111話「太鼓の鉄人みたいな連打やめてもらっていいですか!?」
少し長めですが、オチまで一気に読んで頂けたら嬉しいです回です。
よろしくお願いします。
「うっっそでしょ!?」
再び壁に叩きつけられて、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
15歳は背中の厄年ではなかったはずだけど――とにかく、激しい痛みで体が強張る。
そんなことには構わず――いや、だからこそ大悪魔は嬉々として殴りかかってきた。どうしようもないほど邪悪な笑みと共に拳が振り抜かれる。
がりがりがり!
水平に振り抜かれた拳がプリンでも掬うように壁面を抉り、僕は屈んだまま顔を青ざめさせた。その直後、救いようがないほど邪悪な視線が見下ろしてくる――次撃が来るってことだ!
僕は真横に跳ぼうと――
どどん!
「なんて適度なマッサージなのかしら?」
大悪魔の背中で爆発。精霊魔術と爆破の矢だろう。けど、ダメージはまったく与えられなかったらしく、彼女は平然と背後に振り向いた。その先にはペネロペさんとカリィさんがいる。
彼らに向かって大悪魔が数歩も進む――刹那。
『2人にとんでもないことが起きる』
脳裏にそんな直感が走った。
僕はすぐさま跳び上がって大悪魔の背中にしがみ付き、彼女の視界を両手で塞いだ。
「それはちょっと困った攻撃だわー!」
おどけたように言いながら、大悪魔は全身をよじって僕を振り落とそうとした。
振り落とされるわけにはいかない――全身の力を振り絞りながら叫んだ。
「こいつのことをギルドに報告してください!」
「君を置いてはいけない!」
「そうよ! カッコ悪いにもほどがあンでしょ!」
ペネロペさんとカリィさんは戦闘態勢に入ってしまった。
僕の頭の中にはさっきの直感がまだ強く残っている。
(いい人は突然いなくなってしまう……!)
カァムさんのように。だからもう一度、叫ぶことにした。
この言葉がフラグだとわかっていても――
「僕に構わず行ってください!」
『……』
「そういうお綺麗なノリって嫌いなんだけど!? もっと見苦しい展開を希望するわ!」
「諸悪の根源は少し黙っていてください!」
ペネロペさんとカリィさんは表情だけで明確な拒否を示し、そして大悪魔はゲスいことを叫び返してきた。と。
べし!
「鋭く痛い!?」
「誰が諸悪の根源よ!?」
大悪魔の尻尾が鞭のように僕の背中を打ちつけた。革の鎧を通して鋭い痛みが突き刺さってくる。なにかの本で、鞭打ちの刑は実質的に極刑だと読んだことがある――
べべべべべしべし!
「太鼓の鉄人みたいな連打やめてもらっていいですか!?」
「諸悪の根源だから絶対にやめない!」
「いててててて!?」
背中に突き刺さる何本もの鋭い痛み。この世界の15歳は背中の厄年なのかもしれない。
それはさておき、その痛みで全身に力が入ってしまい、大悪魔の瞳を塞いでいた両手が彼女の目に食い込んだ。
「痛あああい!? いい加減にしなさい、もう!」
「意外と効いてる? だったら……」
いっそ抉ってしまおうか。そんな考えが閃いた瞬間――
かっ!
空洞は純白の大爆発で満たされた。そして。
どが!
「うっっっそでしょ!?」
またまた壁に叩きつけられて、僕の背中に激痛が走った。ちなみに3度目。
(野球ならアウトだ)
そんな意味のないことを考えた時、そばに戦杖が転がっているのが見えた。
この世界の15歳は背中の厄年に違いない――心の中で涙目になりつつ、現実では戦杖を拾い上げて立ち上がった。けど、度重なるダメージで立っているのがやっとの状態だ。全身からはぶすぶすと煙すら上がっている。
そして大悪魔を挟んだ反対側では、ペネロペさんとカリィさんがよろよろと立ち上がろうとしていた。戦闘継続は困難に見える。
(もう奇蹟禁止とか言ってる場合じゃない!)
出し惜しみしたまま全滅したら、STGで言うところのボムの抱え落ちだ。
窮地を脱する手段があるなら、手遅れになる前に使わないと!
僕は右手のひらを軽く胸に当てた。MPに意識を集中させる――そして。
「治癒の輝き!」
奇蹟を発動させた。けど。なにも起きない。
(MPは足りてるのに!? まさか封印? いや、それはあり得ないはずだ!?)
