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第2章のはじまりです。
「シルフレッドお父さま、セシーリャお母さま、どうぞ見ていて下さいませ。」
学園への入学式の朝、身支度を終えたリーシャは、私室でシルフレッドとセシーリャの絵姿を前に、そっとつぶやいた。その手には、小さなペンダントトップが乗っている。緑銀色の笛のペンダントトップが、リーシャの掌の上でキラキラと輝いていた。
(わたしは何も知らなかった……。)
ペイレール辺境伯領から王都へ出立する前に聞いた真実は、リーシャにとって俄かには信じ難い内容だったが、それ以上に、今の家族から向けられる愛情の深さを改めて感じることのできる機会となったのも事実だった。
ただ、リーシャにはペイレール辺境伯領に来るまでの記憶がないため、血のつながった両親の姿は、あの日もらった絵姿でしか知らない。人はあまりに辛く受け止め難いことが起きた時には、自分を護るために記憶を封じ込めるのだと言われれば、自身に起こった出来事を幼い我が身が受け止めきれなかったのだろうとは思う。しかし。
(今も十分幸せだけれど、いつか……いつか思い出せるといいのに……。)
ペイレール辺境伯家の末の娘として、リーシャはこれまで溢れるほどの愛情をもらってきたし、何より自身が家族に甘え、それを許されてきたことは自覚している。それは、とても幸せだったし、何の不満もない。それでも、ペイレールの家族に少しばかり後ろめたさを感じつつも、シルフレッドとセシーリャと家族として過ごした時のことを思い出してみたいと思うのだった。
それに。
(わたしは……このまま護られているだけではいけないわ。)
ペイレールの家族の皆が、これからもリーシャを護ってくれると言っていた。しかし、リーシャは話を聞いて以降、守られるだけでなく自らの足でしっかりと立ちたいという思いを強くしていたのだ。
(ペイレール辺境伯家の娘として―――本当の家族として、胸を張れるような生き方をしたい。)
緑銀色の笛をそっと包み込む。
手の熱で暖められたのだろう。しっとりと手になじむ笛が、入学式を前に緊張するリーシャの気持ちをほぐしてくれる。
真実を伝えられたあの日、初めてその笛が、シフルレッドがリーシャへと残した形見の品だと聞いた。
「これからも、決してその身から離さぬように。」
小さいころから何度も言われた言葉を、改めて念を押すように伝えられ、ヴィルフリートがそう言い続けていた理由を、ようやく知ることができたのだった。
「シルフレッドお父さま、セシーリャお母さま、どうか見守ってください。」
リーシャは小さな声でもう一度つぶやく。
繊細な鎖に通されたその笛を、制服のブラウスの下へと仕舞うと、家族の待つサロンへと向かう。その顔には、まだ甘やかされた末子の名残はあるものの、過去を受け止め未来を見つめて前を向く姿が芽生えていたのだった。
♪*♪*♪
「宰相、今何と?」
「多くの領主たちより、国からの援助の要請が上っております。」
「何を……これまで、どれほど援助してきたと思っているのだ!」
「ですが、先の戦で多くの働き手が亡くなりました、耕地は荒れ、各領地とも税収が激減しております。それに加え、この流行り病です。」
隣国との戦いは、5年もの長きにわたった。多くの国民が兵士として戦場に送り出され、帰らぬ人となった。また隣国から攻められた国土は焦土と化した。
ようやく、和平の条約を結び、これから復興しようという時に原因不明の病が流行り出したのだ。宰相を中心として調査をさせているものの、一向に原因が掴めていない。
この病が厄介なのは、国民の働き盛りの年代が多く罹っているということ。しかも、そのほとんどが平民だという。
こんなはずではなかった。わたしは、兄から冷たく切り捨てられた者たちを救うべく、手を差し伸べただけだったというのに。
いったいこの国はどうなってしまうのか……。
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