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年が明け、辺境伯の子どもたちが学校へ行くために辺境伯を離れる日が来た。使用人たちがせっせと荷物を運ぶ中、リーシャは誰よりも早く準備を済ませて、邸の前で人型となった風龍ヴィルフリートとの別れを惜しんでいた。
「ヴィル……。」
「また会えるであろう?」
リーシャは涙をあふれさせて、ヴィルフリートにしがみついたまま離れようとしない。そして、ヴィルフリートもまた会えると言いながらも、愛おしそうにリーシャの背中を撫でているのだった。
♪*♪*♪
昨日、リーシャは大切な話があると父ユリウスから言われ、家族とともにヴィルフリートの神殿を訪れた。
その時に、本当の両親がすでに亡くなっていることを聞いたのだった。
ヴィルフリートと本当の父が古くからの友人だったこと。
両親は他国の貴族だったが、事故で亡くなってしまったこと。
ヴィルフリートを通して父や母と交流を深めていた辺境伯夫妻が、そのことを知って、迷いなくリーシャを引き取ったため、リーシャは辺境伯の娘としてここにいるのだということ。
そして、姉エミリアも兄ルーカスも、そして双子として育てられた兄マティアスもその事実を知っていたこと。
(みんな知っていて、わたしを可愛がってくれた……。)
人払いがなされた神殿の部屋でヴィルフリートと家族だけとなり、聞かされた真実。
突然知らされた真実に驚きのあまり、リーシャはしばらくの間言葉を発することすらできなかった。
実の両親が既に亡き人となっていたことへの悲しみ。
リーシャをおいて逝かなければならなかった両親の想い。
家族だと思っていた辺境伯夫妻や姉兄と血が繋がっていなかったことへの驚き。
これまで、リーシャが少しの疑問も抱くことがない程の愛情を辺境伯夫妻や姉兄から注いでもらったこと。
「今まで、知らせずにごめんなさいね。」
「お父さま……、お母さま……。」
たくさん愛してくれ、可愛がってくれた家族とは、本当の家族ではなかったのだ。どうすることもできない事実に打ちのめされ、押しつぶされそうになる。
頬を流れる涙をどうすることもできず、リーシャは両手で顔を覆った。いつもならばリーシャは母マリエの胸にしがみついて泣いていただろう。しかし、本当の母親でないことがわかった今、そうすることをためらってしまった。
リーシャが自分から飛び込んでこないことに気づいたマリエは、リーシャの前に歩み寄って膝をつき、優しくその胸に抱きしめた。
「リーシャ、あなたのことを愛してるわ。」
「リーシャ、わたしの小さなレディ。血が繋がっていないことがなんだっていうんだい?これまでも、これからも、わたしたちは本当の家族じゃないか。」
リーシャを抱いていたマリエの腕が緩む。いつのまにか父ユリウスも傍に来ていて、リーシャの頭をそっと撫で、太い腕で抱きしめてくれた。
「これからも、家族……なの?」
「もちろんよ、リーシャ。愛しているわ。これまでも、これからも、ずっとよ。」
マリエが、リーシャの涙でぬれた頬を柔らかいハンカチで拭うと、また優しくリーシャを抱きしめた。リーシャが好きな母マリエの香りがリーシャを包み込む。その香りに包まれているうちに、リーシャの心も落ち着いてきた。
「さて。もうひとつの話はわたしから。……大丈夫だよ、リーシャ。これ以上リーシャが悲しむ話ではない。」
リーシャが落ち着きをとりもどすのを見計らって、ヴィルフリートが話しを始めた。
「リーシャの父君は非常に強い力を持っていた。だから、その血を受け継ぐリーシャの魔力も、非常に強い。それに魔力の量も多いのだよ。」
「わたしが?マティではなくて?」
リーシャはヴィルフリートの言葉に首をかしげた。ペイレール辺境伯家で一番多くて強い魔力を持つのは、リーシャの双子の兄マティアスだ。ペイレール辺境伯家には、風の精霊の血が流れている。その血は、かなり薄まっているのだが、魔力の多い王家の姫が降嫁してきていることと相まって、しばしば膨大な魔力量と力を有する子どもが生まれてくる。マティアスがその例だった。
とはいえ、ユリウスや姉エミリア、兄ルーカスにも同じ血が流れているため、一般的に十分すぎるほどの魔力量と強さを持っているのだが。
「リーシャの魔力の多さと強さは、マティアスを凌駕しておる。」
「マティアスを?でも……。」
「その力を感じれないと言うのであろう?」
リーシャはコクリと頷いた。突然、マティアスよりも多く強い魔力だと言われても、素直に受け止めることはできない。これまでリーシャは家族の誰よりも魔力量が少ないと言われ、弱い魔法しか使えなかったのだ。
リーシャが急に言われても実感がないのは当然のことだった。
ヴィルフリートは、ふっと笑うとリーシャの左手を持ち上げ、左手首につけたブレスレットを触った。この銀色に輝く細身のブレスレットは、リーシャが物心ついた時から左手首にあるものだった。双子の兄マティアスとおそろいのもので、入浴や眠る際にもずっと着けたままにしている―――いや、たとえ外そうと思ったとしても、この継ぎ目のないブレスレットの外し方をリーシャは知らない。そのため、物心ついた時からずっと着けたままにしているものだった。
そのブレスレットに、ヴィルフリートが触れた。ブレスレットは一瞬キラキラと光ったかと思うと、カタンっと音を立てて外れた。
そのとたん、リーシャの体の中をザザーっと音が聞こえてくるかのように、何かが駆け巡るのを感じた。五感が鋭くなり、体の中から溢れ出ようとするものにリーシャは恐怖を覚えた。
読んでいただきありがとうございます。
ようやく少しだけリーシャの過去が知らされました。




