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今、学園にある魔術棟は全部で3つ。
昔はひとつの建物の中にまとめられていたらしいのだが、ひとつひとつが独立した建物へと建て替えられている。そして、その建物の中と外にそれぞれ2重結界が張られているのだ。
建て替えられた時期は13年前。稀代の天才と名高い現魔術庁長官が学園に入学した年だ。
もちろん、その建物をぶっ飛ばした稀代の天才と名高い現魔術庁長官とは、ザイツのことである。
「今日はローゼリアとリーシャ、シモンをおどろかせてしまったけれど、これは魔術制御のための特別カリキュラムを受ける生徒たちへの洗礼だよ。
魔力を開放した状態で魔術を使わせて、自分たちの持つ魔力がどれ程の威力を持つのかということを、目の当たりにさせるんだ。そして、その魔力を使うということへの責任と怖さを、その身に沁み込ませる。
まあ、わたしも身に沁み込ませられたひとりなんだけどね。」
苦笑いしていたザイツが真剣な表情をして語り出すと、4人は背筋を正してザイツの言葉に耳を傾けた。
「今は、自分の中に眠らせていた魔力に恐れ慄くことが重要だよ。少しでもコントロールを間違うと、簡単に人を殺めることができる力が自分の中にあるのだということを自覚してほしい。
このカリキュラムを受講した者は国への忠誠が求められて、卒業後も魔術庁の管理下に置かれるけれど、その理由はわかるよね。これだけの魔力を持つ人間を野放しにすることはできないんだ。卒業と同時に魔術庁か騎士団に配属されるし、配属の例外が認められた者には、常に魔術庁からの管理監督が入ると思ってほしい。
ローゼリアは王族としての職務に就くだろうから、それに該当する。もちろん魔術庁に入りたければそれも可能だよ。わたしみたいにね。」
ザイツ―――エリック・ザイツは、現国王の年の離れた、たったひとりの異母弟だ。
前国王と前王妃の間に生まれたのは、たった一人の男児、現国王のみだった。そのため、何人かの側室を迎えたものの、生まれたのは王女がふたり。
こればかりは天の采配だから仕方がない……と諦めたころに側妃のひとりが懐妊する。そうして生まれたのが、ザイツェルーフェンだった。
望まれて生まれたとはいえ、このザイツェルーフェンが王家の中でも群を抜く程の魔力量を持っていたこと、そしてその才能が魔力だけに留まらなかったことが、王家とそれを取り巻く貴族たちに波風を立たせることとなる。
ザイツェルーフェンが生まれて3年後、当時の王太子であった現国王に、待望の男児が生まれた。それにより、ザイツェルーフェンは王位継承権が第2位から第3位へとなったのだが、それを不服とする貴族たちが水面下で動き始めたのだ。
このままでは次期王太子をめぐる軋轢が起きると考えた前国王は、その情報を察知すると早々に譲位を決意し、王太子へと王位を譲ったのだった。
そして、現国王はザイツェルーフェンが成人すると同時に、ザイツェルーフェンの名を由来としたザイツ家を興し、公爵位を与えた。同時に、第1王子を王太子へと擁立したのだった。
幼き頃より稀代の天才として名を馳せていたザイツェルーフェンは、学園卒業と同時に行われる成人の儀の後、ザイツ公爵として魔術庁へと入ることを選んだ。王家には第1王子を筆頭に、3人の王子と王女がひとり生まれていたため、自分が王弟として政務に携わる必要はないと。
そして、自らの名前をザイツェルーフェン・エリック・ローリアから、エリック・ザイツへと改名し、今後は王家を支える一貴族として忠誠を誓ったのだと言われている。
―――しかし、それは王家からの威圧によるもので、本人に選択権はなかったのではないか。心の中では、不当だと考えているのではないか。
今でも実しやかに囁かれる声が貴族たちの中に残っているのも事実だ。
ザイツェルーフェンが成人し、ザイツ公爵となってから8年。
学園卒業後にザイツが魔術庁に入庁すると、血筋故の忖度では?という陰口すら叩かれぬほどの圧倒的な魔力と能力の高さで、僅か数年で筆頭魔術師が就く長官へと昇り詰めたのだ。
―――しかし、ザイツ公爵自身、王位継承権を放棄してはいない。故に、彼自身の中には未だに王族への未練があるに違いない。