人間をやめた盗賊頭に封印されたことはあるけど、それは毒――女神から貰った奇蹟によるものだった。この大地の創造主である女神テラリディアから授かった奇蹟を封印するなんて、他の奇蹟を用いない限りは不可能なはずなのに……!
ごごごごご!
「うふふふふ♡ もう手加減してあげない!」
驚愕と混迷が思考の中で渦を巻く。その間に大悪魔は魔力をこれでもかと増していた。
それに呼応するかのように竜巻じみた突風が吹き荒れ、奈落全体を楽器にして不穏な曲を奏でる――彼女の魔力は言語を絶するレベルにまで至っていた。あまりの恐怖に目眩がする。
(ここにオリアナさんとヴァレッサさんがいても敵わないだろう……だったら!)
ペネロペさんの素早さはもちろん、カリィさんの精霊魔術も封印はされていないかもしれない。
奇蹟が封印された以上、僕は杖を振り回せるだけの子供だ。彼らだけなら逃走できる確率は高いはず。
「あの――!」
「模範的な君が言いたいことは分かっている」
「ええ。ちょっと泣けてきちゃう」
叫びかけた時、2人はなぜか微笑んだ。瞳には決意の輝き。僕の代わりに死ぬ気だ。
「僕も戦いますから!」
ダメージと恐怖で動作がおぼつかないけど、僕はなんとか戦杖を構えた――その時、ペネロペさんとカリィさんは大悪魔に向かって駆けていた。肩と肩が触れ合うほどに寄り添って。
「彼を死なせては大人として格好がつかない。だろう?」
「キメる時はキメないとね。ま、お化粧はあンたにやってもらうからいいわ」
皮肉げに言ったペネロペさん。左手には弓、そして右手には何本もの矢を握りながら。
隣を走るカリィさんは左手にどす黒い魔力を燃えたぎらせている。彼らを迎え撃つのは、邪悪極まりない笑顔の大悪魔。前方に突き出した両手の先にはおぞましい闇――閃く。
ごっ!
「ぐっちゃぐちゃビーム!」
撃ち放たれたのは極悪に巨大な魔力波。
きっと威力も極悪――カリィさんの左手の先で黒い輝きが弾ける。
「|悪魔よ、対価を糧に力を貸しなさい!《ダエモン、ダ・ミヒ・ウィレス・プレティオ・アクセプト》!」
『お前の願いはかなえられた』
不気味な声が耳に直接、響いた。それと同時、前方に突き出したカリィさんの左手が石化し、そして大悪魔の放った魔力波が見えない力にかき消される――その間に“疾風の”ペネロペさんはスライディングで地面を駆け抜け、大悪魔の目の前に到達していた。
そして矢の束をまとめて弓に番える。ばちばちと火花を放つ爆破矢の束を――
「最期だ。貴様とオレのな」
皮肉げな言葉。
きゅご!
次の瞬間には大爆発――ペネロペさんは紅蓮の爆光に消えた。
「ペネロペさああああああああああああん!」
どうしようもない悲しみが心の奥底から迸る。全力で叫んだけど、この感情を表現するにはまったく足りない――炎に包まれた女悪魔も叫ぶ。
「このままではやられてしまいそうだわー! なんかすっごい感じの一撃とか喰らったら滅びてしまうかもー!」
「……」
それはわざとらしいというか、どこまでもおちょくったような悲鳴だった。
一流の役者が三流の茶番劇を演じているような――僕は仲間を失った悲しみをとりあえず宝箱にしまい、まぶたに湛えていた涙を手の甲で強く拭った。
既に答えは出ていたけど、ぐらぐらと煮えたぎった理性を鎮めるために改めて思考を働かせることにした。
(聞いたことがある声だとは思ってたけど……そういえば話し方とか、相手をおちょくった態度とかそっくりだし!)
そもそも女神から授かった奇蹟を封じるなんて不可能だ。
ゲス女神本人以外には――全身がわなわなと震え始めた。感情も抑えきれそうにない。頭がフットーしちゃうってやつだ。僕の場合は怒りでだけど!
「ちょっとそこのゲス女神――!」
「あ、待って! ストップ!」
視界すら怒りに歪めて叫んだ時、大悪魔は――炎に巻かれたまま――静かにのジェスチャーを向けてきた。大当たりだ。彼女はこの大地の創造主テラリディア。ことドドドゲス女神!
