第六話「笑顔の先に」
第六話「笑顔の先に」
「勿論、受けた仕事は必ず果たすのだろう?」
ああ、やはりこれは縛りだ。自分を縛り付ける鎖だ。
依頼人が急に来れなくなったなんてのは嘘だろう。絶対、殺し屋にならない俺の娘を煩わしく思ったに決まっている。そしてそれを、あえて俺自身に殺させるのだ。
娘と仕事を天秤にかける。
ああ、俺は本当に殺し屋失格だ。頭の中の天秤は娘の方に傾いていく。かといって、全力で傾いているわけでもない。
今日は娘の十一歳の誕生日。家ではケーキとジュースを用意して待っている娘がいる。
そのことを考え胸が苦しくなった。だが葛藤と戦いながら家に帰ると、予想外の光景が広がっていた。娘は椅子に座っていた。机の上には、ジュースがひとつ、娘の分だけが置いてある。
「どうしたんだ? ケーキは・・・」
「いらないよ。だってあたし、これから死ぬんでしょ? 嘘はつかなくていいよ。尾行してたから」
血は争えないということだろうか。⬛️⬛️も殺し屋の才能があった。親としては、目覚めてほしくなかった才能。目覚めさせてしまったことに後悔する。
そして、
「これから死ぬんでしょ?」
この言葉を即座に否定できなかった自分に腹が立つ。⬛️⬛️のために殺し屋を捨てることに未だ躊躇している自分に腹が立つ。
感情に操られ、殺しを躊躇ってしまう殺し屋。仕事の誇り、いや縛りに拘束され、娘を守れない親。ああ、俺はなんと中途半端な人間になってしまったのだろうか。
「あたしのために、仕事を辞めるなんて言わないで。どうせそんなことしても、他の殺し屋があたしを殺すだけ。あたしはこの毒入りのジュースを飲んで死ぬ」
反論はできなかった。その通りだったからだ。俺が殺さなくても、俺の父や他の殺し屋が⬛️⬛️を殺しにくるだろう。
納得してしまった自分に、腹が立つ。
「あたしは、仕事に誇りを持ってるお父さんが大好き。私のわがままで、お父さんの誇りは傷つけられないよ」
自分が生きたいと思うことがわがままだと、言った。心から。俺の誇りのために死ぬと。
⬛️⬛️は笑顔でジュースを飲み干した。何の躊躇いもなく。
その純粋で美しい笑顔のまま死んだ。
⬛️⬛️が自分の命をかけてまで守った誇りを、俺自身が守らなくてどうする。もう失うものはない。感情をかけるものはない。今度こそ、中途半端でない、真の殺し屋へ。
「受けた仕事は必ず果たす」
これは俺の誇りでなければならない。俺は、これを誇らなければならない。
「違うよ。あたシはバグの中のバグ。だってあたシは・・・一度死んでるんだかラ」
「命が大事か。とても殺し屋のセリフとは思えないな」
「いや、俺は殺し屋だ。殺し屋なんだ・・・」
ヒトゴロシの動きが止まった。その時間は数秒にも、数分にも思えた。沈黙が保健室を包む。
沈黙はヒトゴロシの足音で破られた。ナイフが太陽の光を反射しているのが見える。・・・死んだな。ムーが無事に逃げ切ってくれることを祈って、目を瞑った。
ゴンッ
腰に強烈な痛みが走った。
目を開けるとそこは、音楽室。
横にはムーが、そしてピアノの上にネイロが立っていた。
「なぜ・・・」
「あたシの見つけたバグだよー」
俺を見下す格好でネイロが言う。ネイロの見つけたバグ、テレポート。それはキスした対象をテレポートさせるものだったはず。人間もテレポートすることができたのか。
「キスされてたのか・・・」
「寝てる間に手にねー」
「間に合って良かったわ」
よく間に合ったものだ。ついさっき倉庫の前で会ったばかりだというのに。
あの時は危なかった。そのまま俺が逃げていればムーがヒトゴロシに見つかっていたのだから。咄嗟に保健室に入って事なきを得たが。
「なかなか起きないから起こしに行こうかと思ったら、ヒトゴロシに追われてるんですもの。びっくりしたわ」
それでムーがネイロに伝えてくれたという訳か。まあキスは元からしていたのだからそれは何故なんだということになるが、結果オーライ。過ぎたことは忘れよう。
「ヒトゴロシがもうここに来るなんて」
「急いで逃げるぞ。いずれここも見つかる。とりあえずこの学校から出よう」
「でも、腕時計は?」
「・・・あれがないと俺のバグは使えないが・・・命が優先だ。後で探しにくるしかない」
「他の腕時計じゃダメなの?」
「あれでないと駄目なんだ。それは試した。何故あの時計でないと駄目なのかまでは分かってないが・・・そういえばあの腕時計はどうやって手に入れたんだったか。覚えてないことが多すぎるな」
そこでふと、窓を見る。すると、そこには俺の知らない光景が広がっていた。
「あれは何だ・・・」
俺の視線を追うように、二人も同時に窓を向く。
「何もないけドー?」
「どうしたの?」
「いや、外がピンク色に」
「!」
ムーが何かに気づいた顔になる。
「・・・結界」
結界、だと?