そう言って、未だにザイツ自身が王位に未練があると解釈している者たちが、少なからず在るという。
その噂は、学園に入学するまでペイレール辺境伯領から出たことのないリーシャでさえ、聞きかじっていたことだった。とすれば、他の3人が知っているのは当然のこと。
ましてや、そのうちのひとりは現国王の娘であるローゼリア王女なのだから、事情を知らないはずはない。
複雑そうな表情をした4人の生徒を見て、ザイツはニヤリと笑った。
「ああ。いらぬ心配をかけてしまったようだね。わたしが魔術庁に入ったのは、真実わたしの希望によるものだよ。ただ、公爵位を叙爵したのが現国王の意思だということには、間違いないかな。」
シモンがハッとしたように身動いだ。シモンの父は国王付きの近衛兵隊長のため、息子であるシモンにも守秘義務にあたらない範囲での情報が入ってきているのだろう。
「わたしは、爵位なんて面倒なものはいらないと言ったんだが……。幸いなことに魔力量も多かったから、このまま魔術師として生きていけばいいと思っていたしね。でも、それに異を唱えたのが、兄であるアレクシール国王だよ。公爵位を断るのであれば、魔術庁に入ることは許可できない。このまま王弟として王族に残り執務を行うよう言われて、仕方なく公爵になるしかなかったんだ。
まあ、このことは積極的に話していることではないのだけれどね。」
シモンの目が驚きで見開かれた。おそらく、予期していなかった答えだったのだろう。シモンは戸惑った表情のまま、遠慮がちではあったが、自らの疑問をザイツに投げかけた。
「では、未だに王位継承権を放棄してないというのは……。」
「もちろん、継承権の放棄を国王が認めないということもあるけれど、持っていた方がわたしの研究に有利なことがあってね。まあ、それは秘密ということにさせてほしい。」
「では、巷に噂されるようなことは……。」
「どんなに否定しても消えないから、そのままにしているよ。わたしの力を利用したいと邪な思いを抱くものが、自ら近づいて来てくれるしね。誰が王家にとって危険か、判りやすくていいだろう。」
口の端をわずかに上げたザイツは、魔力制御のための特別カリキュラムの講師でも、魔術庁長官でもない、王家を護る立場としての顔をのぞかせた。シモンだけでなく、リーシャとマティアスもハッとした表情を見せ、ローゼリア王女は視線を下げた。
「……利用している、ということですか?」
しばしの沈黙の後、言葉に出したのはマティアスだった。
「結果的にはそうなるかもね。強い力を持ち、王家の血筋を引くわたしという存在は、権力を欲する者たちにとっての魅力的な餌だね。それで釣られるなんて、その者たちの実力は知れたものだけれどね。」
もしかすると、ザイツはわざと自分の本質を垣間見させたのかもしれない。魔術庁の長官でありながら、王家を護る公爵としての立ち位置にあること。王家を裏切ることはないことを、このカリキュラムを受ける生徒たちに確信させたかったのではないか。
「それに、君たちだってこれから先は大変だよ。必ず君たちの力を利用しようと近づいてくる人間たちが出てくる。権力を握りたい人間が、自らの力を高めるために君たちを取り入れようとあの手この手で誘ってくるはずだよ。弱みを握られて脅されることもあるかもしれない。
そんな時は、ひとりで悩まずにわたしに相談してほしい。わたしが王家を、この国を裏切ることはない。必ず君たちの力になるから。
毎年、魔術庁の長官がこの魔力制御のための特別カリキュラムの講師として派遣されるのは、魔力の制御を教えるためだけじゃないんだ。それだけなら、別の魔術師でも充分にできる。
このカリキュラムで何より大切なことは、時の筆頭魔術師である魔術庁長官自らが、手塩にかけて魔術師として育てることにあるんだ。そして、何があっても護ると信じてもらえる関係になることなんだ。そのために、わたしも魔術師として出来る限りのことを教え伝えたいし、君たちが信じてくれる人間でありたいと思っている。」
ひとりひとりと目を合わせながら、ザイツは力強く言葉を重ねていく。俯いていたローゼリア王女も、顔を上げてザイツの視線を受け止めている。
そして、当然のことながら、リーシャ、マティアス、シモンにとっても、この日のザイツの言葉は忘れられないものとなったのだった。




