13
「ヴィ、ヴィル……怖い。た、助けて……。」
「リーシャ、わたしの手を握るのだ。一緒に呼吸を。そう、上手くできている。」
ヴィルフリートは縋りつくリーシャを抱き上げたまま、手を握り、リーシャに呼吸を促す。しばらくすると、強張っていたリーシャの顔が落ち着きを取り戻すとともに、呼吸も安定してきた。
「もう大丈夫だ。今感じているもの、それがリーシャの持つ魔力なのだよ。今までは、この腕輪でその力を抑えておったのだ。」
「抑えて…?どうして?」
リーシャにはヴィルフリートの意図するところが解らない。首を傾げると、ユリウスが補足するように口を開く。
「小さい子どもは感情とともに魔力を暴走させ、自分や周りを傷つけてしまうことがある。だから、ヴィルフリートはマティと同じブレスレットをリーシャに付けたんだよ。」
「このブレスレットに、そんな力が……。」
「ああ。マティも生まれたばかりの頃は、一般的な魔力持ちの赤子がつける魔術具をつけていたんだけどね。とにかく魔力の量が多くて、癇の強い子だったから、それでは抑えが効かなくなってしまってね。マティ自身と周りを護るために、1歳になる前にヴィルフリートにお願いして特別に神器を作ってもらったんだよ。
あの頃のマティは本当に大変で、常時魔力の強い護衛をはりつけて暴走が起きた時に瞬時に対応できるよう……。」
「もう、父上!僕のことはいいですから!!」
いつまでも話し続けそうなユリウスを遮るように、マティアスが顔を真っ赤にして叫んだ。
「マティ、凄かったのね……。」
「え?でも、リーシャはその僕より多いんだよ。」
リーシャのつぶやきに、何を言ってるの?とばかりにマティアスが即座に言葉を返す。
「わたしも、大変だったのかしら……。」
「多すぎる魔力をコントロールするのは、幼子たちには無理なこと。リーシャの場合は、力の強い父君がいたから大丈夫だった。シフルレッドはリーシャが生まれてすぐに魔力を抑えるブレスレットを作ったと聞いている。しかし、父君が亡くなった折に、腕輪が壊れてしまったのだ。それ故、ここに来た時にわたしが新たに作り直したのだよ。」
「ヴィル…もしかして……。
わたしのお父さまとお母さまが亡くなったのは、わたしが魔力を……。」
(わたしの本当の両親は事故で亡くなったと言っていたけれど、まさかわたしが……。)
最悪の状況を思い浮かべ、両手をぎゅっと握りしめたリーシャの頭を、ヴィルフリートが優しくなでる。
「リーシャが心配しているようなことは起こっていないから心配しなくてよい。シルフレッドとセシーリャ殿は、国の争いごとに巻き込まれて―――」
「ヴィルフリート!」
慌てたようにユリウスが遮るが、ヴィルフリートはユリウスを見て首を横に振った。
「ユリウス、リーシャを護りたいのはわたしとて同じだ。
だからこそ、リーシャに両親の死が自身の責だという誤解は、消しておかねばならぬ。」
「だが、まだリーシャは幼い!」
リーシャに誤解を与えたくないヴィルフリートの思いは理解できる。しかし、ユリウスは自分たちが実の両親でなかったことを知ってしまったリーシャに、今日はこれ以上の心の負担を与えたくなかった。
「あなた。もうすぐマティアスとリーシャはわたくしたちの元を離れて、学園で過ごしますわ。学園は優秀な平民も受け入れていますが、国に仕える貴族の縮図です。これから学園で過ごすマティアスとリーシャは、その中でわが身を護りつつ過ごさなければならないのです。」
ヴィルフリートを止めようとするユリウスに声をかけたのは、妻のマリエだった。
「リーシャが生まれ育った国だけでなく、どの国も大なり小なりの争いの種は抱えておりますわ。それは、この国とて同じではありませんか。その中で生きていかねばならないのです。可愛い我が子たちに世の中の汚い部分を見せたいわけではありませんが、いつまでも親の手の中で護れるものでもありませんわ。」
「マリエ……。」
「先日、風龍様より伺いました。風龍様はリーシャにこの事を話すべきだと思っていらっしゃることを。ですが、あなたが反対していると……。
子どもたちは、ヴィルフリート様やあなたの愛情を一身に受けて、それぞれ立派に育っておりますわ。わたくしたちに出来ることは、親の手を離れても自分自身で立つ力をつけること、信頼できる友や伴侶を見つける目を育てることではないかと思いますわ。」
マリエは穏やかないつもと変わらない優しい表情のまま、ユリウスをまっすぐに見つめている。
マリエの父親であるこの国の宰相は「彼ほど清廉潔白という言葉に相応しいものはいない」と言われるほどの人物だ。その言葉を、同じ派閥の貴族たちは自慢げに、そして敵対派閥の貴族たちは悔し紛れに言うという違いはあるものの、誰もが認める事実だった。
そんな父を持つマリエも、父に似てまっすぐな心根をもつ女人だ。決して出すぎることはないが、必要とあらば意見することを臆しない。しなやかな強さを持っているマリエは、風龍ヴィルフリートからも信も篤い。
そして、ユリウスもマリエを認めている――いや、王宮の夜会でマリエに一目惚れし、口説きに口説いて、宰相夫妻に頭を下げてペイレール辺境伯へと連れてきたユリウスにとっては、マリエには頭が上らないところがあるといった方が正しいか。
今だって頑なになっていた心が、マリエによって解されていくのを感じているのだった。ユリウスは、開いていた目を閉じて少し考えるそぶりを見せた。再び目を開いた後には、その表情を和らげてポツリとつぶいた。
「少々、個性が強すぎるが……。」
「4人とも、わたくしたちの自慢の子どもたちですわ。だからこそ今、リーシャに真実を伝えることがリーシャの心を護ることだと思うのです。これから先、真実に色を加えた噂話がリーシャの耳に入るくらいなら、今、わたくしたちの前で伝えるべきではありませんか?」
「ああ、君が言うとおりだ。わたしも子どもたちを……リーシャを守りたい。」
ユリウスは、不安そうな顔でヴィルフリートに抱かれているリーシャに優しく微笑んだ後、ヴィルフリートを見て小さく頷いた。ヴィルフリートはそれを確認すると、シフルレッドとセシーリャの亡くなった経緯を語りだしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。母は強し!です。
よろしければ評価もいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。




