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2023年3月26日加筆修正しました。


『フィル、俺たちは生き抜いて幸せにならなければならないんだ。』


 アランの言葉がフィリックスの頭の中を反芻(はんすう)している。


 これまで何度もアランから言われてきた言葉だった。しかしフィリックスは自分を責め続け、自分だけが幸せになるわけにはいかないと聞き流していた。王太子だったというのに、自分が国と民を見捨ててしまったこと、この国で生きていることが許せなかったのだ。


 ―――なぜ自分が生きながらえているのか。

 ―――自分なんかが生きていていいのか。

 ―――自分に何ができるというのか。


 そんなことを考えて続けていると、心が潰れてしまいそうだった。


 風の噂でレザンツ王国(あの国)のことを耳にする度に、フィリックスは自分の無力さを思い知らされた。あの時、自分にもっと力があれば―――現実を考えれば、たった7歳の子どもにできることなんてないとわかっていても、それでも後悔し続けた。

 だから、ローリエ王国(この国)で知識を得、剣の腕を磨き、魔術を習得することに全力を尽くしてきたのだが……。


(何のために?)


 フィリックスは、何をするために力をつけてきたのだろうかと自分に問いかける。


(国を取り戻したいのか?)


 再び、王位を奪えば、あの国が混乱に陥るのではないか。果たしてそれは民のためになるのだろうか。それに……とフィリックスは考える。


 この国に逃れてきたのは、フィリックスとアラン、オスカー、そして影のたった4人。

 オスカーは、現在東の隣国イルシア皇国にいる。そして、フィリックスを運んできてくれたという影は……。ペイレール辺境伯領に無事に到着した後、そのままレザンツ王国へと戻って行った。それ以来、会っておらず、消息は不明のままだった。

 唯一フィリックスのそばにいるのがアランだが、これ以上アランを巻き込んでしまうことには躊躇いがあった。アランの父は王家が殺したようなものだ。それに、アランには母親と妹がいたはずだが、最後まで国王側についていた家の家族が生き延びているとは思えない。


 最も、今のレザンツ王国は自国のことだけで精一杯で、国が中心となり他国との交易をする余裕はない。商人が個人的なつながりで他国と交易しているだけなので、情報もなかなか入っては来ない。それでも、今日(こんにち)までアランの家族の消息は聞こえてこないのだ。フィリックスは、アランにこそ『生き抜いて幸せになってほしい』そう思っていた。


(この国で生きていく?)


 祖国のことは忘れられるわけがない。あの幸せだった時はもう取り戻せないとわかっていても、フィリックスはそれを取り戻したくてしがみつきたくなる。

 それでも、フィリックスは祖国で過ごしたのと同じ年数、この国で守られ、多くのことを学び今日まで生き抜いてきた。この国の王家、風龍ヴィルフリート、ペイレール辺境伯、そしてフィリックスを養子に迎えてくれたクライバー侯爵家、たくさんの人々が国を逃れてきたフィリックスに手を差し伸べてくれた。


(僕を生かしてくれたのは、この国の人たちだ。)


 そう考えると、祖国のことにとらわれている自分は、なんと自己中心的なのかとすら思えてくる。結局は自分の諦めきれない思いを引きずっていただけなのではないかと。


(なさけないな……。)


 これまで何度アランから言われようと、頑なに拒んできた―――いや、今でも自身の幸せだけを考えることはできないが、リーシャと再び出会ったフィリックスの心に、少しずつ変化の兆しが見え始めていることも確かだった。


(この国にも、大切にしたい人たちがたくさんいる。)


 改めて、フィリックスはこの国に来て出会った人たちを思い出していた。

 この時、過去をたどるフィリックスの表情が、険しいものから穏やかなものへと変化していたことにフィリックスは気づいていなかった。



***



「フィリックス先輩?」


 フィリックスの目の前にリーシャが立っていた。


「え?あ……リーシャ嬢?」


 突然目の前に現れたリーシャに、フィリックスも驚きを隠せない。

 そういえば……とフィリックスは我に返った。気に入って使っているインクが切れそうになっていたので、ここに買いに来ていたのだった。


 手紙を書く際に使っているインクは、この店で調色してもらっているフィリックスのオリジナルの色合いだった。最初に調色する際は、予約して時間をかけて色合いを調整するのだが、それ以降は、頼めば学園の寮まで届けてくれる。

 このところ、アランの言葉を引きずりひとり悶々と考え込んでいたフィリックスだったが、ようやく自分の歩むべき道が見えたような気がして、いつになく穏やかな気持ちが広がっていた。そのせいか、フィリックスは自ら店へと出向こうという気持ちになり、ひとりで店を訪れていたのだった。そして、店員がインクを調色している間に、この国の美しいガラス工芸品のひとつであるガラスペン―――うすみどり色に金のきらめきを閉じ込めてあるペンに見とれていたのだった。


「フィリックス先輩をお見かけしたので、つい声をおかけしたのですが……おじゃましてしまい申し訳ありません。」

「いや、気にしないで。声をかけてくれて嬉しかったよ。」


 しゅんと眉尻下げるリーシャに、フィリックスは慌てた。今、自分が何を思い出しながら美しいガラスペンを見ていたかなんて、とても話せるわけがない。

 それに、リーシャの方から声をかけてくれるだなんて。フィリックスの顔に自然に笑みがこぼれる。


「そう言ってくださって嬉しいです。……思い切って声をかけてみてよかった。」


 リーシャがほっとしたように、ふんわりと笑う。


 王宮でのお茶会以降、フィリックスはリーシャと順調に距離を縮める努力をしていた。

 アランから、リーシャの父グレン侯爵が『再びリーシャと会うことがあれば、気にかけてもらえると嬉しい』とフィリックスに言ったことを叶えなければならない。それに、ザイツからもリーシャに近づくように言われている。

 もちろん、それ以上にフィリックス自身の思いがあるからなのだが、今のフィリックスには、まだリーシャに近づくための言い訳が必要だった。


 魔術制御のための特別カリキュラムのサポートを務めるのは、週に3回あるうちの1回だけ。しかし、それ以外の2回も、フィリックスは授業が終わると急いでザイツの特別訓練へと向かい、カリキュラムを終えたリーシャ達と顔を合わせて話をするようにした。

 そのおかげか、校内で会った時なども言葉を交わすようになり、時にはローゼリア王女やマティアス、シモンなども一緒に昼食を取るようにまでなった。


 フィリックスの地道な積み重ねが、今日リーシャの方から声をかけてくれたことへと繋がったのだろう。


「休日にリーシャ嬢に会えるなんてね。声かけてもらってよかった。ありがとう。

 ところで、リーシャ嬢は何を買いに?」

「わたくし、今日はじめてオリジナルインクを調色してもらうのです。姉もこのお店でオリジナルの調色していただいていて、とてもお薦めだと言うものですから。」


 そう言ってリーシャはチラリと隣に目を向けた。フィリックスはリーシャしか目に入っていなかったため気づいてなかったのだが、リーシャの隣にはエミリアが立っていて、ふたりのやりとりを見ていたのだった。


「フィリックス様、ごきげんよう。」


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