけないらしい。
オリアナさんとヴァレッサさんが教えてくれなかった理由はこれだ――つまりフレアさんも見習いの神官戦士だったってことだ。
『……神官は薬草にも通じているのですね』
彼女の言葉もそういう意味だったんだろう――ひとりで納得していると看護師さんが診察室に入って来た。薄いピンク色の帽子は見習いの印だ。
「その……302の患者さんが騒いでいて……」
「またあいつか。いいだろう、私は医者だが――」
「張り倒すのも得意ってやつですか?」
「裁縫も好きだ」
「うっそでしょ!?」
アゾリアさんは口にチャックのジェスチャーの後で満面の笑みを浮かべた。鋭い形状の眼鏡が強い日差しを反射してきらりと光る――
「嘘は嫌いだ」
「……ジーザス」
「じーざすとはどういう意味だ?」
「いえ、なんでもないです」
「まあいい、今日は帰ってゆっくり休め。今日だけは、な」
そして優しく微笑んだ後、診察室を出て行った。
見習い看護師さんも続く――と思ったけど、彼女はひらりと僕の方に振り向き、それから可憐な笑みで見つめてきた。差し出された両手の上には黒い宝石のようなものが置かれている。
「母です」
「……」
それはフレアさんのペンダント――黒宝石だった。
促されるままに覗き込むと、幼い女の子を抱いた女性が微笑んでいる。見たことのある顔――少しだけ年上になった同級生。星崎さんだ。抱かれてる女の子はフレアさんだろう。彼女たちの背後には、やたら厳つい顔つきの男性が星崎さんの肩に手を置いている――みんな幸せそうだ。
「お母さん似ですね」
「よく言われます。その、癒希さんも母と同じ世界から来たとのことですが……私も力になります。がんばりましょう」
「ええ。ありがとうございます」
「ふふふ。では、また」
可憐すぎる微笑みの後、見習い看護師さんは小走りでアゾリアさんを追いかけた。10人の見習い看護師が続く――
「……病院では静かにしなくちゃね」
呟きながら窓の方を見やれば、さんさんと降り注ぐ陽光。その眩しさは、僕や星崎さんがいた世界の夏を思い起こさせた。
--
第2章 理不尽ストライク 完
--
不定期更新です。
よろしくお願いいたします。




