129話「筋肉だけのお馬鹿でも、まさか逃げたりしませんよね!?」
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温かなところで充分な食事と睡眠をとって眠気覚ましのシャワーと準備運動、とどめに円陣を組んで鬨の声まで上げた回です。
よろしくお願いします。
以下はこの章に出てくるメインキャラクターの一覧です。
凍結の夜が明けて2時間ほど。天候は快晴。
アクセルと蛮族たちは、その清浄な空気で肺を満たしながら、冷たい斜面をずかずかと上っていた。
元々の気温が低い上に、丸一晩も白飛竜による猛吹雪の結界に閉ざされていたのである。精鋭だろうと勇者だろうと、良くて凍死――生きたまま不適切な者たちに囚われるよりはまし――が自然の摂理だった。そういうわけで。
「宴に備えよ! がーっははははははははは!」
アクセルを先頭に蛮族たちがぞろぞろと続く。
警戒どころか、これから行われる宴とやらの話をしている者さえいる――そして彼らの視界が瓦礫の山を捉えた。雪に埋もれ、半ば凍りついたような姿は殻に閉じこもったかたつむりにさえ見える。
「中身を引きずり出してやろう! 殻を割ってなあああ! がーっはははは――」
アクセルは不適切な宴を想像して大爆笑――それが真正面からぶった斬られた。
ずがん!
「――ははははは!?」
瓦礫の山の前半分が何の前触れもなく内側から吹き飛ばされ、熱を帯びた冷たい風が火薬臭を運んで来た。
それに猛烈な殺気が続く――赤い軍服を着た戦士たち。手製の雪車に乗って突撃してくる。
「ば、馬鹿な!?」
野蛮で苛烈な蛮族の将が冷や汗と共に絶句した。
極限状態の一歩上をいく超極限状態の夜を野ざらし同然で過ごしたのであれば、鍛えられた人間でも凍死、または凍死寸前が当たり前。目の前の光景はその摂理と真逆である。
なにかの奇跡で闘志を失っていなかったとしても、斜面を転がり落ちてくるのが関の山のはず――だが、赤い軍服を着た者たちは温かなところで充分な食事と睡眠をとり、さらに準備運動まで終えたような精力全開の表情で突撃してくる。
10個小隊。総勢50名。中心には女指揮官と華奢な小僧――分散型中隊戦術。それは当然のことながらやっちまえなどではない――指揮官統率下での作戦。急襲である。
医療用ナイフのごとく鋭利な声が、極寒の晴れ空を無慈悲に切り裂く。
「投擲!」
女指揮官の号令と同時に、きっかり10個の物体が蛮族軍団に向かって投げ放たれた。
展開すらしていなかった蛮族たちは、それらをただ茫然と見上げるしかない――黒色の球体で、一般的な大砲に収まる程度の大きさ。
投げやすいように取っ手がつけられており、殺しやすいように鋭利な突起物がぎっしりと貼り付けられている。設計図にコンセプトが表記されているのなら凶悪な爆弾であるに違いない。用途・目的欄にはくたばりやがれ――
ずがん! ずがどががががががががん!
「ごえええええ!?」
「ぎゃ――!?」
蛮族の塊に対して均等な間隔で放り込まれた10個の凶悪な爆弾は、最高効率で彼らを吹き飛ばした。
爆炎が雪を瞬時に蒸発させ、もうもうと白い煙が立ち込める――それに乗って香るのは“死”の匂い。
楽しい楽しい宴の妄想から一転、凶悪な急襲の現実である。数で勝っていただけの蛮族は急襲からのたった一手で総崩れ――最悪な状況に追い込まれた。最悪なことはまだ続く。最悪なことに。
「抜剣!」
『イエッサあああああー!』
名医の振るうメスのような、鋭く迷いのない号令がその開始を冷たく告げた。
そして精鋭たる戦闘の達人たちが寸分たがわぬタイミングで一斉に稲妻の剣を抜き放つ――指揮官アゾリアがびしり! と阿鼻叫喚のど真ん中にいる蛮族たちを指差した。
成人指定どころか発売禁止。個人輸入でもしようものなら捜査機関が動き出しかねない残虐なゲームソフト。そのラスボスを連想させる、どす黒い殺気を燃え滾らせて――
「皆殺しだ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
精鋭兵士たちが雪車を乗り捨て、凄まじい殺気と圧力をまとって斬り込んだ。
昨日は重クロスボウを担いでいた者もすべて――総力戦である。士気も健康もカンスト状態の戦の狩人たちが、その本領を無慈悲なまでに発揮する。
ざん! ばす! どしゅう!
