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リーシャとマティアスが学園に入学して2か月ほど経った。
リーシャとローゼリア王女が楽しそうに話している。隣には、その姿を宝物のように見つめるマティアスがいる。しかし、マティアスをよく知るものがいれば、その瞳に憂いが含まれていることに気づいたかもしれない。
リーシャは学園に入るまで、領地から出されることはなかった。リーシャの出自に疑いが持たれないようにと、他の貴族やその子息子女との接触も、辺境伯であるユリウスと夫人のマリエの指示により、ほぼなされていない。そして、記憶を封じたとはいえ、つらい思いをしたリーシャの心が癒えるようにと、家族はたくさんの愛情を与えてリーシャを育てた。
ペイレール辺境伯領に来た頃は、ほとんど笑顔をみせることのなかったリーシャも、家族や使用人たちからの惜しみない愛情を受けることで、ようやく笑顔を見せることが増え、甘えることも覚えたのだ。皆、それが嬉しくて甘やかしすぎたと言えばそうなのかもしれない。無垢で無邪気な一方、どこか幼さが残っていて……。それでも、そんなリーシャが可愛らしくて、甘えてくるのが嬉しくて、そのままにしてしまっていたというのはあった。
それなのに、あの時から―――リーシャがマティアスたちと血のつながりがないこと知ってから、リーシャが以前のようにべったりと甘えることがなくなってしまったのだ。この年頃であれば当たり前なのかもしれない。けれど、マティアスはこれまでずっと一緒に過ごし、自分に甘えてきたリーシャが遠くに離れいってしまったようで、さみしく感じていたのだ。
リーシャとマティアスが所属するクラスには、魔力制御のための特別カリキュラムを受ける生徒が集められている。このカリキュラムを受ける生徒がいない年もあるというのに、今年度はローリア王国第1王女のローゼリア、サマルティーニ伯爵家の次男シモン、そしてマティアスとリーシャの4人。この多さに、万年人手不足の魔術庁は大喜びしているという。
特にここ数年は際立って少なく、昨年は0名。一昨年にふたり、4年前と5年前にはひとりずつ、その前は3年ほどおらず……といった具合で、とにかくカリキュラムを受ける生徒は稀少なのだ。エミリアもルーカスも魔力量は王族に並ぶほど多いものの、カリキュラムを受ける程ではないことを考えると、今年度の4人在籍していることが、いかに異例であるかがわかる。
『魔力制御のための特別カリキュラム』を受けるひとり、ローゼリア第1王女は、その名前の由来ともなったローズピンク色の瞳が印象的な美少女だ。アーモンドアイを縁取る長いまつげ、輝く黄金の髪はストレート。色見は可愛らしいのに顔立ちは大人びていて、入学式後に行われたクラスでの自己紹介で、当然のようにクラス中から羨望の眼差しが向けられていた。王族の中でも魔力量が多く、その量は王太子と並ぶほどと言われている。
リーシャにとって、戸籍上は再従姉妹の関係にあたる。ローゼリア王女の祖父である先王とリーシャの祖母が兄妹なのだ。しかし、リーシャはこの歳になるまで表向き病弱という理由で領地を出してもらえなかったため、ローゼリア王女と会うのは学園が初めてだった。
「やっと会えたわ。学園に来れるほど元気になれて良かったわ。わたくしやマティアスと同じクラスだし、学園ではなにも心配いらないわね。
リーシャ、わたくしたち再従姉妹だもの。私のことはローゼと呼んでね。同じ末っ子同士仲良くしましょう。」
登校初日、入学式後に入った教室でローゼリア王女から声を掛けられたリーシャは、驚きすぎて答えるのも忘れて立ち尽くしてしまった。そんなリーシャに一向にかまわず、ローゼリア王女はマティアスとの久しぶりの再会に嬉しそうに話し出したのだった。
「ローゼ殿下はリーシャに会いたがっていたからね。同じクラスで良かったね」
「ええ。マティアスにリーシャのことを尋ねるたびに『リーシャは可愛い』としか答えてくれなかったのよ。絵姿は何度か見せてもらったけれど、所詮絵姿でしょう。どれだけ可愛いのかしら?と思っていたの。本当にマティアスの言う通りね。」
「ね、言った通りでしょう!」
リーシャは緊張で笑顔なんてとんでもない状態だったが、なんとか頑張って口角を引き上げる。
マティアスとローゼリアの話からすると、このふたりはこれまでにも何度か会ったことがあるようだ。マティアスが王都へ行ったときに会ったのだろう。かなり親しそうな様子だ。
(マティと殿下って、こんなに仲良かったの?しかも、まさかの愛称呼びを許して下さるなんて……いえ、ダメよ。マティは何度も殿下とお会いして仲が良いから大丈夫なのでしょうけど、私には無理!絶対無理だから!)
「まあ、マティアスったら相変わらず妹が大好きね。今日は午前で終わりですもの。ゆっくり話もできないのが残念だわ。リーシャ、明日から昼食は一緒に取りましょうね。」
そう言って、ローゼリア王女からにっこりと笑いかけられれば、断れるはずもない。
あまりの緊張に、リーシャが頑張って上げた口角はプルプルと震え、悲しくもないのに目にはじんわりと涙が滲んでいる。
リーシャの隣で嬉しそうにしているマティアスは、引きつった笑みを浮かべつつも涙目という、器用な表情のリーシャが可愛すぎて、困っているとわかりながらも笑顔で見つめている。
「よ、喜んで。ローゼリア王女殿下。」
リーシャがそう答えると、ローゼリア王女が怖いくらいに笑みを深めて、静かに首を振る。
「リーシャ、ローゼと呼んでちょうだい。」
有無を言わさぬローゼリア王女の目線とぶつかり、リーシャは観念した。
「は、はい……ろ、ローゼ殿下。」
「ありがとう。うれしいわ。」
薔薇が咲き零れたようなローゼリアの笑顔を向けられて、リーシャの頬はほんのり赤く染まった。そして、ようやく力が抜けたリーシャの顔に、恥じらいつつも笑顔が広がったのだった。
そして、リーシャは自分のことで精一杯で気づいていなかったが、頬を赤く染めたのはリーシャだけではなかった。
大人びた美しさのローゼリア王女と、可憐で神秘的なリーシャ。
ふたりのやり取りを見ていたクラスの男子生徒ばかりでなく、女子生徒たちまでもが、天使もかくやというふたりの笑顔に見とれ、頬を染めるのは当然のこと。そしてマティアスが、リーシャとローゼリア王女を満面の笑みで見守りつつも、眼差しだけは冷たく冴えわたり、頬を染めている男子生徒たちを牽制するのも当然のことだった。
そうして『魔力制御のための特別カリキュラム』が始まる頃には、リーシャとローゼリア王女はすっかりと打ち解けて仲良くなっていた。
そしてそこに、やはり同じくカリキュラムを受けるサマルティーニ伯爵家のシモンが「僕、ぜったい場違いだよね?」という声を無視されて、なし崩し的に引きずり込まれ、リーシャの学園生活は、マティアスに新しい友人ふたりを加えた形で始まったのだった。
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