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119話「誰か急ブレーキを踏んでもらっていいですか!?」(完)

第8章のエピローグ回です。

よろしくお願いします。

『かんぱい!』


 4つの木製ジョッキが勢いよく宙で激突した。硬さを競う競技じゃなくて、乾杯という儀式だ。

 目的はなにかを祝うこと。この場合はマイさんの意識回復と、僕たちの冒険達成。それらをちょっとお高い店で祝っている。


 テーブルにいるのは僕とペネロペさんとカリィさん、そしてパーティーに加わることになったマイさん。

 少しお高くても酒場は酒場。昼間からわいのわいのと騒がしい。お祭並みに賑やかだ。


「こういう時くらい笑いなさいよぉ♡」


 カリィさんがひとくち飲んだだけで泥酔気味なのは、この陽気な雰囲気にあてられたからじゃなさそうだ。そののり(・・)で隣のペネロペさんにしなだれかかる。けど。


「酔っ払いに絡まれている時に笑えるはずがない」


 ペネロペさんの態度はつれない――カリィさんが不満そうな顔で追撃(・・)に出た。

 酔っているせいか、頬を思いっきり膨らませてペネロペさんの顔面に迫る。ペネロペさんから見たら結構な迫力に違いない。タイトルをつけるなら追撃の巨人。


「もっと構ってよ!? 今日だってお化粧が終わる前に先に行っちゃうしさ!」

「おい!?」


 子供っぽい言葉と仕草が逆にエロい。それはさておき、ペネロペさんはぎくりとした様子だ。

 しまった! といった表情を向けてくる――僕は手のひらに拳をぽん、と打ち付けてからうなずいた。


(朝のお化粧タイムに一緒にいたということは、一緒の部屋で目を覚ましたということか。つまり……)


 僕はジュースをひとくち飲んでからオトナのカップルを見やった。


「既にそういうことだったんですね」

「既に!? それはどういう意味だろうか!?」

「とっくにばればれの透け透けって意味よ。ね、癒希♡」


 マイさんも気付いていたらしい。

 ゲス女神扮する大悪魔も気付いていたんだろう――それはさておき、マイさんがご機嫌に僕を抱き寄せた。頬と頬が触れ合うほど強く。カリィさんが手のひらを口元にあてて、にんまりと笑う。


「そっちも既にそうなってンじゃん?」

「あーん♡ 私たちのそう(・・)な関係がばれちゃってる♡」

そう(・・)なってませんし、公の場で抱きつかれると顔が真っ赤になるっていうか、倫理に轢き殺されそうになるっていうか……」


 僕は力を増したマイさんの腕から逃げるように周囲を見やった。けど、どのテーブルも自分たちの食事やらに忙しそうで、こっちのテーブルに関心を向けてくる人はいない。そういうわけで、マイさんは僕をむぎゅ! と抱きしめた。


 むぎゅ!


「ずーっと一緒にいましょうね♡」

「そのお気持ちはとっても嬉しいんですけど!?」


 酔って脳のリミッターが外れている――わけじゃないはずだけど、マイさんの真横からの抱擁はかなり強力だ。

 好奇の視線に晒されてはいないけど、僕の骨格が悲鳴を上げつつあるから割と困る。そして。


『このまま冒険者になってみんなと、夢わくわくの人生を送る』


 それはとても魅力的だ。掛け値なしにそう思う――でも(・・)……。


「ずーっと一緒にいさせてください」

「やったー! 絶対に私のいい人(・・・)になってもらうんだから! あ、今晩にでも法令とか倫理とかぶっちぎってみる!?」

「誰か急ブレーキを踏んでもらっていいですか!?」


 僕はキスすらしかねない勢いで唇を近づけて来たマイさんを、なんとか両手で押しとどめた。マイさんの唇が誘惑の間接攻撃を仕掛けてくる――


「ちょっとだけ♡ ちょっとだけだから♡」

「なにかの試練ですか、これ!?」

 腕力と魅力で迫られて、僕は割と深刻な悲鳴を上げた。

 そんな様子をみたペネロペさんがテーブルの向かい側で微笑む。皮肉っぽさは皆無。なかなか見せない表情なんだろう。それに感動している余裕は欠片もない。


「いつ死ぬかもしれないこの稼業だ。好きなように過ごすのが正解だろう」

「そうよね♡ 癒希とマイはお似合いなンだしさ」


 カリィさんはべしべしとペネロペさんの肩を叩いてご機嫌だ。2オン2。なんとなくそんな単語が思い浮かんだ――と。僕はあることを訊いてみた。マイさんの唇の誘惑にぎりぎりのところで耐えながら。


