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「りんき、ですか?」
「文字通り、龍が自らの鱗を結合させ新たな物質を作り出すものだと聞いている。」
「ということは、この指輪も?」
「ああ。フィリックスの生まれた地は過去に地龍が住み着いたことがあったと聞いている。その地龍がフィリックスのご先祖に渡したものに違いないだろう。琥珀に地龍の力を感じるということは、琥珀と自身の鱗を結合させた後に地龍の力を注いだものだろうね。」
はじめて聞く事がらに驚いてはいるものの、フィリックスにとっては、指輪がどういったものなのか、やっと腑に落ちたという感がある。
「なぜ、一般的に知られていないのですか?」
「まずは、その数が少ない。稀少なものだから所有していない国も多いし、たとえ所有していたとしても、どの国でも王家、またはそれに準じるところが所有している場合がほとんどだね。そして、神器と比べても、その力の差は歴然。さっきも、わたしの渾身の攻撃を、あっけないほど全て吸収してくれただろう?」
「渾身の攻撃だったのですね。どおりで――」
「あ、いや、フィリックスは大丈夫だと思ってやったよ。だって、指輪から感じる力は以前見た時と変わっていなかったしね。うん、訓練の一環だよ。わたしの特別訓練の、ね。」
一応の謝罪を述べているにも関わらず、愉しそうに言い訳をしているようにしか見えないザイツを、フィリックスは信じられないという目で見る。
「訓練前に、この指輪のことは話さなければいけなかったしね。ちょうど良いから――」
「ちょうど良いから、色々試してみたというのですか?指輪のことを話すにしても、あそこまでする必要はなかったですよね。」
「まあ、そうだね。」
フィリックスに責められるのすら楽しんでいるような笑顔のザイツを見ていると、怒るのも馬鹿らしくなっている。
そういえば――この人が王宮にいたあの頃も、新しい弟ができた!とザイツや王子たちに引っぱり出されて、くたくたになるまで振り回されていたのだった―――と、フィリックスは懐かしく思い出した。
(そうしているうちに、悪夢も見なくなったのだったな……。)
今だって、フィリックスの感情を揺さぶっているのが悪夢だとわかっているから、大げさなくらいの言動を取ってフィリックスの意識を別のところへ向けようとしているのかもしれない。おそう考えれば、ザイツなりにフィリックスのことを心配してくれているのだろうとも思える。
「それにね、この神鱗器の存在が広く知れ渡ると、争いの火種となるだろう。人と人同士ならまだしも、神鱗器のために人が龍を害するということも出てくる可能性もないとは言えない。」
「天の使いと敬っている龍を害すると?」
「人の持つ欲望は底知れないからね。天地がひっくり返ったとしても敵わぬ存在であるということを都合よく忘れ、欲望のままに動かせると信じている。いや、欲望のままに動かすために手段を選ばないのが我々人間だよ。
だからこそ、神鱗器の存在は、所有する国または家が門外不出として伝承されているに留まっている。」
「では、この指輪も……。」
「ああ。フィリックスがもう少し大きくなってから、伝えるつもりだったのだろうね……。」
フィリックスは、7年前に別れ、二度と会うことのない父へと思いを馳せた。
一緒に居れる時間はほとんどなかったが、どんなに仕事が忙しくても、宮にいる時は毎朝必ず30分だけフィリックスのために時間を取ってくれていた。主に魔術や剣術の鍛錬をすることが多かったのだが、その時間だけは父を独占することができる、父の愛情を直に感じられる時間だっただけに、フィリックスにとっては忘れることのできないかけがえのない時間だった。
皆から慕われている父が誇らしくて、家族に惜しみない愛情を与えてくれる父が自慢だった。フィリックスの上達を心の底から喜んでくれて、わさわさと頭をなでてくれた大きな手。武骨で柔らかい手ではなかったし、言うなればすこし加減をしてほしいくらいの強さであったけれど、仕事では見せることのない崩れた笑顔には、疑うことのない愛が込められていた。
きっと、この神鱗器のことも、ザイツが言う通り、父からフィリックスに伝えられるはずだったのだろう。
「それで話は戻るけれど、神鱗器については存在自体が稀であるから、わかっていないことも多いんだよ。フィリックスの指輪で言えば、とりあえず魔術を無効にする力があることだけはわかっているけれどね。おそらく、それ以外の力もあると思う。これから私との訓練ではその力を探っていくのだけれど……。」
「何か問題があるのですか?」
「フィリックスの指輪が魔術を無効にすることは間違いない。だけど、この前倒れてから毎晩、あの日の夢を見続けている……いや、記憶を呼び起こされているのではないかと思う。魔術を無効にする指輪をつけているにも関わらず……。なぜ、そのようなことが起こるのか…………まさか……、いや……。しかし……でも確かめるしかないな。」
途中からは、独り言のようにぶつぶつとつぶやくザイツだったが、しばらくすると、とりあえずの結論が出たようだった。フィリックスをしかと見て、ザイツの口から出てきた、まさかの言葉にフィリックスの思考は停止した。
「フィリックス、とりあえずリーシャに近づけ。」
「え?」
「できれば、話せるといいな。うん。ローゼに頼んでおこう!」
「えっ?突然何ですか?」
「よし、決まりだ!」
「ええっ!?」
「あ、それから。来週より私は2週間ほど魔術庁の仕事でここに来れない。次回会う時までに、リーシャに見知ってもらっておいてくれ。」
「ちょっ、ちょっとま―――」
フィリックスがザイツに反論しようとするが、ザイツは「じゃあ、私は至急仕事を片付けて行かねばならないところがあるから」と口にして、あっという間に魔術棟を後にしたのだった。
ザイツと入れ違いに魔術棟の中へと入ってきたアランが見たのは、あっけにとられたまま立ちすくんでるフィリックスだった。
第2章が終わりました。まだまだ続きます。
毎日更新していましたが、今後はぼちぼち更新とさせていただきます。 *_ _)ペコリ




