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理壊不能  作者: 月夜陽
第一章
7/10

第七話「大分の吸血鬼」

 第七話「大分の吸血鬼」

 

「こレが・・・大分! ねっ、ムーお姉ちゃん、あレなにー?」

 ワープで大分に来てからというもの、ネイロはずっとこのハイテンションを維持していた。それにつられてムーのテンションもいつもより高い気がする。手を繋いで仲良く歩くその姿はまるで本物の姉妹のようだ。

 なお、俺は結局バンクと呼び捨てにされている。

 この壊れた世界を直す手がかりを見つけるための旅で、本来は心を引き締めなければならないのだが、色々あったのだしここらで少し休憩を挟んでもいいだろう。

 幸い、ここは疲れを癒すにはもってこいの場。日本屈指の温泉街である。

「三人でいると、なんか、心強いわ」

 同感だった。一人の時はずっと避けていたこの世界の人間たちだが、三人でいると恐怖も和らぎ気にならなくなっている。

「しかし・・・人はいないな」

 ここで言う「人」とは、言うまでもなく前の世界の記憶を持っている人間、俺たちと同じ感情を持っている人間のことである。

 大分に来てからかれこれ数時間。まだ人は見つかっていない。

 ネイロの時の運が良すぎたといえばそれまでだが・・・こうも見つからないとやる気も削がれるというものだ。今日の探索で思ったより大きな成果が得られなかった分、ここで挽回したいところ。

 一応収穫はあった。あの家の外の様子・・・前の世界と同じような様子。謎ばかりが、増えていく。真っ白なパズルのピースだけが手に入っていくような感じ。絵柄が、分からない。それぞれのつながりも、分からない。

「疲レたー」

 疲労、よりも満足感に満ちた口調でネイロが言った。

「確かに、結構歩いたものね。休憩しましょうか」

 そして俺たちは温泉に入ることになった。

 無論、混浴というわけにはいかないので、ムーとネイロが女湯、俺一人が男湯ということになる。しかし、温泉もやつらの巣窟。この世界の人間たちの中に一人飛び込むなんて考えただけで恐ろしい。だから俺は温泉には入らず、外で待っていることにした。

 温泉でも外でも一人でいることに変わりはないのだが、まあ気分の問題である。外の方が、安心感がある。

 なるべく道行く人間たちからは目を逸らしつつ・・・と思っていたその時、一人の人を発見した。

 顔色が悪い、やつれた男だった。

 俺を通り過ぎて行った男を追いかけ、後ろから声をかける。

「おまえ、他の人間とは違うな?」

「・・・おれのことか・・・そうだな・・・違う」

 随分しゃがれた声だった。

「俺の名前はバンク。お前は?」

「名前・・・そんなものは覚えていないが・・・強いて言うなら・・・ニエだ」

 ニエ。

 贄?

 縁起でもない名前だ。

「ニエ、俺たちはこの世界を直すために旅をしている。話を聞きたいんだが・・・」

「・・・何も知らない・・・おれに何を聞いても無駄だ・・・おれと関わりを持とうとすることも無駄だ・・・俺はもう長くない」

 もう自分のことは放っといてくれと言わんばかりにそう捲し立てた。言葉を挟む隙もなくニエは

「吸血鬼に気をつけろ」

 とだけ残して去って行ってしまった。

 不思議と追う気にはならなかった。追っても何も変わらないような気がしたから。

 

「いい湯だったねー」

「そうね」

 温泉から出てきた二人。

 二人に、先程会った謎の男の話をした。

「ニエ・・・なんか怪しいわね。彼自身のことも気になるけど、もっと気になるのは・・・吸血鬼」

「吸血鬼って玉ねぎが苦手なやつでしょ?」

 玉ねぎではなくニンニクだろう。

 ニンニクと十字架が苦手で、人の血を吸う想像上の生物、吸血鬼。

「信じ難いな。いるわけがない、と否定できないのがこの世界の怖いところだが・・・」

「吸血鬼になるバグ、なのかしら」

「ソんなバグあるのかなー?」

 そんなバグがあるとすれば、それはこれまで見つけているバグとは明らかに傾向が違う。使用者の性質を、変えるバグ。

「ニエがやつれていたのは、吸血鬼に襲われたことによるものかしら。ともあれ、有益な情報は得られず・・・これからどうする?」

「少なくとも、明日までワープはできないし大分にいるしかない。このまま探索を続けるのもいいが・・・ニエと吸血鬼の二人の存在を確認しただけでも十分だ。このまま明日まで休んでもいい」

