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130話「鼻血で抽象画を描くのが?」

ゲスは大体こうなる回です。

よろしくお願いします。

以下はこの章に出てくるメインキャラクターの一覧です。

挿絵(By みてみん)

「ゴアアアアアアア!」


 アクセルが大きく踏み込んで癒希に襲い掛かった。

 肌の濃さに筋力が比例でもしているのか、昨日よりも速い――そして昨日よりも強烈な斬り上げ。闘志漲る癒希も昨日より素早い回避で応じる。刹那。


(――!?)


 彼の全身に打ち付ける“死”の気配。

 癒希は宙で身を丸めて地面を転がり、大きく距離を伸ばした。が、その極低温の気配はぴたりと追って来る――白い竜巻となって。


 ががががが!


「我が貪り尽くす竜(ランペイジ・ドラゴン)からは絶対に逃げられんのだアアアアア!」

「筋肉だけじゃ説明がつかない……!」


 大馬鹿力で竜巻を起こしただけならともかく、追尾までするとあっては筋肉と戦斧――それと不適切さ――だけで繰り出すのは不可能である。が、アクセルに術や魔法の道具を使った様子はなかった。

 つまりコーロストン神による加護――


(いや、そんなものは存在しない!)


 ゲスたる大地の女神(テラリディア)は見栄や虚勢を張る性格ではなく、ついでに(ライバル)は完全に叩き潰すタイプである。

 そんな彼女が自身以外の神はいないと人に伝えたのなら、絶対に存在しない――雪の力だろう。

 つまりアクセルは雪上に在る限り、人知を超えた肉体と火力を誇る野獣でいられるということである。


 雪から力を得られる理由はともかく、竜巻の直径は1メートル弱。自然が創り出すものよりは小さいが、その破壊の渦は氷雪を派手に抉りながら癒希へと向かって行く――巻き込まれようものなら即死だろう。だが。


「僕は逃げない――聖なる盾(ライト・シールド)!」

 癒希の手には輝く円盤。大きく展開された奇蹟の盾が強く握られていた。想定よりも強大だったアクセルに対して怯んだ様子はまったくない。その証拠だとでも言わんばかりに勇ましく振りかぶる。そして。


「い・けえええええええええええ!」

 水切りの石を投げ放つような鋭いサイドスイングで撃ち放つ――本来は術者を守るだけの盾。それが光跡を描いて一直線。竜巻の根元付近へと突き刺さる。


 ぎゃりぎゃりぎゃり!


 巻き起こったのは破壊と守りの大激突。耳をつんざく高音が正気を蝕み、純白の火花が狂い咲く――刹那。


 ばん!


「なアアアアアアア――!?」


 氷雪を抉っていた竜巻は風船が破裂するような音を上げて崩れ去り、澄んだ大気に解け消えた。

 アクセルは目を見開いて絶句し、そこに斬り込む赤い法衣を着た神官。竜巻が残した旋風を突っ切り、雪の結晶を蹴散らしながら――燃え上がる闘志を込めた戦杖を標的めがけて振り下ろす。


 どがん! どがががが!


「わ、我が奥義がアアアアア!?」

「お前の奥義なんかたのしい(・・・・)理科実験レベルだ!」


 一方的に振り下ろされ続ける戦杖。アクセルに自慢の体躯で反撃する余裕はなさそうだった。奥義とやらがたのしく(・・・・)破られたショックがかなり大きいようである。さらに。


「神の竜巻が敗北したぞ!?」

「コーロストン神より伝えられし奇蹟の奥義が……!」


 蛮族たちが少なからずざわめき始める――対照的にアゾリアは冷静な顔をしていた。心の中では感心したような声で続ける。


(……聖なる盾(ライト・シールド)で上昇気流を遮断したのか)


 竜巻は内部の上昇気流と外部からの空気の流入によって維持されており、そのバランスは破壊力に比べて驚くほど繊細である。その流れが僅かな間でも遮断されようものなら、あっさりと崩れ去ってしまう――だがそれを成し得たのは癒希の冷静さ。つまりは胆力。初めて会った時の彼にはなかった強さ。


(子供はあっという間に成長する……本当だな)


 アゾリアは戦場に在りながら頬を緩ませた。その時。


 がぎん!


