131話「これだけゲスな真似をしておいて今さらほざくな!」
「……」
そこにいたのは冷たい風にコートをはためかせている矢木咬日織。軽蔑の表情でアクセルを見下ろしながら、静かに立っている――周りには誰もいない。
「……?」
アクセルはごつい指を突き出したまま疑問符を浮かべた。が、その疑問に矢木咬が答える様子はない。
そしてアクセルが言い放った言葉との乖離が大きいためか、他の誰も言葉を発しない。つまりは気まずい静寂。さらに。
ざあああ……!
強めに吹きつけた冷風が、何とも言えない間を演出した――と。
どどど!
瓦礫の山から重い打撃音。それと同時に矢木咬の後方からいくつかの物体が射出され、致命的な勢いでアクセルの周囲に突き刺さった。それらは人間大の物体――というか人間だった。
真っ白な毛皮を頭から被った蛮族戦士。矢木咬を捕らえるための潜入部隊。癒希との決闘中に指示を出したのだろう。見事な隠蔽性。人質という目標に鑑みると嫌悪の視線を向けられるべきものでしかないが――その場にいる者たちの視線は瓦礫の山に向けられたままだった。
そこから吹き出てくる、果てしなく冷たい殺気の方へと――進み出てきたのは白銀の女性。神官戦士オリアナ。
『買ったばかりの白い服にコーヒーの染みをつけられてしまった』
掛け値なしでその1000倍ほどお怒りの様子である。
そして侮蔑とその他のネガティブな感情をミックスした嫌悪の視線がアクセルに向けられた。
美しい眉は大きくひそめられている――感情表現が希薄な彼女にすれば、最大嫌悪の表情と言えた。翻訳するなら、くたばりやがれ。
「返却しておきます。非戦闘員を狙う下劣で不適切な者たちに埋葬の文化があるとは思いませんが、手元にあっても邪魔ですから」
紡がれた言葉もやはり嫌悪に満ちていた――刹那、アクセルは冷たいなにかを察知した。そちらに顔を向ければ、冷笑を浮かべたアゾリア。手慣れた様子の制圧射撃が見舞われる。
「オリアナがいなかったことに気付かなかったのなら、医者におつむを診てもらえ」
「――オ、オンナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
アクセルは鼻血の量すら増して激怒の咆哮を上げ、両の拳を強く握り込む――アゾリアの人心操作技術は、どうにもベストセラー級のようだった。
それはさておき、アクセルが怒り心頭に発した形相で輝く太陽を指差した。偉大なる輝きの中から、真っ白で巨大な何かが急降下してくる――昨日、猛威を振るった吹雪の白飛竜。アゾリアたちに向かって氷柱の砲弾を乱射しようと極低温の冷気をまとう――だが。
ぎゅるるるるるるるる――どっすん!
「なんだとオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
白飛竜はいきなりバランスを崩し、きりもみ回転で真っ逆さま。緩衝用逆噴射が装備されているはずもなく、そのままの勢いで頭から雪原に突き刺さった。
翼には何枚ものカーテンを結んで作られた縄――鎖やら金具で恐ろしく補強されている――が、がんじがらめに絡まっており、その端はオリアナの手元まで続いている。
銀鋼糸の鞭に結んで射程を伸ばし、空飛ぶトカゲを絡めとったということである。
『ギュ、ギュイイイ……!』
雪原とは言え、大地に叩きつけられたダメージは大きいらしく、白飛竜は行動不能。もはや真っ白なモニュメントである。
切り札を失ったアクセルは目を見開いて絶句し、指揮官アゾリアが満足そうに微笑んだ。彼女は殲滅射撃もお手の物――
「白飛竜への対策など講じて当たり前だ。それをのこのこと射程圏内に……サービス精神旺盛もほどほどにしておけ」
「ウ・ウ・オオオオオオオオオオオオ……!」
計画という計画が潰された。
それも男よりも劣った女性という生き物によって――アクセルの全身が不適切に打ち震え、耳からはぶしゅう! と蒸気さえ吹き出す。心拍数は過去最大。怒りがマグマのように煮立ち、火山のように彼の全身から噴き出した。
ごおおおおおおお!
それは紅蓮の闘気。怒りが限界を超えた物証にして、すべての筋肉が暴走出力である証拠。
一時的に戦闘能力が増大するにしても、そんな状態は長く続かない。時間を稼げば反動で弱体化するだろう――だが。
「やることが終わったなら、やるべきことを済ませましょう!」
激怒に激怒を重ねた比良坂癒希。彼は暴走将軍との激突を申し出た。
予想していた上に備えていたとはいえ、矢木咬を再び狙われたからだろう。アクセルが弱ったところをえいやと叩きのめしたところで彼の怒りは収まらない――徹底的に叩き潰さなくては収まらない。ぐしゃぐしゃに。
癒希は両手で戦杖を構えた。そして白い靄のようなものが彼の全身を包み込む――それは強さを増した冷風に煽られて揺らいだ。が、吹き散らされて消えはしない。闘気だった。猛者たる根拠。戦い抜いてきた証。
そして癒希の視線は鋭く、熱い。見据える先はロスト族の将――
「アクセル! かかってこい!」
「ならば正々堂々と一騎打ちだアアアアアアアアアアアアアア!」
「これだけゲスな真似をしておいて今さらほざくな!」
「ウルッセエエエエエエ! 我ニ力ヲ! 我ガ父! 我ガ神! コーロストンヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
アクセルは戦斧を豪快に拾い上げると、そこに全闘気を収束させた。
凄まじい暴力の闘気が戦斧を中心に渦を巻く。巨岩でも粉微塵にしてしまいそうな威力が想像される――聖なる盾でどうにかなるものではあり得ない。そして。
どどどどど!
「ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
獲物に向かって巨獣が駆ける。癒希も真正面から応じる。が、雪上ではアクセルの方が速く、体力も筋力も上である――
(それは雪原で育ったこいつには不安定な雪上こそ日常だから! 雪が強化状態をくれるから! だったら――!)
癒希は目の前の“死”を見据えたまま、内なる力――MPに意識を集中させた。
その間に急接近してくる破壊の鉄渦。速く、重く、剛い。コーロストン神の加護の最大顕現――だがそれは偽りの神の加護。真なる神の奇蹟が真下から真上に蹴り飛ばす。
ぎゅごっ!
「救いの風・フルパワー!」
「ナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
MPを最大まで振った輝く竜巻が癒希とアクセルの周囲にあった雪という雪を根こそぎ吹き飛ばした。
露出した土の地面。それに慣れないアクセルは大きく体勢を崩し、さらに全身の赤色も急速に失われていく――雪を失ったことにより、強化状態が解除されたようである。
「我ガ力ガ失セテイク!?」
「それは負け惜しみに取っておけ!」
癒希は叫びながら渾身の力を込めて土の大地を踏みしめた。
滑らない。へこまない。慣れ親しんだその感触は支えとなり、硬さは力となる。そして怒りは限界を打破する爆薬に――駆け抜ける!
「いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ヌウウウウ!?」
それは癒希にとって初めての暴走出力。
アクセルにとっては想定外の急加速。一気に距離を詰められ、慌てて戦斧が振り下ろされた。深々と大地に突き立つ巨大な戦斧――刹那、破壊の鉄渦が炸裂する。
ずがん!
真紅の竜巻が硬い地面を問答無用で抉り飛ばした。が――癒希にはまったく届いていなかった。
彼の現在位置はアクセルの手元。要は懐に入り込んでいた。そこは癒希にとっての安全圏にして、戦杖の射程圏のど真ん中。アクセルにとっては死線の3歩先――彼に対して繰り出されるのは渾身の一撃。自身の最大火力を発揮した直後では絶対に避けられない――だが。
「ヌン!」
アクセルは闘気を込め直して全身を鋼と化し、反撃に備えた。さらに戦斧を手放して両の拳を握り込む。
戦杖の一撃に合わせてのカウンター狙い。急所を直撃しても一撃ではアクセルを倒せない――否! 彼を一撃で倒せる急所がある。
がすん!
「ノ・ピョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
「散々に騙し討ちをしておいてまさか卑怯とは言わないでしょうね!?」
それは男性にあって女性にはない急所。
ただでさえ一撃必倒の部位である。お怒りを込めて蹴り上げられては、御自慢の筋肉も闘気も等しく無意味――アクセルは股間を押さえて前のめりに膝をついた。そして。
だだだん!
癒希が複数の聖なる盾を足場に高く跳ぶ。
光り輝く太陽の中で身を翻すと高空で戦杖を振り上げ、さらに救いの風で急加速して超急降下――お怒りの視線で狙うのは不適切の根源たる部位。要は頭。
「ヌ、ヌフゥウウ!」
アクセルもふらつきながら空を見上げたが、激痛に困惑しているようだった。つまりは無防備。クリティカル・ストライクが舞台の袖から全速力で御挨拶――苛烈に!
がぎぃん!
「卑怯な黒いゴミはこうなったんだ! 不適切な赤いゴミ!」
「エヴォッ!?」
奇蹟の一撃がアクセルの頭頂部を打楽器にして爽快な音色を奏でた。
癒希はひらりと飛び退ってから戦杖をひゅんひゅんと回し――アクセルはぴくりとも動かない。訪れた静寂。が。数秒後。
「ウボァアア…………」
アクセルはゆっくりと土の地面に倒れ伏した。
そして彼に対して中指だけを立てた左手が、びし! と突きつけられる――敗北の将アクセルへと。
「わかってもらえましたか?」
返事はない。が、癒希は満足そうにファッ〇を引っ込めた。次いで天に突き上げられる戦杖。
癒希は大きく息を吸い込んで――
「敵将討ち取ったりいいいいいいいいいい!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
渾身の勝鬨。仲間たちの大歓声が続き、さらに続いたのは大号令。
「では残りを片付ける! 全軍突撃! やってしまえ!」
『おっしゃあああああああああああああああああああああああああああああ!』
「に、逃げろ!」
「ひいいいいいいいい!」
蛮族たちは将を置き去りにして一目散に逃げ出した。
雪上に暮らす戦士だけあってなかなかに素早い――だが癒希の額にはお怒りのマークが、びしり! と貼り付けられたままである。奇蹟を伴ったお怒りの矛先が、彼らに向けられたままということ――そういうわけで。
「に・が・す・かああああああああああああああああああああ!」
眩い輝きを放つ奇蹟の子。激怒の感情は破壊の白となり、防御力無視の災禍となる。
範囲は竜巻の比ではなく、素早さでどうにかなるものでもない。もはや破壊兵器に等しい大火力――
かっ!
「女神の怒り!」
『ぎ――!?』
真なる奇蹟は問答無用かつ無慈悲に蛮族たちを呑み込んだ。
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