初めて会った時のムーのセリフが思い出される。
「私はここから動けない。正確には、この周囲に張られている結界から出られない」
「あなたには見えない?・・・かもね。多分結界はこの空間に張られているわけじゃない。あくまで私への呪いみたいなものなのだろうから」
「それが、さっき私が話した首吊り死体。一応触れないほいがいいわよ。確定したわけでは無いけど、結界の原因、多分それだから」
結界の原因は、死体に触れたこと。
俺は、死体に触れた。ヒトゴロシに、触らされた。あれは結界によって俺を逃さないようにするため。そして、昨日はつけていなかった手袋をつけていたのは自分が死体に触れるのを防ぐためか。
「これが結界・・・」
「なーに? ドーいうこと?」
何も知らないネイロが困惑している。
とにかく、結界があるということは俺はここから出ることができない。俺のバグは結界に干渉しないことは証明済だが、腕時計がないのでそれもできない。
「ねー、あたシを置き去りにシないでよー。ムーお姉ちゃんたちは一体何かラ逃げてるの?」
「私を狙っている殺し屋よ。狙われる理由に、心当たりはないんだけど」
「殺し屋・・・?」
「あいつが「受けた仕事は必ず果たす」を信条にしてる以上、今回のようにどこまででも追ってくるんだろうな・・・どうした? ネイロ」
ネイロが歩き出す。使命に駆られたように。それが当然の結論のように。
「あたシ・・・行かなくちゃ」
信じられなかった。
幻覚、だろうか。
脳がその視覚情報を全力で疑ってかかった。
⬛️⬛️が生きているはずなんてないのに。
だが、心の中で期待している自分がいる。こんな世界だから。バグが起こっていてもおかしくない、むしろ起こっていてほしいと思う自分がいる。
死人の蘇生だって、あり得なくない。
「お父さん、ごめんね」
何度も聞いた声だった。
何度も思い起こした声だった。
「ごめんとか・・・」
「お父さんに、辛い思いさせちゃったでしょ? あたシミたいな可愛い愛娘がいなくなって」
おどけて言う。その笑顔は、あの時と変わらなかった。
「ごめんは俺の方だ・・・俺が中途半端な人間でなければ、あんなことには」
「仕方ないよ。あの時の状況は、あたシたちが二人で幸せに暮らすことを許さなかった」
あの時は。では、こんな壊れた世界なら?ほとんどの人間が感情を失ってしまっている、イカれた世界なら?
