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 マティアスとエミリアが話をしていた頃、フィリックスはパティスリーに併設されているカフェに居た。今日ここでフィリックスは偶然(・・)リーシャと会い、一緒にお茶を飲み、マティアスへのプレゼントを相談されて一緒に買い物に行くことになっている。

 あくまでも偶然(・・)なのだ。


 今日、偶然を装うひとつ目の理由は、魔力制御のための特別カリキュラムでフィリックスとリーシャは距離が近くなっていることに気づいた令嬢たちが、リーシャのことを牽制しようとしていることを耳にしたからだった。もちろん、そのことはリーシャの姉のエミリア、兄のルーカスの耳にも当然入っているため、リーシャが嫌な目に合うことはないとは思う。しかし、用心するに越したことはないとフィリックスは思っていたのだ。

 当然のことだが、ここでリーシャと一緒に出かけることを諦めようと思う気持ちは、フィリックスに欠片もない。


 もうひとつの理由は、マティアスの存在だった。フィリックスがリーシャを迎えに行けば、ふたりで出かけることがマティアスに知られてしまうことになる。リーシャとフィリックスがふたりで出かけることをマティアスは許さないだろう。

 マティアスのリーシャへの思いを抜きにすれば、フィリックスはマティアスのことを気に入っているのだ。今はまだリーシャを巡ってマティアスと争いたくなかった。


 今はまだフィリックスとリーシャの関係は、魔力制御のための特別カリキュラムを通して知り合った先輩と後輩でしかない。父クライバー侯爵に頼めばペイレール辺境伯家へ、リーシャとの婚約を打診してくれるかもしれない。しかし、王族の血をひき、風龍の加護があるペイレール辺境伯家とは、ほぼ同等の立場。リーシャを心から愛しんでいるあの家族は、リーシャの意に添わぬことは絶対にしないだろう。

 フィリックスはリーシャから嫌われてはいないだろうと思うが、今はまだ婚約をしてもらえるほど好かれているという自信もなかった。


 それに……とフィリックスは思うのだ。あの日の記憶が戻ったわけではないのだ。この国で生きて行こうという思いが芽生えはじめているのは事実だし、助けてくれたこの国の人たちへ恩を返したいとも思う。しかし、すべての記憶が戻った時に、それでも自分がこの国で生きていこうと思えるのか。その自信もまだなかった。

 そんな自分の将来さえ決めかねている人間が、リーシャの人生に責任を持つことなどできるはずがない。


(それでも、リーシャの傍にいたいと願うのは、僕の身勝手な思いなのだろうな……。)




 そうゆう理由で、フィリックスは外で待ち合わせすることをリーシャに提案したのだったが……。


「もちろんですわ。フィリックス様の心に決めた方に誤解されてはいけませんもの!」


 ここは大事なところ!とばかりに力強く返事をしたリーシャを見て、周りに誤解されないようにと気を使ってはいたものの、全く自分を意識されていないことに少しばかり落ち込んだフィリックスなのだった。


 フィリックスがさりげなく入口へ視線を向けること数回。ようやく、リーシャが店へと入ってきた。

 フィリックスはそれに気づいて、さも驚いたかのような表情をして席を立つ。


「リーシャ嬢。」

「まあ、フィリックスせんぱい。こんなところで、おあい、するなんて、ぐうぜん(・・・・)、ですわ。」


 リーシャの渾身の演技に、フィリックスは演技を忘れ驚いて目を見開いた。

 慌てて、リーシャに付き添っていた侍女がフォローする。


「お嬢様、お知り合いの方ですか?」

「ええ。学園のカリキュラムでお世話になっているクライバー侯爵家のフィリックス様よ。」

「さようでございましたか。」


 緊張していたリーシャの言葉が、侍女との会話でようやくいつもの話し方に戻ったようだ。フィリックスは今度は吹き出しそうになるのを堪えて、真面目な顔でリーシャに問いかけた。


「リーシャ嬢はこちらのカフェでどなたかとお約束が?」

「いえ。わたくし、お姉さまからこちらのお菓子を頼まれましたの。」

「そうでしたか。エミリア様はこちらお店のお菓子がお好きなのですね。リーシャ嬢もこちらのお菓子はお好きですか?」

「いえ、わたくしは口にしたことがありませんの。」

「そうですか。私は妹が好きでよく購入しに来るのですが、とても美味しいですよ。もしお時間が許せば、今から一緒にお茶でもいかがですか?」


 リーシャは少し迷うかのように侍女の方を見た。一生懸命に演技する様子にフィリックスの顔が思わずほころぶ。


「お嬢様、せっかくのお誘いですから、ご一緒されてはいかがですか。わたくしは持ち帰りのお菓子を頼んで、あちらの席におりますので。」


 侍女は心得ているとばかりにフィリックスに会釈をして、その場を離れる。少し離れた席で待つようだ。


「それでは、ありがたくご一緒させていただきますわ。」

「では、リーシャ嬢。」


 フィリックスがリーシャをエスコートする。

 はじめて家族以外の人にエスコトートされて、リーシャの頬がほんのりと染まる。そんなリーシャの様子が可愛らしすぎて、フィリックスは崩れそうになる表情を引き締め、落ち着いた(社交用の)笑顔を浮かべた。


(そう。僕たちは、今日偶然(・・)会ったんだ。魔術制御のための特別カリキュラムに関わる先輩と後輩として……。)


 もちろん、リーシャはフィリックスとの関係をそうだとしか思っていない。

 それでも―――無理やり一緒に出かけるきっかけを作ってしまったことに、フィリックスは後悔していない。


(リーシャが可愛らしい顔を僕に向けてくれる……今はそれで十分だ。

いや、十分すぎるほどだ。こんな時間が過ごせるなんて……こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。)


 この日、フィリックスはこの国に来てはじめて、心から幸せだと思う時間を過ごしたのだった。

 

 これまで、フィリックスはこの国の人と接するたびに、自分に手を差し伸べてくれた人たちに感謝の念を忘れることはなかった。それはすなわち、フィリックスが常に祖国を追われたという事実を忘れることができなかったということでもあった。

 常に自分の無力さと向き合い、罪悪感に苛まれ続けていたフィリックスにとって、心穏やかな時間を過ごすということは考えられないことだった。


 しかし、今日リーシャと過ごしたフィリックスは、只々この幸せな時間に浸っていた。

 リーシャが笑っている。祖国でリーシャと過ごした時は、リーシャの笑顔はほとんど見ることができなかった。しかし、今リーシャが幸せそうに微笑んでいるのだ。フィリックスに向けて。


(この笑顔を、僕は隣で見ていたい。)


 この国に来て、フィリックスがはじめて抱いた、幸せな希望(未来)だった。


第3章終わりました。

まだまだ続くのですが、大変申し訳ないことに本業が多忙を極めているため、次回投稿まで少し間を開けさせていただきます。


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