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サブタイトルの数字がずれていたので訂正しました。
それから、フィリックスの瞳の色を「紺碧」から「瑠璃」に変更しています。どちらがイメージに近いか迷って「瑠璃」に決めたはずだったのに、この回では「紺碧」のままになっていました。見直しが甘々でした……m(_ _)m
その日、クライバー侯爵家の息子であるフィリックスは悪夢で目を覚ました。汗をまとった夜着が肌に貼りつき、さらりとした銀髪は湿気を帯びている。いつもならまだ眠っている時間だが、瑠璃の瞳に金色の光が宿るほどに目覚めてしまっていた。フィリックスは、サイドテーブルに置かれている水差しからコップに水を注ぐと、一気に飲み干す。
(もうすぐ彼女と再会するからか……。)
夢の中では貧困に喘ぐ民、略奪、暴行……。
弱いものが簡単に傷つけられ、命を落としてく姿……。
そして、それは夢ではなく、きっと今も現実で起こっていること。
フィリックスはギリッと奥歯を噛みしめると、窓辺に近づき厚いカーテンを自ら開いた。東の空が薄明るくなっている。
(今日はもう眠れそうにないな……。)
フィリックスは、寝汗を流すために軽くシャワーを浴びて着替えを済ませると、剣を持ってバルコニーへと出た。冷たい空気にさらされて、身も心も引き締まるように感じる。先ほどの夢を薙ぎ払うかのように、フィリックスは一心に素振りをはじめた。
「フィル、早いな!」
バルコニーの下からよく知った声が聞こえてきた。フィリックスが下に目をやると、そこには幼なじみでもあり、戸籍上はフィリックスの従兄弟であるアランが立っていた。
「アランこそ!」
「素振りしてたのか?ちょっと待ってろ。」
そう言うと、アランは壁伝いに登り始めて、あっという間にフィリックスの立つバルコニーへひょいと降り立った。
「アラン…相変わらずだな。」
「まあね。」
「俺は褒めたつもりはないんだけどな。」
「フィルが下に降りてくるより早いだろ。手合わせしてやるよ。」
フィリックスと同じ年のアランは、クライバー侯爵の弟であるウェーバー伯爵家の次男だ。
クライバー侯爵は、国の外交官として諸外国を飛び回っているため、領地はもっぱら弟であるウェーバー伯爵に任せている。そのため、フィリックスとアランは小さいころからクライバー侯爵家で兄弟のように一緒に育ってきた。
「…っ、で、こんな朝っぱらから素振りとは、どうしたんだ?」
「…うっ、お前、また剣が、重くなった、なっ。」
「当り前だろ、俺を、誰だと思ってん、だっ?」
「俺っの、相棒っ、だ。」
「よしっ!取った!」
カンッカンッと鍛練用の剣の交える音が響く中、フィリックスは悴む手が温まる間もなく、アランから剣を落とされてしまう。昔は3回に1回は勝てていたアランとの手合わせも、年を追うごとにフィリックスが勝つのは5回に1回、10回に1回となり、最後に勝ったのはいつだったか?と思うほど最近は勝てなくなってしまった。
「はぁ…、また負けたか。」
「いや、フィルも充分強いって。俺が強すぎるんだ。」
自意識過剰のように聞こえるが、実際、アランの腕前はクライバー侯爵家の護衛たちも認めるところだ。クライバー侯爵は1年の半分以上は国を離れての仕事のため、腕の立つ護衛が必要となる。その手練れの護衛たちの中で、フィリックスと同じく14歳になったばかりのアランが5本の指とはいかないまでも、それに近い強さを持っているというのは、稀有であることに間違いはない。
(やはり、血は争えないな。)
フィリックスはアランの強さはその血統と彼の努力の賜物であることを知っている。と同時に、今朝の夢と相まって、言葉にできないほどの焦燥感を感じる。
「で、どうしたんだ?こんな朝っぱらから素振りだなんて。しかも、今日は寒いぞ。」
クライバー侯爵領はローリア王国の王都よりも北にあるため、冬は一面深い雪に覆われる。邸のバルコニーには雪解けの魔術具が組み込まれているため、雪は積もっていないが、暖かいわけではなかった。新年と学年末の休暇に入り、南に位置する王都から領地へと帰って来ていたフィリックスにとって、久しぶりに感じる刺すような寒さだった。
もともと、クライバー侯爵領よりも、うんと南で生まれ育ったフィリックスは、この領地に来て7年経った今でも冬は苦手だ。
何事に際しても我慢強く努力を惜しまないため、育てることにほとんど苦労しなかったと言われるフィリックスの唯一の例外が寒さだった。ここに来たばかりの頃、フィリックスは冬に外に連れ出されるたびに「寒い。家に入る!」と言ってクライバー家の人たちを困らせた。さすがに大きくなってからは、そんな駄々をこねることはないが、冬が好きではないのは相変わらずだ。
「アランはこの中走っていたんだろう。このくらいの寒さ……クシュッ。」
「あーあ、言わんこっちゃない。部屋に入るぞ。」
そう言ってアランはフィリックスを引きずり、まるで自分の部屋へと入るかのようにバルコニーから一緒に部屋へと入った。部屋には、フィリックスが素振りをしている間にメイドたちが準備したのだろう、暖かい湯の入った湯桶とお茶のセットが準備されている。
後は自分がするからと言ってアランはメイドを下がらせ、フィリックスの手を湯桶に突っ込む。フィリックスからすれば、メイドたちもアランも過保護が過ぎるのでは?と思うこともあるが、今はありがたく湯桶を使わせてもらうことにする。
「痛っ。」
「よーく温めろよ。」
ちょうど良い温度の湯なのだろうが、寒さで悴んでしまったフィリックスの手にはピリリと痛みが走った。アランはフィリックスの反応を笑って流しつつ、お茶を準備した。
フィリックスはようやく温まった手を拭うと、アランの向かい側の椅子に座ってお茶を手にとった。
「で、さっきから聞いてるんだが、何があった?」
読んでいただきありがとうございます。ようやくフィリックス登場しました。
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