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2023年3月26日加筆修正しました。



 リーシャが魔力制御のための特別カリキュラムを終え、剣術の訓練を受けているマティアスを中庭のいつものベンチで待っていると、フィリックスが校舎の方から歩いてきた。


 週に3回あるカリキュラムのうち、フィリックスとアランがサポートに入るのは、マティアスが一緒に受ける日のみの週1回のみ。残りの2回、フィリックスはリーシャ達のカリキュラムが終わった後にザイツに特別訓練を受けているのだ。


 この日、中庭でリーシャがマティアスを待っていることを知っているフィリックスは、授業の終了と同時に中庭へと急ぐ。本当は駆けて行きたいのだが、そうしてしまうと目立つため、悠然と歩いて見えるような最大限の歩幅と速度で、リーシャのもとへ向かうのだ。


 リーシャが、貴族の中でも重きを置かれているペイレール辺境伯家の娘で、同じ学園に在籍する姉エミリアは治癒魔法の使い手として、兄ルーカスも精度の高い魔術の使い手として有名なふたりだ。それに、マティアスがいつも隣でリーシャを守っているから、リーシャに嫌がらせをしようとする令嬢たちはいないと思いたい。


 しかし、フィリックスが令嬢たちに人気であることはフィリックス自身が望んでいなくても間違いないことで、本人も自覚している。

 そのため、どこぞの誰かがリーシャを害する可能性がゼロでない以上、フィリックスの気持ちを悟られるわけにはいかない。今はまだ、魔術制御のための特別カリキュラムをサポートする先輩と後輩という立場でいることがリーシャのためだとフィリックスは思っていた。


「フィリックス先輩!」


 フィリックスを捉えて、リーシャが嬉しそうに名前を呼ぶのを聞いて、フィリックスは穏やかに微笑みかけた。


「リーシャ嬢。お礼の手紙、受け取ったよ。ありがとう。」

「いえ、こちらこそ。お手紙だけでなく、素敵なプレゼントまでいただき、ありがとうございました。」

「気に入ってくれたら嬉しいよ。」


 私はとても嬉しかったのですが……と前置きしてリーシャは、マティアスとのことを話し出した。


「――――というわけなんです。」


 リーシャからの話を聞きながら、フィリックスの頭の中にはある思い付きが浮かんでいた。


「なるほどね。じゃあ、僕も一緒に選びに行こう。」

「えっ?」

「だって、マティアスは、リーシャ嬢だけ僕からプレゼントをもらったから、拗ねてしまったのだろう。」

「そうですね。私だけで選ぶよりも、フィリックス先輩も一緒に選んでくだされば、マティも喜ぶかもしれません。」


(きっと、マティアスが拗ねたのは、自分が知らないうちに僕がリーシャにプレゼントを送っていたからだろうけれど……。)


 リーシャが勘違いしていることに気づきつつも、フィリックスはもう一歩リーシャとの距離を縮めるために、良心に蓋をすることにした。

 リーシャと手紙をやり取りするというフィリックスの行動を、アランが涙をにじませて喜んでくれたことで(本人は涙がにじんだなんて認めてはいなかったが)、フィリックスの心に少しずつ変化が起こり始めていた。 


(でも、リーシャ嬢を僕が迎えに行ってふたりで出かければ、それをよく思わない令嬢たちがリーシャ嬢を害してしまうかもしれない。それに、マティアスだって黙って出かけさせたりはしないだろう。対策は立てておかないとな……。)


「それじゃあ、マティアスを驚かせるために、リーシャ嬢――――――。」


 フィリックスが提案すると、リーシャは目を輝かせた。


「フィリックス先輩、さすがです。そうすれば、マティに気づかれないで喜ばせることができますわ!」


 フィリックスはリーシャの嬉しそうな顔を見ながら、再び良心に蓋をして、次の休日に一緒に出かける約束を取り付けたのだった。




***




「姉上、リーシャがどこにいるか知りませんか?」


 エミリアは、部屋を訪ねてきたマティアスを見て、わずかに片眉を上げた。


「あら、マティへのプレゼントを選びに行くといって出かけたわよ。」

「ああ、今日でしたか。でも、てっきり姉上と一緒に行くと思っていたのですが、ひとりで行ったのですか?」


 心配そうに眉を寄せるマティアスを見て、エミリアはしばしの間、思案する。


(リーシャはわざとマティに誰と行くかは言わなかったのかしら?いえ、リーシャに限ってそれはないわ。間違いなく内緒で行ったのね。

 ……とはいえ、誰と一緒に行ったか知れば、マティは追いかけかねないわね。)


