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124話「そういうわけで僕が相手だ!」

やっぱりこうなります回です。

よろしくお願いします。

以下はこの章に出てくるキャラクターの一覧です。

挿絵(By みてみん)

 黒のスーツを着た女性が慣れない足取りで雪の斜面を下って行く。

 彼女は国語の先生。チョーク投げが500メートル先の標的を貫くことはない。そして右手にショットガンを持っていなければ、左手に手榴弾を握ってもいない――目の前には倒れ伏した施設員。

 

「……」


 矢木咬は周囲を軽く見回した。が、特段の脅威は見当たらない。巨大な斧を持った大男がどっしりと立っている以外には。彼は重さを想像するだけで背筋が痛むような戦斧を軽々と掲げた。


「ひ弱な女なら襲われないと思ったのだろうな! がーっははははははははは!」

「……」


 傲慢な高笑い。それに冷めた視線で対抗しつつ、矢木咬は怪我人に細い手を伸ばす――その時。


『はあああああああああああああああああああああ!?』

「……?」


 大切な生徒の素っ頓狂な叫び声が後方から飛んで来た。

 真面目な先生は反射的に施設の方へと視線を向ける――刹那。


 ばさっ!


「……!?」

 目の前の怪我人が跳び上がるように起き上がった。逆手に握ったナイフを振り上げながら。

 アクセルが不適切に嗤う。


「甘い! だから女という連中は――」

「……」


 傲慢な嗤い。

 だが矢木咬の眼鏡がきらりと光る。それはナイフよりも鋭く、冷たい。そして冷静さの証。


 ぎん!


 振り下ろされた鋼の切っ先をびし! と受け止めたのは、黒スーツの内ポケットから飛び出した分厚い本。

 タイトルは――


『いざという時のための本』


 どうやら窮地での対処法が書かれたもののようである。

 水の浄化から、エレベーターに閉じ込められた時、そしてナイフを持った暴漢に襲われた時のことまで――それを想定したかのように()ハードカバー製の本である。矢木咬の出番(ターン)はまだ続く。


 どどどどど!


「おおおおおおおおおおおおおお!?」


 次いで飛び出して来たのは消火栓ホース。怪我人――に扮した偽装兵へと襲い掛かり、まるで大蛇のように巻きついて彼の自由を完全に奪った。

 矢木咬は眼鏡の位置を冷静に直し、そして不適切な笑いのまま硬直したアクセルに対して冷めきった視線を向けた。冷たい言葉で、すぱ! と斬りつける。 


「あなたのような方なら絶対に襲ってくると思っていましたが?」

「ぬううううううううううううううううううう……!」


 さらに、ぴしゃり! と言い放つ。


大人を(・・・)甘く見るのもほどほどに」

「き・貴様ああああああああああああああああああああああああああああ!」


 彼女の言葉は侮蔑と共に――アクセルは顔面に何本もの血管を浮かび上がらせて激怒に震えた。矢木咬を指差し、どんな聖者の手にも余るほどの救いようのない怒声を張り上げる。


「その雌豚を殺せえええええええええ!」

「下品な物言いは控えてください。近くに未成年がいますので」


 矢木咬が冷静な声で応戦するや否や、彼女の内ポケットから黒い輝きが迸る。


 ぽぽぽぽぽん!


 その輝きから飛び出して来たのは、この大地(せかい)には存在しない物。

 赤く塗られた金属の筒。消火器だった。襲い掛かって来た蛮族たちに向かって一斉に()を吹く――


 ぶしゅううううううううう!


「げええええ!?」

「ごほ!?」


 猛烈に浴びせかけられた、ややピンク色の煙。それはご存じ、リン酸アンモニウムである。

 癒希や矢木咬がいた世界では、肥料から難燃剤まで幅広く使われている。が、ファンタジー世界の住民がそんな化学物質への知識などあるはずもなく、彼らの恐怖心は一気に燃え(・・)上がった。パニック状態である。


 矢木咬は――やはり眼鏡の位置を直しながら――冷静な声で畳みかける。


「目に入ったならよく洗うことをお勧めします。失明しますので」

『ひいいいいいいいいいいいいい!』


 もちろん消火剤がそんな症状を引き起こすことはないが、火だるまにされたがごとく雪上を転げ回る蛮族たちにそれを検証する余裕はなさそうだった。数人は斜面をごろごろと転げ落ちていき、煙の向こうのアクセルや他の蛮族たちも攻め入ってくる気配はない。


 矢木咬は彼らを後目に早足で斜面を登り始める――が。


 どが!