ぽん☆
「ぐっ!?」
「きゃあ!?」
ふざけた衝撃波に吹っ飛ばされたのはペネロペさんだ。彼は背中からカリィさんにどっすんした。
大爆発の中心にいたはずだけど、大した怪我を負った様子もない――ドドドゲス女神が守ったんだろう。さすがにおふざけで人死にはNGらしい。ドは2つ減らしてドゲス女神にしておこう。
そんな彼女のNGの境界線が具体的にどこからかはわからないけど、大悪魔に扮してみんなを痛めつけるなんて、それは僕の境界線のぶっちぎりで外側にある!
「こ・の・ゲス美ちゃんめええええええええええええええええええええええええええええ!」
「あら!? なんかちょっと本気で怒ってる感じ!? ていうか、ゲス美って新しい言葉ね――じゃなくて、ちょっと、ケーキでも食べながら話を――」
「これでも食らええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「ええええええええええええええええええ!?」
僕はゲージ10本分の怒りを炎上させて大悪魔に真正面から突っ込んだ。
(バレた以上は迎撃するわけにもいかないはずだ!)
遊びは終わり。案の定、大悪魔は両手を前に突き出してわたわたとし始めた。
僕はそんなことには構わず――いや、だからこそ全力で跳んだ。それはそれは高く――そして。
ごちん!
落下速度と両手での振り下ろし、さらに怒りを込めた必殺の戦杖が大悪魔の頭頂部を的確かつ強力に捉えた。
僕としては滅び去ってもらって構わなかったけど――残念ながらそこまでには至らず、彼女は頬を真っ赤にして抗議してきた。
「私が誰かを見抜いた上でこの威力!? もしかして蛙転生に興味がある感じ!?」
「見抜いたからこそですよ! 境界線をもっとこっち側に寄せてください!」
僕はそんなものには取り合わずに戦杖を振り上げ、再び振り下ろす――
ぱし!
それはあっさりと受け止められてしまった。
100発殴りつけてもこの感情は収まりそうもない――僕は戦杖を振り下ろしたままの体勢で奥歯を軋らせ、至近距離で彼女を睨みつけた。
大悪魔の顔に戸惑いが浮かぶ。
「…………そ、そんなに怒らなくたっていいんじゃないかしら?」
「怒らなくて済む理由が地平線の彼方まで探しても見つからないんですけど!?」
僕は割とすごい顔をしているらしく、大悪魔の頬に冷や汗が伝う。ばつが悪くなったのか、境界線を書き換えたのか――彼女は小さく舌を出し、てへ♡ な表情でごまかし始める。
「ちょっとやりすぎちゃったかも♡」
「これだけのことをしておいてハートマークでごまかせるとでも?」
「癒希ったらもう♡ 怒っちゃいや♡」
「……」
ゲス女神のゲスっぷりは知っていたつもりだったけど、まさかここまでとは思っていなかった。
彼女の心は僕が思っていた以上に底知れない。奈落の255倍は深いと認識を改めた。それはさておき。
「……」
ペネロペさんとカリィさんの方を見やれば、起き上がる途中の体勢のまま静止している。舞い上がった埃や土煙すら――時間が止められたらしい。特に驚きはしないけど。
(ドゲス女神はこの大地を作った本人なんだから)
時間の停止や巻き戻し、それどころかスロー再生やスキップまでお手のものに違いない。
「で、女神直々に嫌がらせですか?」
頬を膨らませて顔を向けると、大悪魔よりも悪魔なドゲス女神はいつの間にか本来の姿に戻っていた。
豪奢な金髪と魅惑的な身体。絹に似た布でつくられたひらひらな服――法衣と呼ぶべきなんだろう――を着ている。これほど法衣が似合わない存在も思いつかない。
(……ていうか背中の厄年はドゲス女神のせいだった)
彼女がその気になれば、厄年は毎年やってくるだろう。
「嫌がらせだなんて言わないで♡ ペネちゃんを守ってあげたし?」
反省はしているらしく、彼女は猫撫で声でうふん♡ なポーズをとった。輝くほど美しく、扇情的だ。けど。
「そこスキップで」
「がーん! じゃあ、説明してあ・げ・る♡」
「さぞかし抱腹絶倒させてくれるんでしょうね?」
僕はドゲス女神に壮絶なまでの半眼を向けた。
お疲れさまでした。
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