123話「ウナギのぬるぬる持ってませんか!?」
「比良坂さん!? 戦いは彼らに任せてここに戻りって来なさい!」
「平常点を稼ぎたいのでそこにはまだ戻りません!」
叫び返しつつ、僕は前方180度からの殺気に備えた。
(急所さえ守れば回復チートで耐久できる!)
その隙に兵士のみんなが攻撃してくれれば獣たちにとっては奇襲になる。僕の防寒具は間違いなくぼろぼろになってしまうけど――目の前には新品の防寒具がたくさんいるから、まあいいや。
先生には赤い鞄をプレゼントしよう――そんなことを考えた時、20人くらいの兵士が斜面を駆け下りて僕の周囲に展開してくれた。アゾリアさんの指示の声が続く。
「癒希! そこから下には絶対に行くな!」
「は、はい!」
少しばかりのお怒りを検知。僕は背筋に冷たいものを感じながら戦杖を握り直した。それはさておき。
こっちは21人。対する獣は22頭。数としては不利だけど、僕たちの後ろには40人の精鋭兵士が控えている。獣の群れが僕たちに襲い掛かってきたら、彼らの横っ面を盛大に殴りつけてくれるに違いない。
僕の決死の覚悟的なものが、なんか虚しく雪原を彷徨っているけど――
「癒希殿は支援に徹してください!」
「ありがとうございます!」
屈強な大人たちに守られている状況はとても良い感じだ。
もちろん僕だって戦うし、治癒の奇蹟で援護もするけど、痛くないのは大歓迎。彼らの首に花の輪をかける代わりに、僕はひゅんひゅんと戦杖を回した――瞬間。
『グオガアアアアアアアアアアア!』
「で・い・やああああああああああああああああああああ!」
血牙獣たちとの戦闘が始まった。
僕は円陣防御の中心で戦杖を強く握り、そして治癒の奇蹟の発動を意識する。
ざしゅ! ばす! ざん!
『グギャ!?』
『ギャヒン!?』
「……」
澄んだ空気に描かれる見事な銀輪。精鋭兵士の皆様はサーベルで次々と獣たちを斬り倒していく。
速くて重い斬撃。思わず目を見張ってしまう――そしてあっという間に血牙獣は半減した。みんなはほとんど無傷。僕の奇蹟は舞台の袖でちょこんと立っているしかない。と。
『ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
『ゴブルアアアアアアアアアアアアア!』
雪上に倒れ伏していた血牙獣たちが跳ね上がるように立ち上がった。瞳には狂暴の業火。危険度8割増しの予感。砕けた言い方をするなら、とてもやべー。僕だけ後衛でお祈りしている場合じゃない。
「僕も戦います!」
みんなの隣に並ぼうとした――その時。
ばりばりばり!
視界に溢れるオレンジ色の光。
みんなの武器から放たれているそれは、まるで稲妻――
『ギャオオオオオオオオ!?』
正真正銘の稲妻でした。
兵士のみんなは稲妻をまとったサーベルを、やっぱり見事に使いこなして次々と血牙獣を倒していった。飛び散った真っ赤な血が雪上に抽象的な絵を描く。僕はそれを鑑賞して憐憫の情に浸る余裕すらある。
(獣たちには悪いけど……)
楽勝。そんな単語が思い浮かんだ。と。
『……』
生き残りの獣たちは波が引くように去っていった。
巨大な気配――オリアナさんと交戦していた白飛竜も下がっていく。そして。
「下がれ!」
『はい!』
「……」
アゾリアさんの号令。僕は兵士のみんなと斜面を登って施設前に戻った。
先頭で出迎えてくれたのは矢木咬日織先生。
髪を虹色に染め上げて、さらにアロハシャツで服装頭髪検査を受けたらこんな顔をするんだろう――そんなレベルのお怒りモードだ。
「……後で話があります」
「い、いえっさー!」
元いた世界での軍隊風に答えてしまうほど恐ろしい。
さらに厳しくなる先生の表情――僕はそれから逃げるようにアゾリアさんの方へと振り向いた。けど、この人もめちゃくちゃ怒っている。僕の豆腐メンタルが震え過ぎて豆乳になりそうだ。びくびくしながら訊いてみた。
「あの……なんで急に撤退したんでしょうね?」
「奴が救いようのないクズだからだ」
「えっと……?」
疑問符まで震わせて訊き返した時、不適切将軍がご機嫌な声で叫んで来た。
「女の尻に敷かれる連中にしてはやるではないか! 褒めてやろう! 褒美もくれてやる! がーっははははははははは!」
時代錯誤のお馬鹿さんはどうにも上から目線だ。全然褒めてない。
そもそも不適切な大人からのご褒美なんて、貰った瞬間にゴミ箱行きだ。けど、そうはいかない――アゾリアさんが彼をクズと呼んだ理由も分かった。
「古今東西のクズ御用達の展開が……」
アクセル率いる十把一絡げ蛮族軍団の少し手前には、血まみれの男性がうつ伏せに倒れ伏していた。施設員の制服を着ている――
「男らしく助けに来い! 要らぬなら獣の餌にしてしまうがどうする!?」
ジーザス。どこかのゴミ騎士を思い出すクズっぷり。あの2人には血縁関係があるんだろう――いや、一卵性双生児に違いない。
(ならゴンザロスとまったく同じ末路をプレゼントしてやる!)
