126話「とても希少な種なんだろう――絶滅してればよかったのに」
「報告しろ!」
「上空に白飛竜が滞空! 氷の砲弾を射出しています!」
観測施設の揺れはかなり激しい。それにもまったく動じないアゾリアさんの命令に対して、透視の水晶を天井に向けた兵士が早口で返した。さらに続ける。
「威力はさきほどまでの比ではなく、施設が倒壊しかねません!」
「これが化け物の本気ということか……!」
アゾリアさんが奥歯を軋らせた。白飛竜にここまでの火力があるとは知らなかったみたいだ。
とても希少な種なんだろう――絶滅してればよかったのに。
それはさておき、指揮官のお姉さんが鋭い視線を突き刺した先は窓。外はとんでもない吹雪になっている。屋上に出て白飛竜に応戦するなんて人間には不可能だ。
(あの竜が天候まで操作している……?)
それを疑いたくなる――いや、今までのご都合吹雪から考えてそうに違いない。
がしゃん! ずがん! どがん!
そんなことを考えている間にも、氷の砲弾は次々と施設を破壊していく。窓を眺めているだけなら本当に倒壊してしまう。この猛吹雪の中で拠点を失ったら凍死だ。そもそも瓦礫の山に圧し潰されてしまう――でも!
「先生! あれを使ってください!」
それは先生の奇蹟。建物内に僕と先生がいた世界の図書館を展開する“黒百合図書館”だ。
閉館時には|閉館時絶対無敵完璧防御機構――だかなんだか――が発動するらしいから、氷の砲弾なんか読書の妨げにもならない。
僕の希望的観測の視線の先で先生が冷静に首を横に振る――
「私のあれは建物――密閉された空間でしか使えません」
「えっと……」
つまり穴だらけになりつつあるこの施設では使用不能ということだろう。眼鏡の位置を直しながら、どうにも冷静に続ける。
「このままでは瓦礫の下敷きです」
そう締めくくった後、やっぱり冷静な視線をオリアナさんに向けた――直後、オリアナさんは上り階段に向かって駆け出した。屋上へ向かう気なんだろう。だったら!
「僕が援護します――!」
「比良坂さんはここに!」
「ここにいろ! 確保だ!」
『はい!』
僕も階段に向かおうとしたけど、数人の兵士によって簡単に取り押さえられてしまった。
彼らの体格が妬ましい――いや、そんなことを考えている場合じゃない。
(この鬼のような吹雪は白飛竜にとって居心地満点のリラックスルームみたいなものなんだから……!)
地の利があるどころの話じゃない。業火の中で炎の精霊と戦うようなものだ。勝負になるはずがない――
ががががが! ぎん! がぎぃいいん!
なんとか手を振り払おうとしている間に、屋上の方から激しい戦闘音が鳴り響いてきた。
敵はアゾリアさんに化け物と呼ばせるほどの化け物だ。鉄塊もすぱすぱ斬り裂く強者でもこの環境下じゃ絶対に勝てない。
こうなったら救いの風でみんなを吹き飛ばしてでも――!
がっっっしゃんんん!
「うっっっそでしょ!?」
1階の天井を突き破って、オリアナさんが目の前に墜落して来た。左腕が凍りつき、皮膚もところどころが青い。凍傷を負っている! 早く治癒の輝きをかけないと――
「治療したいんですけど!?」
『……』
僕は渾身の力を振り絞って兵士たちを押しのけると、急いでオリアナさんの上半身を抱き起こした。その時。
ごごごごごご……!
背筋が凍りつくような振動。徐々に近づいて来る――この施設は塔状だ。上の方から崩壊が始まったんだろう。
「……!」
「……!?」
さすがの精鋭兵士たちもざわつき始めた。けど、なぜかアゾリアさんは冷静だ。先生も。
彼女たちの視線は、僕の腕の中で荒い息をつくオリアナさんに向けられている。
「他にも策はあったが……手っ取り早く済んだのはオリアナのおかげだな」
「はい。オリアナさんが頑張ってくださったおかげですね」
「なんで冷静なんですか!?」
絶対的な窮地にしか思えないこの状況で、2人がお手頃なランチでも食べてるみたいにリラックスしている理由がわからない――そして。
どがががらがらがら!