「馬鹿どもがあああああああああ!」 

「ぎゃあ!?」


 アクセルは足元に転がって来た部下を力任せに蹴り飛ばすと、赤い肌から蒸気すら立ち昇らせ、さらに激怒の形相で戦斧を突き出した。その先にいるのは矢木咬日織――


「女に一杯食わされるなど、男にあってはならん緊急事態! 突撃だあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 不適切な言葉で叫び倒した後、彼を先頭に蛮族たちが一斉に斜面を駆け上り出した。

 矢木咬は戦斧の届かない位置にいるが、アクセルたちは雪上とは思えない速度で彼女を追っている。数秒で追いつかれてしまうだろう。


 アゾリア配下の兵士たちが全速力で援護に向かってはいるが、間に合いそうにない。

 だが精鋭と評される兵士たちよりも圧倒的な速さで矢木咬に接近する者がいた。

 小柄で華奢。赤い法衣を着た少年――


 ずざざざざざざざ!


「比良坂さん!?」

「あいつらの相手は僕がします!」


 聖なる盾(ライト・シールド)をスノーボード代わりにした比良坂癒希。生徒にして神官。

 矢木咬の脇を高速で滑り抜け、そして高く跳ぶ。空中で大きく振り上げられた戦杖が、きらりと光る。それを全力で振り下ろす――狙いは蛮族軍団の先頭を走る大男。不適切右大臣。


 がぎん!


「そういうわけで僕が相手だ!」

「ぬうううううううううううううううう!?」


 片腕で受け止められた戦杖での一撃。

 癒希はひらりと後方に飛び退き、戦杖を再びアクセルへと向けた。髪すら逆立て、激怒に吼える。


「一騎打ちだ! 勇ましく(・・・・)かかってこい!」

「よかろううううううううううううう! 男らしく(・・・・)一騎打ちといこうではないか!」

「どうして言動すべてが前時代的なんですか!? 大人のくせに!」

「女のように華奢な小僧が言うではないか!」

「大人ならミジンコ並みの脳みそをデカい体に寄せる努力をしてください!」

「がーっははははははははは!」


 子供の言葉に取り合う必要など絶無。アクセルはそんな豪笑で返しながら、戦斧を真横に振り抜いた。


 ごっ!


 癒希はそれを屈んでかわし、さらに2歩分だけ素早く下がる――


(思っていたよりも雪の影響が大きい!)


 足が沈み込むだけでなく、ブーツに付着した雪が重い。小柄な癒希にとっては阻害(デバフ)に近い。

 対するアクセルは筋骨隆々とした大男である。さらに雪上での戦いに慣れているらしく、動きが阻害されている様子はまったくない。だが。


(こいつは先陣を切るタイプだから、敵をまとめて薙ぎ払う戦い方をしてくるはずだ!)


 蹴散らし、駆け抜け、踏みつぶす。アクセルの性格と体格からはそんな戦闘スタイルが容易に想像できた。

 そもそも武器が特大の斧である。1対1に、そして小柄で素早い敵には不向きに違いない――癒希が雪上戦の授業(・・)を受けていないのは事実。それでも――


(勝ち目はある!)


 騙し討ちを平気な顔で実行する彼がどこまで一騎打ちの作法(・・)を守るかは不明だが。

 癒希は騙撃に警戒しつつ、戦斧の攻撃に備えた。その時。


 どどどどど!


『グオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「はあああああああああああ!?」


 赤い獣――血牙獣の群れが蛮族たちを後方から追い抜き、矢木咬に向かって駆けて行った。

 獲物の背中を追っているためか、恐ろしく素早い――


「ちょっと! 一騎打ちの意味わかってますか!?」

「がーっははははははははは! 貴様と我だけの戦い! その意味を違えた覚えはない!」

「あ・の・さああああああああああああああああああああああああ!? お前の脳みそが何グラムかを直に(・・)計ってやる!」


 矢木咬を追いたい気持ちを抑えて、癒希はその場に踏みとどまった。

 目の前の大人は極めて不適切ではあるが、かなり強力である。背中を見せるのは危険すぎた。


(――みんなを信じる!)


 癒希は赤い肌の大男(アクセル)の頭をかち割る(・・・・)べく飛び掛かった。


お疲れさまでした。

毎週末更新の予定です。

よろしくお願いします。

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