「ところで報奨金の使い道なんですけど」

「ああ、それについてなんだが」

「慈悲の館の改修とか生活環境の向上とか……あとはみんなの自立支援のために使いたいンだけど。癒希はどうかしら?」


 返ってきたのはどこか神妙な顔だった。

 僕は基本的に慈悲の館のメンバーではない。そして取り分を要求する権利もある。けど。


「僕もそれに賛成です」

「そうか!」

「やった!」


 彼らの反応は、僕がパーティーに加わるのをオッケー(・・・・)した時とまったく同じだ。

 たった数日前のことなのに懐かしさすら感じる――マイさんも椅子に戻ってにこにこしている。これから4人で送る冒険者生活を楽しみにしているんだろう。僕もとても楽しみだ。でも(・・)


「僕は比良坂癒希」

『ん?』


 心の内とは真逆の表情――笑顔で名乗ると、みんなは不思議そうな顔で僕を見つめてきた。

 仲間たち。この世界のどんな宝物よりも価値ある存在。作り笑顔が崩壊しそうになるのをどうにかこらえて続けた。


「別の世界から転移してここに来ました。その時に女神から授かったのが治癒の奇蹟です」

「ゆ、癒希? いきなり何を言ってるの……?」

「これです」


 僕はぱちくりと目を瞬かせるマイさんの頬に触れた。手のひらに伝わってくる彼女の温かさ。

 それはこれで最後になる――


 かっ!


 奇蹟(チート)の輝きが彼女を包み込んだ。そして。


「ちょっと、まさか……!?」


 自身に起きたこと(・・)を感じ取ったらしく、マイさんは頭に巻かれた包帯を慌ただしく取り去った。

 露になったのは、かすり傷ひとつない額。それに触れて歓喜と驚愕が混じった声を張り上げる。


「治ってる!? 半年は静養してろって言われた傷が治ってるわ!」

「どンな精霊だってそんなことできないわよ!? ちょっと信じられないンだけどおおお!?」


 カリィさんはテーブルに身を乗り出してマイさんの頭部を凝視し、ペネロペさんは静かにうなずいた。


「ガイの石化を退けたのはその奇蹟だったのか……」

「はい」


 そして――僕は立ち上がった。

 最後は一番明るい笑顔。そう思ってたけど、微笑むのが限界だった。声の震えもどうにもならない。


「本当に辛いんです。でも……さようなら」

『え?』


 ペネロペさん、カリィさん、マイさん――仲間たちが揃って疑問符を浮かべた。次の瞬間。


 ごっ!


 酒場に突風が吹き荒れた。

 一瞬だけ。でも冷たくて無慈悲。それに続いたのは時間が止まったような静寂。


「……」


 僕はその間、泣くのをこらえて仲間たち(みんな)の顔を見つめていた。数秒後、不思議そうな顔で見つめ返される――ペネロペさんとカリィさん。彼らの視線は赤の他人でも見るような温度。


「……えっと、君は誰かしら? 迷子になったンなら警備兵のところに連れていってあげるけど」

「そもそも君のような年齢で酒場にいてはだめだろう?」


 最後は――マイさん。


「もしかして冒険者志望? あ、もしわけありなら私たちと一緒に――」

「いえ、ただの通りすがりですから」


 温かい。でもさっきまでの熱量とはまるで異なる眼差し。


 ぎり……!