施設が崩れ落ちる轟音が耳を猛烈につんざいた。
勘だけど3階か4階。そこから上にあるすべてが瓦礫となって降り注いでくるということだ。
(オリアナさんが応戦してくれたおかげで標的が彼女に移ったから、白飛竜の攻撃も上に集中していた……?)
つまり1階はほとんど無傷。
僕はオリアナさんを引きずるようにして天井の穴から離れた。大量の瓦礫が降り注いでくる――
どどどどどどどどどど!
建築において、全重量を支える1階はもっとも強固な造り――上階の全重量を支えるに足る強度だと聞いたことがある。無傷の状態でなら、瓦礫が降り注いでもしっかりと受け止めてくれるはずだ。
そして瓦礫によって埋もれた空間は完全に密閉されている。それは先生の奇蹟である“黒百合図書館”の発動条件を満たしている――矢木咬先生が冷静に眼鏡の位置を直した。
『無茶をさせてくれたものですね』
オリアナさんのそんな視線を受け流しながら。そして。
「いつまでもあの頃を……黒百合図書館」
次の瞬間、1階は完璧な静寂に包まれた。
吹雪が荒れ狂う音どころか、瓦礫が崩落する音さえ、もう聞こえない。代わりにどこか落ち着くような匂いで満たされていく。図書室でラノベを読んでいたあの頃が頭の中によみがえる。
それは心の安全地帯――
ざあああ……!
浮遊松明の温かな灯りが安寧の黒によって塗りつぶされた。
・
・
その晩である。
昼間に激しい戦闘が行われた急斜面。その下では200人ほどの蛮族戦士が巨大な篝火の周囲で踊り狂っていた。軽快なステップで左右に跳ねては、急に前後へと方向を変える。その度に彼らが身に着けている骨の装飾品が、がちゃがちゃと鳴った。
原始的。そんな言葉がぴたりと当てはまりそうな光景である――ダンスと呼ぶほど洗練されていないだけに、闘争本能を高揚させる効果は高そうだった。
それを倍増させるのは彼らの将。人の形をした野獣――
「踊れ踊れぇい! 明日の蹂躙のためにぃいいいいいい!」
野蛮な雄叫びは白い静寂を盛大に粉砕し、巨大な篝火さえ恐れるように揺らめいた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「がーっははははははははは!」
返された熱狂的な咆哮に満足したらしく、アクセルは背後へと向き直った。そして見上げる――その傲慢な視線の先には、かつての積雪観測施設。10階建てだったが、現在は瓦礫の山の平屋である。
「苦しんでいるのだろうな!? いや、苦しいに違いあるまい! もっと苦しむがいい! がーっははははははははは!」
肺の奥底から噴き出た爆笑は、白飛竜が施設を閉ざしている猛吹雪の結界と同じくらい冷酷なものだった。
慈悲の欠片もない心に映し出されたのは、瓦礫の下で這いつくばっているであろう者たちの姿。
どれだけ身を縮こまらせようとも、寒さからは逃れられない。悴んだ指では満足な治療もできず、傷口は壊死、または凍傷に蝕まれていく。
そして凍りついた食物をどうにか噛み砕いて飢えをしのぐ――そんな極寒が精神にまで及んだ時、人は人間性を保てない。獣になり下がる。
ずずず!
「ううううう美味いいいいいいいいい!」
アクセルは温かいスープを一息に飲み干した後、じゅうじゅうと音を立てる肉――撃破された血牙獣である――を豪快に口へと放り込んだ。腹の底から湧き上がる熱い感覚。それは温かなスープや焼いた肉によるものではなかった。
野蛮で粗野で無恥。それらが歪に結び合わされた獣欲によるものだった。
倫理観など微塵もなく爆発させる――
「あの雌豚と雌犬が原型をとどめているといいのだがな! がーっははははははははは!」
アクセルは不適切な大爆笑を暴風雪のごとく響かせた。
お疲れさまでした。
次回更新は明日(日曜日)の予定です。
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