今度こそ俺は、決断した。自らを縛っていた鎖を断ち切った。
「受けた仕事は必ず果たす」
知ったことか。未熟な殺し屋としての俺は殺す。人生二回目の、自分殺し。あの時言えなかった言葉を、今ここで言う。
「俺は、お前のためなら信用も誇りも、何だって捨てる。これからは、お前を守るために生きる」
俺は初めて、中途半端から抜け出せた。人間に、慣れた気がした。
「・・・大好きだよ、お父さん」
俺とムーはネイロが心配でこっそり後を追ってきたのだが、予想外の展開が待っていた。
「・・・気づいてるぞ。兄ちゃんと姉ちゃんか?」
先程から壁の向こうから察知していた人の気配に向かって話しかける。
「もう殺しはしねえよ。聞いてたんだろ?「受けた仕事は必ず果たす」なんて古い信条は捨てたんだ。俺はもうわざわざ仕事を果たす義理はねえ」
物陰から二人が出てきた。⬛️⬛️が二人に目配せをする。
「知り合いなのか?」
「・・・バンクとムーお姉ちゃんは、この世界を直すために旅をシてるんだって。あたシもこの世界は許せない。感情がないなんて、人間じゃないもの。だかラ、お姉ちゃんたちについて行こうと思う。お父さんは・・・?」
「・・・残念ながら、俺にはまだやらなくちゃいけないことがある。・・・待っててくれるか?」
「うん。もちろん」
「・・・ところで、」
バンク、というらしいやつの方を睨む。
「この世界を直すだあ? 随分壮大なことを言うな。お前に、それが出来るのか?」
やつは俺から目を逸らさずに、真っ直ぐ目を見て、答えた。
「してみせる。絶対に」
自信のある奴は信用できる。俺はいつも、そうやって信用を勝ち取ってきたから。思えば、俺は信用を得る側で他人を信用するようなことはなかったが・・・こんな気分なんだな。
「さて、さっきも言ったが俺はまだやらなくちゃいけないことがある。だから娘を、頼んだぞ」
「あっ、お父さん」
最後別レる前に・・・
「お父さんは、あたシがピンチになったラ助けてくレるんだよね?」
「ああ、どこで何をしていても、必ずお前を助けに行く」
「約束、だよ」
手袋を外し、お父さんの手に、深く口づけをシた。
目下の脅威が去った今、俺たちは腕時計を探さなければならなかった。結界のせいで俺がここから出るためには腕時計によるワープバグを使うしかなくなったからである。
どの道、世界を直す手がかりを探すためにはあの家の探索は一日たりとも欠かしてはいけないノルマだった。
その腕時計は意外とすぐに見つかった。見つかったというより、見つけてもらったと言うべきか。腕時計は倉庫の前、通ったらすぐ分かるような場所に置かれていた。
「言ってたものね。殺し屋の仕事の大半は探し物だって」
人を探す能力と探し物とに関係があるのかは分からなかったが、ヒトゴロシからのささやかなプレゼントを有難く頂戴しておく。
そして今度こそ、きちんと説明した上であの家の探索に入りたい。
何も知らないネイロに一通りあの家について説明した後、紙を用意し、これまでの探索で分かっている一階の大体の地図を描く。
「昨日俺とムーが見て回っていたのがこのエリアだ。今日の探索では遂に二階に行く。二階への階段は、ここだ」
ペンで地図の該当箇所を指差す。
「そしてその後は・・・」
一分間という時間を考慮しつつ、予定を決める。
「最後は俺のところに戻ってきてくれ。もしかしたら家から出た後のワープで離れ離れになる可能性がある」
これは、確証はなかったが、確かめるわけにもいかなかった。こういう時は安全策を取るのがいい。
「じゃあ、行くぞ」
ムーが俺の左手、ネイロが俺の右手につかまる。まさに両手に花だ。そして俺たちはジャンプする。まだ見ぬ希望を求めて。
事前に説明した甲斐あって、スムーズに動くことができた。
「階段まで十五秒・・・まずまずだ」
上った先は分かれ道。
「右だ」
とりあえず外の様子を見たかった。この家がどこにあるのかが分かるだけでも、相当でかい。
一階で壁一面の大きな窓があった空間の真上に向かう。同じ構造になっているのなら、ここから塀を越えて、外の様子を見ることができるはず。
予想は的中した。一階と同じ、壁一面の窓。カーテンを開け、外を覗き込む。
「・・・え」
「ドういう・・・」
「これは・・・」
三人は同じものを見た。理解不能なものを見た。
外を歩いていたのは、疲れ切ったサラリーマン、じゃれあっている小学生、赤ちゃんをあやしながらベビーカーを押す母親。そこには笑顔があった。感情があった。
まるで、前の世界のように。