 僕は奥歯を軋らせた。

 それから微笑みながら軽く頭を下げると、独りで出口に向かった。お祭のような喧騒を背中で聞きながら。


 さっきの突風は一瞬。でも仲間たちとの永遠の別れ。この国の平和を乱しかねない存在(ぼく)へと下された、回避することができない神罰(うんめい)――さようなら(・・・・・)


「……!」


 いてもたってもいられず、僕は扉の前で立ち止まった。

 最後にもう一度だけみんなの顔を見ようと振り向く――


『かんぱい!』


 3人の歓声。それが聞こえたから振り向くのをやめた。

 そして僕は酒場を後にした。空を見上げると、天には太陽がこれでもかと輝いていて、雲はまばら。

 でもその中のひとつに間違いなく彼女がいる。大地の女神テラリディア。


(僕がこの国の平和を乱してしまうから……)


 創造主の力でこの国のあらゆる人々から僕の記憶を消した。


 ここ数日間の矛盾が町のあちこちで噴出するだろう――ピコンレオさんはなんのための祝勝会だったか小首を傾げるに違いない。僕の心を満たす、この虚無感に比べたら大した問題ではないはずだ。

 こうなることは予想していたけど、辛い。辛すぎる。


『ずーっと一緒にいさせてください』


 こうなるとわかっていたから言えた言葉。それが今は死ぬほど辛い。


「…………さ、帰ろうかな」


 妙に冷たい風が、さっさと帰れと言わんばかりに背中を強く押してくる。

 僕はそれに流されるように乗合馬車の発着場に向かおうと――その時。


『癒希様!』


 聞いたことのある呼び声。心の中から虚無感が蹴り出され、温かい何かで満たされていく。

 声の方へと振り向けば、白金色のお姉さん。オリアナさんがいた。彼女の隣にはフレアさん、矢木咬先生の姿も――迎えに来てくれたんだ!


「――!」


 僕は声にならない歓声を上げながらみんなのもとに走った。

 公の場でどうかと100万分の1秒だけ考えたけど、そんなものはどうでもいい――全力で飛びつく。


 がば!


「オリアナさん!」

「やはりご無事でしたか!」

「はい!」


 むぎゅっと抱き締めてくれる大切な従者。

 温かな感触と、お花畑みたいないい匂い――そして。


「で、次は私ですよね? 癒希さん♡」

「公の場で――いえ、どうこう言うのは無粋というものですね」


 胸が締め付けられるほど可愛らしい笑顔でフレアさん。

 先生は眼鏡の位置を直しながら冷静に――でもどこかそわそわした様子だ。


「わざわざありがとうございます!」

「癒希さんの聖女として当然です♡」

「疲労した帰り道こそ危険ですから」


 僕はオリアナさんから身を離し、それから仲間たちに向き直って心の底から微笑んだ。向け返された笑顔と温かい言葉に泣きそうになる――その時、オリアナさんが訊いてきた。


「冒険者修行はどうでしたか?」

「……」


 この数日間の出来事が一瞬で頭の中を通り過ぎて行った。

 不安だったこと。はらはらしたこと。辛かったこと。

 そして楽しかったこと――


「人間の敵は人間。でも……」


 僕は苦笑いでそう返した。それから酒場の方に向き直った。心からの笑顔が彼ら(・・)に届きますようにと祈りを込めて。


「仲間も人間。それを学べました。さあ、帰りましょう!」

『ええ』


 僕は仲間たちと共にガズン共和国を後にした。

 終わることのない不死の怪物(レムナント)たちの脅威。

 冒険者たちの戦いも終わらない――だが彼らの頭上には太陽。

 性格が歪んだ女神が救いの手を伸ばすことはなくても、歩き続けることができる道しるべ。

 それは奈落の底でも輝き続ける希望の()――


『もうちょっとだけ冒険者させといた方が面白かったかしら? 幽霊船とか空中要塞とか腐竜の巣とか攻略させて……ああ、失敗したわねぇ。よし! 次はもっとエグいことさせてあげちゃおうかしら♡』


 仮初(かりそ)めの平和を見下ろすその輝きが一瞬だけゲスい光を放った――その時、比良坂癒希は馬車の中で美味しそうに弁当を食べていた。

 親愛なる仲間たちに囲まれて――


--

第8章 神罰必中クエスター 完

--

お疲れさまでした。

次章は執筆中ですが、矢木咬先生の話になると思います(予定)

すこしだけお待ちください。

よろしくお願いします。

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