旋風すら巻き起こして閃く稲妻の橙色。
その度に蛮族たちの血が雨のように飛散し、純白が真っ赤に染まる。反撃に転じる蛮族戦士もいるにはいたが、まったく歯が立たず、次々と斬り倒されていった。
まるでベルトコンベアで裁断される材木のようである――ティアラ神国はルイ大帝国という軍事強国を相手に戦い続けた歴史を持つ。保有する兵力も並ではない。その中で精鋭と呼ばれる者たちが彼ら。野生の蛮族とは力量の格が2つは違う。さらに。
「癒希参謀に圧倒的大勝利を捧げるのだあああああああああああああああああああああああああ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
忠誠心によって灼熱のごとく燃え盛る戦意。
蛮族たちが万全の状態で、倍の数がいたとしても物の数にはなり得ない――そしてこの御方。
「Δςυⁿβ! ρΖΘπθφΘΥ! ψΕ! ΝχΕΔρ! ΟΞ!」
要塞指揮官アゾリアは暗号言語による指揮で10個小隊を恐ろしい速度で操っている。
崩れかけた部分を叩き潰し、反撃の火種が生まれた部分は倍の火力で踏み潰す。
斜面やや上方から見下ろしているとはいえ、それを差し引いても恐ろしく正確にして無慈悲。その処理能力の高さと冷徹さたるや、癒希がいた世界で言うところのコンピューターのようだった。
その演算結果として蛮族軍団は見るも無惨な有様を晒すこととなり、皆殺しの宣言の通りに蹂躙されていく――だが。
ばりばりばり!
「お・の・れええええええええええええええええええええええええええ!」
「うおおおおお!?」
「稲妻が効かないだと――!」
「化け物か!?」
戦場に轟く野獣の咆哮。精鋭兵士の1個小隊5人は戦斧の薙ぎ払いによって、まとめて弾き飛ばされた。彼らの動揺はかなり大きい。
それは多少の傷を負ったからではない――人の形をした野獣の形相は既に人を捨てていた。他のものもかなぐり捨てる――
「ウグオオオオオオオオオオオオ!」
髪は逆立ち、全身に太い血管が何本も浮き出る。
そして赤い肌は急速に色を濃くし、数秒もしないうちに黒色に近くなっていた。その色は腐敗した血液。貪食の獣が好むもの。
さらに全身から噴き出す、おぞましい殺気――戦場が瞬間冷凍されたかのように静まり返った。
『……』
兵士たちは一斉にアゾリアと癒希の周囲へと集まり、守りを固めた。
そして蛮族たちも集まった。コーロストン神の狂信者。彼の背後に――静まり返った白い戦場の中央で、2本の足で立つ野獣が犬歯を剥き出しにして吼え猛る。
「そこの雌ウウウウウ! アゾリアと言ったなアアアアアアアアアア!?」
やはり不適切に。それはさておき。
獣将アクセルは猛吹雪の吐息でも吹きかねない形相でアゾリアをどん! と指差した。
「将対将の一騎打ちを申し込む! 戦の何たるかを理解せぬ無知蒙昧で貧弱虚弱な女といえども、まさか逃げはせんだろうなアアアアアアアア!?」
それはあまりにも不適切にして理不尽な要求だった。
取り合う義務も義理もない。が、そこに割り込んだ小柄な少年。待ってましたと言わんばかりのタイミングで――
ばっ!
脱ぎ捨てられたコートが白亜の空の下に舞い、高速で回転する戦杖が銀の日差しを跳ね返して純白に輝く――小柄で華奢。だが神官。戦う職業に在る少年。比良坂癒希。
その瞳には揺らぐことのない闘志。すなわち、お怒りゲージカンストの奇蹟の子。溢れ出る激情を込めて叫ぶ!
「うちの将は頭脳労働専門なので代わりに僕が引き受けます! 筋肉だけのお馬鹿でも、まさか逃げたりしませんよね!?」
言うが早いか、癒希はアクセルに向かって白い大地を強く蹴る――赤い法衣が戦旗のようにはためき、そして迷いなく振り上げられた戦杖。装填されているのは仲間を殺されかけた激怒。巨大な戦斧を熾烈に叩く。
がぎぃいいん!
「ぬウウウウウ!?」
その一撃は圧倒的なまでの重量差を無視してアクセルの足を雪に大きくめり込ませた。
次いで発生した衝撃波が雪原を半球状にへこませ、雪の結晶が花吹雪のように乱舞する――幻想的ですらある光景の中心でアクセルが野蛮に猛る。
「尻を向けると思うか!? クズのような肉体しか持たぬ貴様に! 生きる価値のないクズに!」
「肉体だけが価値じゃない! 卑怯な黒いゴミがどうなったか教えてやるぞ、不適切な赤いゴミ!」
「やってみろオオオオオ! クズがアアアアアアアアアアアア!」
癒希対アクセル。
仲間への強い親愛と、自身への絶対的な誇り――真逆の怒りが真正面から激突した。
お疲れさまでした。
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