 マティアスのリーシャに対する思いは、もちろんエミリアも知るところだ。しかし、先日偶然会ったフィリックスの態度を思い返せば……。


(フィリックス様の思い人はリーシャだったってことで間違いないわ。それに……。)


 フィリックスが祖国を逃れ、この国(ローリア王国)に来たのは、エミリアが9歳時だった。数日とはいえペイレール辺境伯領の屋敷で過ごした(フィリックス)のことは、しっかりと記憶に残っている。それに。誰に聞いたわけでもないが、エミリアはフィリックスの事情にもある程度気づいてしまうくらいの聡さを、既に持ち合わせていたのだ。


 エミリアはマティアスに心の中で「ごめんね」と頭を下げて、知らないふりをすることに決めた。


「リーシャの侍女が一緒に付いて行っているわ。もちろん護衛も付けているわよ。

 私は、この後オリビエ様がいらっしゃる予定だから、一緒に行けなかったの。

 そうそう、街で評判になっているパティスリーでお菓子を買ってきてほしいとお願いしたから、リーシャが帰ってきたらマティも一緒にいただきましょうね。」

「そうですか。侍女と護衛も一緒に。」


 マティアスの納得したような表情を見て、エミリアは再び心の中で謝罪する。

 エミリアの婚約者であるソルベルグ公爵家のオリビエが来るのは本当だし、リーシャが侍女と出かけたのも、護衛が付いているのも、評判のパティスリーにリーシャが行くのも本当のことだ。

 しかし。


(ごめんね、マティ。その評判のパティスリーで偶然フィリックス様と会って……ってことになっているのよ。)


 もちろん、エミリアにとって(マティアス)は可愛い。でも、(リーシャ)も同じくらい可愛いのだ。

 リーシャがマティアスを選ぶのなら、諸手をあげて歓迎する。

 でも、リーシャがマティアスを選ぶのか、フィリックスを選ぶのか……、はたまた別の誰かを選ぶのか、今はわからない。

 それに、偶然街で出会ったフィリックスに対する様子や、今日出かける前のリーシャを思い出せば……。


(フィリックス様のこと、どちらかと言えば……。)


 多少……いや、かなりフィリックスの方の思いが強かったように思えたため、先日会った際には、姉として一応の牽制はしている。


 エミリアは、今日嬉しそうに出かけて行ったリーシャの様子を思い返した。


「お姉さま、今日は偶然(・・)フィリックス先輩にお会いするのよ。そういうミッションなの!

 でも、わたし上手くできるかしら……。フィリックス先輩には思う人がいらっしゃるのだもの。マティのためとはいえ、その方に誤解を与えてしまってはいけないの。

 あくまで、わたしとフィリックス先輩は偶然(・・)会って、たまたま(・・・・)フィリックス先輩が同じ店に用事があって一緒に行くだけなの……。」


 張り切ってフィリックスとのことをエミリアに話し始めたリーシャだったが、次第に声が小さくなっていったのは、きっと不安だけではないだろうとエミリアは思っていた。


(まだ、リーシャは自分の気持ちに気づいていないみたいだけれど。)


 でも、そんな様子がリーシャらしくて可愛いと思えてしまい、結局エミリアは何も言わないまま妹を送り出した。


(まだ、リーシャは色恋の『い』すらわかっていないみたいだから、フィリックス様も先が長そうだけれど……。)


 エミリアは、マティアスが出て行った扉を見つめる。そして、小さく「ごめんね」とつぶやいたのだった。


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