僕は心の中でそう誓いながら、斜面を駆け下りようとした――その時。
がし!
いつの間にか戻って来ていたオリアナさんに、左腕を掴まれてしまった。
それもすっげー強く。振り払うにはウナギのぬるぬるでも塗らないと不可能だ。僕は顔だけを彼女に向けて叫んだ。
「ウナギのぬるぬる持ってませんか!?」
「まったく意味が分かりませんが!?」
訳の分からないことを言い合った後、じっと見つめ合う主と従者。
ふとアゾリアさんの方を向けば、彼女も厳しい表情だった。顔を小さく左右に振る。
『あからさまな罠に突っ込むな』
表情からして言いたいことはこんな感じだろう。けど、舞台の袖で突っ立っていただけの治癒の奇蹟に出番が回ってきた。
重傷者が一瞬で元気一杯になるところをアクセルに見せてやりたい。そして中指だけを立てた左手を向けてやる――と。
「私が行きます」
「はい!?」
そう申し出たのは先生だ。担当教科は国語。今は図書館の館長。
先生と館長の業務に、罠に頭から飛び込むというものはなかったはずだ。チョーク投げが百発百中の腕前だとしても、アクセルや蛮族軍団は倒せない。
「絶対にダメですけど!?」
「いいえ、私なら問題なくできるはずです。なぜなら……」
アクセルは女性を見下しているから、戦うことができない女性だけでいけば攻撃はしてこないだろうという判断らしい――アゾリアさんは敵が最も殺したがっている指揮官だから論外。
オリアナさんでは武力衝突間違いなし。負傷者は殺されてしまう可能性が高い上に、人質にとられたら厄介。
「それでもダメです!」
「行ってくれるか?」
「はい」
「うっっっそでしょ!?」
僕は先生の腕を掴もうとしたけど、オリアナさんに羽交い絞めにされてしまった。そして。
「第1から第5小隊は突撃態勢で待機!」
『はい!』
アゾリアさんの指示で援護態勢が整えられた。
兵士のみんなは屈強だし、雪上での訓練も積んでいる――それでもあそこまでは何秒もかかってしまうだろう。先生が耐久できるはずがない。
「僕が女装して行きますから!」
「……それは平和な時に拝見します」
そんな事を叫んでいる間に矢木咬先生は静かに雪の斜面を下りていった。そして彼女の背中がどんどん小さくなっていく。吹き始めた白い風でさらに霞む。
僕の戦杖も奇蹟も届かない――
(心臓が爆発しそうだ……!)
と。
「アゾリア様!」
施設の扉を押し開けて女性が駆けて来た。ラミンさんだ。
顔は真っ赤。サウナにでも入っていたのか、よほど慌てているのか――息を整える余裕もなく続ける。
「施設員は私を含めて10人です!」
「……まさか」
アゾリアさんはなにかに気付いたらしく、はっとした表情だ。ラミンさんは雪上の負傷者を指差して叫ぶ。
「あれは11人目です!」
「はあああああああああああああああああああああ!?」
僕の絶叫は断末魔のごとく雪山に強く木霊した。
お疲れさまでした。
毎週末更新の予定です。
よろしくお願いします。




