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天井付近にある灯とりの窓から差し込む柔らかな光。それでも、その部屋の中は薄暗く、幾重にも重ねられた結界の中とはいえ、そこにいる少年と少女は心細さを感じていた。
「おとうさま……、おかあさま……。」
泣くこともできないほどの不安を抱えふるえる少女。
この少女の身も心も自分が守りたいと、少年は自らの不安を心の奥底に閉じ込めて、少女を優しく抱き寄せた。
「かえってくる?」
「うん、きっと帰ってくるよ。」
「ここ、だいじょうぶ?」
「ここは誰にも見つからないから、心配はいらない。」
「ほんとに?」
「僕が守るから大丈夫。ほら、僕の目を見てごらん。嘘をついていない目だろう?」
少女は顔を上げて少年を見上げる。ペリドット色の瞳が少年の瞳をとらえた。
「おほしさまみたい……。」
金色をまとう瑠璃の瞳に見とれた少女の表情が、少しだけ緩む。
「お星さま?……ああ、僕の瞳のこと?ふふ、お星さまか……いいね。」
「うん。おほしさま、きれい。すき。」
「好き?」
「うん。」
「…………」
「…………」
「……」
「……」
はち切れそうな不安の中で、お互いの心が通じ合っていたと感じていた。
君のことは僕が守る。
ずっと、ずっと、傍にいたい――――。
うっすらと覚醒していく意識。
夢の中で、幼いリーシャがフィリックスの瞳を見て、昨日と同じように「おほしさまみたい」だと言っていた。
(やはり、リーシャとはあの日に会っていたんだ……。)
夢で見た出来事だというのに、フィリックスには実際にあったことだという確信があった。そして、自分自身が覚えていないのならば、記憶のないあの日の出来事に違いない、と。
これまで、アランはあの日のことを頑なに話そうとしなかった。しかし、今日は何としてもアランを説き伏せて、あの日の話を聞き出さなければならないとフィリックスは心を決めた。
ちょうど、外交官であるフィリックスの育ての両親から「隣国から戻ってきたから顔を見せに帰っておいで」と連絡をもらっていたことを思い出し、アランを連れて王都にあるクライバー侯爵邸へと向かうことにしたのだった。
♪*♪*♪
「わかってるよ、フィル。近頃のフィルの様子を見ていたから、オレの知っていることは話さなきゃいけないと思ってた」
クライバー侯爵家の庭園に設けられているガゼボで、あの日起こったことをフィリックスがアランに問うと、アランは既に心を決めていたのだろう。拒むことなく、話し始めた。
ちなみに、ようやくふたりが話し始めたのは侯爵邸に着いてから、小1時間ほど経った後のこと。
クライバー侯爵邸に到着すると、先日まで義父と一緒に東の隣国、イルシア皇国に行っていた義母と義妹が、嬉しそうに玄関で待ち構えていたのだ。
「お兄さまとアランは、いつだって一緒じゃない。私だってお話ししたいの!」
アランと話をするたね、ふたりの傍を離れようとするフィリックスに、涙を必死にこらえながら見上げて可愛らしい我が儘を言うリリー。義理の関係とはいえ、両親との関係も良好で、自分に懐いている義妹を振り切ることはフィリックスにとって難しかった。
しばらく一緒に過ごした後、尚もしぶるリリーに、お茶の時間を一緒に過ごした後に遊ぶことを約束すると、ようやく納得してもらえたのだった。
クライバー侯爵邸の中庭にあるガゼボの周りは開けていて、背の高い木々や建物もなく見渡せるようになっている。人が近づいてくればすぐに気づくことができるのだが、念のためアランと向かい合って座ることで、お互いの背後に気を配るとともに、フィリックスが防音の結界を張ったところで、アランが話しはじめたのだった。
「あの日、俺は王の影の手で密かに王宮へと連れてこられたんだ。クーデターが収まらず、いよいよ王宮も危なくなったから、王妃や王子、王女を逃がすのだと聞いてね。
既に王妃と王女、そしてサミュエル第2王子は二手に分かれて別々の国に向かっていて、俺は最後まで王と共に王宮に残っているフィルと一緒に逃げてほしいと言われたんだ。
秘密の通路を通り抜けて、連れていかれた隠し部屋に、護衛とともにフィルとリーシャ嬢がいたよ。リーシャ嬢はフィルの膝に頭をのせて眠っていて……フィルはその頭を優しくなでていた。
俺が来たことに気づくと、フィルは『ようやく眠ったんだ。僕のこと覚えていてくれるかな』って悲しそうにつぶやいて、リーシャ嬢を愛おしそうに見つめてた。
しばらくすると、リーシャ嬢の父上であるグレン侯爵が夫人抱きかかえて、部屋に来たんだ。あどけない顔で眠るリーシャを見ると、グレン侯爵もホッとしたみたいで……強張っていた表情が緩んだのが俺にもわかった。
グレン侯爵は、フィルが一緒にいてくれたことへの感謝を口にした後、もし再びリーシャとフィルが会えることがあれば、リーシャ嬢を気にかけてもらえると嬉しいと言ってた。そして、自分たちが先に転移の魔法陣で発ってローリア王国へと向かい、風龍ヴィルフリート殿を通してローリア国王への助力を願うと。俺たちが転移の魔術陣で直接ローリア王国へと行けるように力を尽くすと言って、眠っているリーシャ嬢と夫人を一緒に抱きかかえて部屋を出て行かれたんだ。」
「そうか。やはりあの日、僕はリーシャと一緒にいたんだね……。」
夢で見たことは、実際にあったのだ。フィリックスは夢で見たリーシャの可愛らしい声を思い出して、しばしの間感慨にふけった。
(僕はリーシャの心を守れた……そう思ってもいいんだろうか。)
「ああ。フィルはあの日、間違いなくリーシャ嬢と一緒にいた。」
「夢で見たことは、本当にあった事だったんだな……。」
「夢?」
「今朝見たんだ。その夢の中で、リーシャは僕の瞳を見て『おほしさまみたい』だと言っていた。
昨日、王宮で会ったリーシャが、僕の瞳を見て、『お星さま』って言ったんだ。それに、懐かしい気持ちになるともね。きっと、リーシャの言葉がきっかけで、あの日の夢を見ることができたんだと思う。
今のリーシャには、レザンツ王国で過ごした記憶はないようだったけれど、心の奥底には僕のことが残っているのかもしれない。そうと思うと嬉しいと思ったんだ。」
フィリックスの表情が緩み、幸せそうな笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔は触れただけで崩れてしまうかのような儚さを持ち合わせていて、アランは切なくなった。
「いつか、リーシャ嬢がフィルのことも思い出すといいな。」
幸せそうなフィリックスの笑顔がこの先も見れることをアランは心の底から願っていた。
(フィルには幸せと希望が必要なんだ。真実を知るのならば絶対に。)
フィリックスはアランの言葉に頷き、期待するように顔をほころばせた後、その表情を引き締めた。
「そうだね。……それで、その後は?」