 全力で振り下ろされた戦杖が真正面から受け止められた。受け止めたのは巨大な戦斧。その使い手が憎悪の絵の具(・・・)をべったりと塗られたような形相で叫ぶ。


「我が肉体はコーロストン神より賜ったもの! 我が奥義は神の(すべ)! 奇蹟! 破られるなどありえん! これは何かの間違いなのであるアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

『……!』


 絶対の誇りを傷つけられた激情。それが蛮族たちを震え上がらせ、精鋭兵士たちが即座に身構える――だがアゾリアは冷静に頬を歪ませていた。嘲笑である。その標的はアクセル君(・・・・・)


「おやおや、お勉強は苦手かな?」

「オ・ン・ナアアアアアアアアアアアアアア!」


 アゾリアの支援射撃(・・・・)がアクセルの額に特大の血管を浮き上がらせた。

 理性を完全に失いつつある彼の表情は野獣を通り越して外宇宙生命体(フォーリナー)のようである――人には理解不能なカタチで迸る。


「ン・ギ・ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 この大地(せかい)の枠組みから逸脱した咆哮が大気を力任せに引き裂いた。

 次いで憎悪と激怒に超激辛香辛料(デス・ソース)を瓶ごと放り込んだような、凄惨極まりない凶貌(かお)が癒希へと向けられ、そして何度も振り上げられる戦斧。それは竜巻の乱射――


 どどどががががががががが!


「ク・ダ・ケロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 歪んだ竜巻の数々はアクセルの精神状態を反映したかのように大きく蛇行して雪原を抉った後、一斉に癒希へと襲い掛かった。逃げ場もなく、遮蔽物もない――絶体絶命である。が、ただの(・・・)絶体絶命など、真の奇蹟の前にはテーブルに落ちたインスタントコーヒーのひとつまみに過ぎない。


 ばばんばばんばんばんばばん!


「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 連続して投げ放たれた聖なる盾(ライト・シールド)が、貪食の暴風群を妙に小気味の良いリズムで片っ端から無効化していく。


 その理屈を理解していないアクセルにとっては、天から馬と鹿が雨となって降り注ぎ、万歳のポーズでピラミッドを形成したようなものだろう――彼は濃い髭の奥にある顎を大きく開いて絶句した。


 ごき!


 なにやら顎関節の可動域を限界から2割ほどオーバーランしたらしく、生々しい音が周囲に響いた。

 顎が外れてはいないようだが――それはさておき、お怒りモードの癒希が眼鏡を掛けて説明を始めるはずもなく、彼は中指だけを立てた左手を外宇宙生命体(フォーリナー)近いで将(・・・・)アクセルに向けた。


「ばーか!」

「コケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 虚仮(こけ)にしおって――とでも叫ぼうとしたのだろうが、アクセルは呂律が回らなかったようだった。が、それは超絶激怒の咆哮には違いない。つまりは最後の理性が砕け散った音――アクセルが戦斧を雪の地面に叩きつけ、びきびきと血走る双眸で癒希を睨みつけた。そして。


「引キ千切ってクレるぞオオオオオオオオオオオオンンンンン!」

「まじで――!?」


 遊星から送り込まれた怪物そのものの形相で癒希へと襲いかかった。

 戦斧は彼の武器にして盾。それを捨てるメリットは両手が自由になること。そして機敏に動けること――デメリットは防御が薄くなることだが、戦杖での打撃にならある程度は耐えられる。その間にケダモノの筋力で千切り殺してしまえばいい。

 人を捨て、野獣すら捨てたアクセルが血牙獣の倍以上の速さで雪上を駆ける――だが。


「――まじでお馬鹿なんですね」


 向け返されたのは冷たい半眼。癒希。彼の瞳の中にはめらめらと燃える冷たい炎。

 戦杖を短く、そして強く強く握り締めながら――素早く強烈に閃かせる。

 

 べぎごぎずがん! がす!


