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2023年3月26日加筆修正しました。


「フィル、どうしたんだ? おかしな顔になってるぞ。」


 フィリックスの部屋のドアを開けたアランが、あきれた声を上げた。


「おかしな顔とは失礼な。それに、ノックと同時に入るな!」


 フィリックスは、慌てて手に持っていたものを机の中に隠そうとした。その顔は真っ赤だ。


「いや、本当だから。って、何隠してんだ?」


 フィリックスが焦って机の引き出しを開けようとガタガタさせているうちに、アランが傍まで寄ってきて、フィリックスの手にあるものを覗き込む。


「えっ?リーシャ嬢から?なんで?えっ?…ちょっ!フィル、どういうこと!?」

「あーもう!なんでこんなに早くアランに知られるんだ……。」

「えっ?本当にリーシャ嬢から?」

「……ああ。」


 フィリックスは頭を抱えながらも、仕方ないと観念したように頷いた。


「フィルが珍しく自分でインクを買いに行ったら、その店にたまたまリーシャ嬢がエミリア様と一緒に来てたって?何、その偶然。

 それで?リーシャも新しくインクを調色してもらうつもりで、店に来ていた、と。

 で、フィルのインクの色を気にしてたから?それで、手紙をって?

 フィル、そんなことリーシャ嬢に言ったの?しかも、エミリア様がいるってのに?

 え?エミリア様は手紙について何も言わなかった?なんだよ、それ。認めてもらったの?

 で、なんで俺は今まで内緒にされてたの?

 フィル、あんまりだろ―――!!」


 アランの相槌に、だんだんフィリックスは耳まで赤くなり、声が小さくなっていく。しかし、フィリックスを責めつつも、アランの顔は緩みっぱなしだった。

 なにせ、アランがこんなフィリックスを見るのは、ここローリエ王国に来てからはじめてなのだ。


「ごめん……アラン。」


 間違いなく照れもあるだろうが、フィリックスの顔にはアランに黙っていたという罪悪感だけというには重すぎる表情が浮かんでいた。フィリックスのことだ。おそらく、リーシャから手紙をもらい幸せだと感じていることについても、アランに謝罪しているのだろう。


(まったく……。フィルはどこまで……。)


 ローリエ王国に来てからのフィリックスは、痛々しいほどに自分を責めて追い込んでいた。アランが何度「幸せになっていいのだ」と話しても、フィリックスはそうなることが罪であるかのように。わき目も振らず、ただひたすら自分を高めることにのみ力を注いでいたのだ。


 それに。レザンツ王国から逃げてきた日のことを聞いたフィリックスが、今までに増して暗い表情を見せて思い悩んでいる姿を見ていたのだ。また色々と考えすぎて自分を追い込んでいるに違いないフィリックスの心を、何とか軽くすることはできないかとアランは考えていたところだった。

 それが、ようやく最近になって穏やかな表情を見せるようになっていたので、アランはようやくフィリックスが気持ちの整理をつけることができたのかと密かに安堵していたのだが……。


 まさか、フィリックスがリーシャに対して一歩も二歩も踏み込むような行動をするとは思ってもいなかった。嬉しい誤算だ。

 アランの目にじんわりと熱いものが広がるが、そこは零れないように堪える。笑顔は自然にあふれ出た。


「何謝ってるんだよ。リーシャ嬢から返事がきてよかったなー、フィル!」

「ああ……。ありがとう。」


 色恋沙汰なんて心に入る隙すら作らず、一番遠いところに置いていたフィリックスだ。ようやく訪れたフィリックスの幸せの欠片。大切にしてやりたいと、アランは心から思ったのだった。




***




 一方、シュミット侯爵家の別邸では―――。


「で、リーシャ。これが一緒に送られてきたから、返事を書いたの?」

「……ええ。ねえ、マティ。もういいでしょう。返してちょうだい。」


 マティアスがリーシャの私室で、硝子ペンを手に詰め寄っていた。リーシャをお茶に誘いに来たマティアスは、面白くなさそうな顔をして、硝子ペンを眺め続けている。


「なんで会うかなぁ……。」

「え?」

「いや、何でもない。ほら。」


 小さくつぶやいたマティアスの声はリーシャには聞き取れなかったようだ。手に持っていたガラスペンをそっけなくリーシャに返す。


「あ!もう、マティったら。せっかくフィリックス先輩が下さったのに。」


 あわてて、マティウスからガラスペンを受け取り、そっと箱にしまうリーシャを見て、マティアスは大きくため息をついた。


「はあーっ……。フィリックス先輩、ね。」

「どうしたの、マティ? マティもフィリックス先輩と会いたかった?」

「えっ? い、いや……」

「あ! 私だけ、フィリックス先輩に偶然会って、お手紙いただいたから拗ねているのね。」

「あ……うん。まぁ、それは……。」

「そうよね。マティだって尊敬するフィリックス先輩と会いたかったよね。それに、私だけお手紙やプレゼントいただいて、ずるいよね。ごめんね、マティ。」

「いや、そうじゃなくて……。」


 マティアスの気持ちには全く気づかないリーシャはどこまでも純粋だった。マティアスの嫉妬という毒気さえ無害化してしまうリーシャにとって、色恋の話はまだまだ遠い世界なのだろう。

 

 しかし……と、マティアスには気になることがあった。王宮でのお茶会以降、リーシャとフィリックスの距離が近づいてきているように思えるのだ。

 確かに、あのお茶会以降、フィリックスやアランとマティアスたち1年生の4名は親しく話すようにはなったのだ。マティアスだってフィリックスの魔術を目の前で見る機会を得て、その桁違いな技に憧れているし、フィリックスもマティアスに丁寧に教えてくれていることには感謝している。

 フィリックスとリーシャだって、今は同じカリキュラムを受けた先輩と後輩の関係を逸脱しているわけではないのだけれど……。今回だって、偶然会ったに過ぎないのだけれど……。


「うーん……、どうしたらいいかしら……。

 フィリックス先輩にマティへのお手紙やプレゼントをお願いするわけにはいかないし……。」


 胸の内にモヤモヤしたものを抱えながら、リーシャの明後日の方向の解釈をどう訂正すべきかと思っていたマティアスだったが、リーシャのひと言に目を輝かせた。


「そうだわ! マティの硝子ペンを私が選んでプレゼントするのはどう?」

「え? それいい! リーシャが選んでくれた硝子ペンほしい!」


 決して災いの気配が転じたわけではないが、リーシャの提案はマティを満足させるものだった。


「よかった! じゃあ、私がマティのを選ぶわ。一緒に行って、マティも見てみる? それとも、包みを開ける楽しみがある方がいい?」

「うーん、そうだね……。一緒に行きたい気持ちもあるけど、せっかくリーシャが僕のために選んでくれるんだから、ドキドキしながら開ける方にしようかな。」

「わかったわ。じゃあ、マティは楽しみに待っていてね。」

「うん。」


 マティアスはリーシャから可愛い笑顔を向けられて、少しだけ気分が上向いた。フィリックスからリーシャに送られてきた手紙とプレゼントはおもしろくないが、おかげでマティアスはリーシャからプレゼントがもらえることになったのだから、今回はこれで良しとすることにしたのだが……。


 後日、マティアスはその思いを後悔することになったのだった。




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