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サブタイトルの数字がずれていたため変更しています。
本文の内容はそのままです。
「で、さっきから聞いてるんだが、何があった?」
先ほどから何度か繰り返されるアランの問いをかわそうとしていたフィリックスだったが、アランを誤魔化すのは難しいようだ。
「ん……夢見が悪くてね。」
「夢か……どんな夢だ?」
夢くらいで、とアランに笑われるかと思って言いたくなかったのだが、真剣な表情を崩さないで聞き返してくる。うやむやにするつもりはアランにはないようだ。
「……弱いものが虐げられていた。略奪や暴行……。助けたいのに。俺は……俺は、見ているだけだった……。」
「そうか……。」
アランにも判った。それは今現実に怒っていること。そして、手を差し伸べることができないこともまた現実であると。
「他は?他にも何か見たのか?」
「いや……覚えているのはそれだけだ。」
「いつも見ていたのか?」
「いや……悪夢にうなされたのは久しぶりだね。」
「久しぶり?」
「ああ。この国に来たばかりの頃……あの頃は悪夢しか見なかったね。」
「そうだったな……。一応、オスカーおじさんに知らせるか?」
「大丈夫だ。たまたま今日、見ただけだよ。」
フィリックスはアランのしつこさに違和感を抱いた。もともとアランはフィリックスのこととなると異常なほどに神経質になるのだが、たかが夢見が悪かったことくらいで、ここまで詳しく聞くとは過保護すぎるのではないだろうか。しかも、オスカーにまで知らせようとするとは。
アランとオスカーはフィリックスがこの国に来る前からの既知の仲で、一緒にこの国に移ってきた者たちだ。ほどなくしてクライバー侯爵家の養子となったフィリックスと同時期に、アランはウェーバー伯爵家の養子となり、一緒にクライバー侯爵領で大きくなった。オスカーもフィリックスとアランが学園に入学する12歳までは、ここで一緒に暮らしていたのだが、今は理由があって東の隣国イルシア皇国に居る。
ふたりとも「オスカーおじさん」と呼んでいるが、3人に血のつながりはない。それなのに、フィリックスやアランを自分の子どものように可愛がり、成長を喜んでくれている。
確かに、ローリエ王国に来たばかりの頃は悪夢ばかりを見ていて、オスカーにもずいぶんと心配をかけたことをフィリックスは思い出した。
「どんな小さなことでも、気になることがあったら、すぐに連絡しておいで。いつでも戻ってくるから。」
フィリックスとアランの頭を優しく撫で、そう言ってオスカーはイルシア皇国へと旅立ったが……。たかが夢見が悪かったことを報告するなんて、とフィリックスは首を横に振る。あの頃のようにもう小さい子どもではないのだ。そうアランに伝えるものの、アランの表情は晴れないままだ。
アランはしばらく何か考えるように、ティーカップを持ったままその先を見つめていたが、すっかりぬるくなったお茶を一口飲むと口を開いた。
「彼女と再会するからか?」
「わからない。でも……気になっているのは事実かな。」
「そうだろうな。でも、彼女はフィルのこと、覚えていないんだよな。……いや、思い出させるのかな?」
「どうだろうね。記憶が戻ったとしても、俺のこと覚えていないんじゃないかな……。」
フィリックスは、彼女と初めて会った日に思いを馳せた。
あの日、ひとりで庭の木々の中に佇んでいた彼女を見た時――木漏れ日の光を纏った彼女が、舞い降りてきた妖精のように見えて、フィリックスは声をかけることも忘れて見入ってしまった。
一方、彼女はといえば、自分の前に突然現れた知らない男の子を見て驚き、一目散にフィリックスと一緒に来ていた父親に駆け寄って縋りついたのだったが……。
その日、フィリックスと彼女は一緒にお茶やお菓子を楽しむはずだったのに、彼女は父親の膝に抱っこされ、恥ずかしそうに父の胸元に顔をうずめたままだった。結局、一言も言葉を交わすことはなかったが、その時のことを思い出すたびに、フィリックスの胸には甘い気持ちが広がっていくのだ。
(またすぐ会えると思っていたのに……。)
「今だって、身分的には釣り合うだろう。」
彼女との懐かしい思い出に浸っていたフィリックスは、その言葉が耳に入った途端、穏やかだった顔が険しくなり、アランを鋭い視線を送る。
「この国で幸せになれと?」
「それでも良いんじゃないか?」
「見捨てろと?」
「俺はフィルがずっと自分を責めているのを隣で見てきたよ。あの頃の俺たちにいったい何ができた?足手まといでしかない俺たちができることは、ただ生き延びることだけだった。あの日、父上たちは言ったんだ。『生きろ!』と。『生きて抜いて幸せになれ!』と。」
フィリックスは、悔しそうに唇をかみしめた。
アランが話すあの日のことをフィリックスは覚えていない。
最後の日に何が起こったのか。何度アランに尋ねても、アランは詳しい話をしようとしない。なのに、時々こうやってあの日を断片的に話してはフィリックスに「幸せになれ」と言う。
(俺は……、俺だけ幸せになるわけにはいかないんだ。)
フィリックスの記憶にないのは、あの日の出来事だけだ。当時7歳だったとはいえ聡い子どもだったフィリックスは、恐ろしいほど正確に自分たちを取り巻く状況を記憶に留めていたというのに。あの日の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているのだった。
読んでいただきありがとうございます。次にフィリックスとアランが登場するのは第2章です。
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