 順番に。こめかみ、鼻、顎、喉仏。

 元からコンパクトな振り(・・)をさらにコンパクトにした重打が、アクセルの急所を流れるように直撃した。

 正確には頭部分(ヘッド)でこめかみを打ち、石突で鼻を、薙ぎ払いで顎を、そして体をくの字(・・・)に折ったところに喉仏へのダイナミックな飛び膝蹴り――いかにアクセルが人間離れした肉体を持つとはいえ、あくまで人間でしかない。


 彼に心臓が3つないのと同じ理屈で急所は急所(・・)――鍛えることができないからこそ、弱点と呼ばれているのである。それらを直撃されたダメージがある程度(・・・・)で済むはずがない。そして――


『慈悲とは互いのためにある』


 無慈悲な者に慈悲が与えられることはないのだから――獣のごとく四つん這いになった無慈悲な者の脇に癒希が立ち、精鋭兵士50人と蛮族たちが揃って顔を青ざめさせた。それは戦杖が限界まで振り上げられたからではなく、アゾリアが嗜虐的な笑みを浮かべているからでもない。


 動物を追いかけて無邪気に笑っているような年齢の少年が、底冷えするような表情で大人を見下ろしているからだった。

 感情絶無の無表情。氷よりも冷たい瞳。視線だけが異常に熱い。それは無邪気な年齢ゆえに歯止めの利かない感情。純粋な殺意――戦場からあらゆる音が消えた。それは嵐の前の静けさ。慈悲を祈る哀願の(とき)。無慈悲な言葉で破られる。


「死ね!」

「アヴォ!?」


 どがん! という凄まじい打撃音が氷雪だけでなく、大人たちの精神までもを揺るがした。

 そのど真ん中にいたアクセルは頸椎(けいつい)を無慈悲に殴打され、顔面から雪に突っ込んでいた。死んではいないようである。が――土下座のような体勢で下半身を天に向けて突き出した筋骨隆々の大男。その姿は無様という言葉のお手本のようだった。

 アゾリアが無慈悲な追撃を仕掛ける。


「武器を捨てればそう(・・)なるに決まっているだろうに。人が道具を使う理由を忘れたか?」

「ウ、グ、ガアアアァ…………!」


 それに対する反論は()()うの(てい)を完璧に体現した呻き声だけだった。

 ずたぼろ将となったアクセルは雪に鼻血をぼたぼたと流しながらも立ち上がると、癒希の方に振り向こうと――だが。


 どすん!


 バランスを崩して豪快に尻もちをついてしまった。

 頸椎へのクリティカル・ヒットはさすがに効いていたのだろう。が、癒希の殺る気(・・・)は収まらない。無表情のまま、戦杖を大きく水平に振りかぶる――アクセルの首の骨をへし折らずにはいられないらしい。と。


「……その辺で勘弁してやれ。見るに堪えん(・・・・・・)


 アゾリアがそれを制止した。眉はわずかにひそめられており、声もどこか寂しげである。彼女の辛そうな瞳が癒希を映す。遠くへ行ってしまう大切な何かを見送る時のような――


「……」


 それが伝わったのか、癒希の瞳から殺意が消えた。彼はゆっくりと戦杖を下ろすと、アゾリアの方へと戻って(・・・)行く――その間にアクセルも立ち上がった。盛大に鼻血を流しており、怒り心頭の御様子(・・・)である。が、手負いのケダモノがにやりと笑った。怒りと愉悦を足して2で割り切れなかった(・・・・・・・)ような表情で。さらに大きく息を吸い込む。


「が、がーっははははははははは! 計画通りだアアアアア!」

「鼻血で抽象画を描くのが?」

「違ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」


 癒希の半眼による指摘に対してもそこそこ元気に叫び返すと、アクセルは勝利の咆哮を張り上げた。斜面上方――瓦礫の山を指差しながら。


「女の分際で我に楯突いた、身の程を弁えぬ馬鹿者を捕らえたということだアアアアア!」

『……』

 粗野で底抜けに不適切。そんな大声が飛んでいく先へ、戦場のあらゆる視線が向けられた。

 そこにいたのは――

お疲れさまでした。

毎週末に更新の予定です。

よろしくお願いします。

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