「えー、せっかく来たんだよーもっと楽シもうよー」

 温泉ですっかり疲れはとれたらしいネイロがそう言った。

「じゃあ、探索を続けましょうか」

 ムーはずっとネイロに甘々だった。妹のような存在ができてよほど嬉しいのだろう。

 そんなわけで、俺たちはその後も二時間ほど大分の街を巡ったが、特に収穫はなく、日が暮れようとしていた。

「何もなかったな」

「そうね」

「無駄足だったか」

「でも、ネイロが楽しんでたみたいだし、いいんじゃない? ねえネイロ・・・」

 そう言ったムーとともに後ろを振り向いて、言葉を失った。

 そこにいたのは虚ろな目をしたネイロと一人の、見た目二十代くらいの女性。

 彼女の口元から覗く歯は、いや牙は、鋭くネイロの首に噛み付いていた。鮮やかな赤の髪をなびかせ、美しい赤の眼光でこちらを睨みつける姿はまさに

「吸血鬼!」

 ネイロを助けるために身を乗り出す。

 その俺の動きを見て吸血鬼はすぐに口を離し、とても人間とは思えない跳躍力で横の家の屋根まで一気にジャンプした。

「フハハハハッ!」

 高らかに笑う。

「愉快、愉快! 新たな生贄が来たわ! ハハハッ」

 生贄、ニエ。

 彼はやはり吸血鬼の犠牲者だったか。

 ネイロは意識を失っているようだった。ネイロのことはムーに任せ、俺は吸血鬼から目を離さないようにする。

「フフフ! そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私はもうおなかいっぱい。アハハハハッ! あはっ・・・狂ってしまいそう!」

 先程までのネイロを遥かに凌ぐ、異常なテンションの高さだった。

「今、あなたたちを襲う気はない。ハハハッ! お話しましょう? 私はあなたたちに聞きたいことが沢山あるわ! あなたたちは私に聞きたいことはないの?」

 どうやら襲う意志がないというのは本当らしかった。ネイロが襲われ

「お前は、生まれた時から吸血鬼なのか? それとも、元は人間で吸血鬼になったのか?」

「ハハハハハッ! 生まれた時から吸血鬼? そんなわけないじゃない! 私が吸血鬼になったのは、この世界になってから。さて、ひとつ答えたから、次は私の番ね! ハハハッ! あなたたちは、なぜ、大分に来たのかしら?」

 なぜ、と言われても理由は特になかった。ここに来たのは、俺のバグでワープして来たから・・・そう答えようとして、躊躇う。

 ネイロが話していたことを思い出したのだ。殺し合いが行われていた大阪で、自分の見つけたバグを教えるなど自殺行為だったと。バグは誰でも使えるもの。だから、そうやすやすと他人に教えてはならない。

 ましてや、ネイロを襲った、敵に。

「こっちは答えたのに、そっちは答えないつもり・・・? ハハハハハッ! まあ、いいわ! 気分がいいから、許してあげる。 また会いましょう! ハハハハハッ!」

 

 ネイロは意識を失っているだけで、命に別状はないようだった。また、驚くべきことに、吸血鬼に噛まれた首には一切の傷も牙の痕もなかった。ひとまず横にして寝かせておけばいつか目を覚ますだろう。

「ネイロ・・・」

 ムーはネイロから目を離したことをひどく後悔しているようだった。

「結局あの吸血鬼から引き出せた情報はあいつが元人間だったということだけか・・・」

「・・・なんで彼女はネイロを狙ったのかしら」

「後ろにいたから、じゃないか」

 言ってから、またムーが責任を感じてしまうと思ったが、その心配は杞憂だった。

「そうじゃなくて。血を吸うだけなら他にも人間はいっぱいいたのに、何で私たちを狙ったのか」

 確かに、血を吸うのなら誰でもいいはず。そこら中に血を吸ってもうんともすんとも言わない人間たちがいるのに、何故わざわざ俺たちを襲うのか。

 まあ、気まぐれ、と言ってしまえばそれまでなのだが。

「とにかく、ネイロが目を覚ますまではここを動けないな。また吸血鬼はまた会いましょうと言っていたから、出来るだけ早くここから離れたいが・・・」

 そう言った、その時。

「初めて見る顔だね、可愛いお嬢ちゃん」

 と、突然話しかけてきた男がいた。髪は茶髪、サングラスをかけ、カメラを持っている男。

「はじめまして。僕は、ただのしがない写真家だ。生きている者どうし、手を取り合いたいと思ってるんだけど、どうだろうね?」

 会話を拒否する男、吸血鬼と来て、ようやくまともに話せそうな人に会うことができた。

「敵意はないみたいだな。助かる。こっちもちょうど人を探してたところなんだ」

「それは運がいいね。いや、運命なのかもしれないな。時として神は、お茶目な悪戯をする」

 ムーは傍観を決め込んでいたので、俺がこの写真家と話をすることになった。初めて会った人どうし。まずは自己紹介からだろう。

「俺の名前はバンク。こいつはムー。そして・・・寝てるのがネイロだ」

「ふむふむ。バンクにムーちゃん、ネイロちゃんか。それは、この世界での仮の名前、みたいなものなのかな?」

 ムーとネイロはちゃん付けなのか。またも呼び捨てにされたバンクだった。

「それで合ってる・・・が、なぜちゃん付けなんだ?」

「そりゃ、僕は女の子が大好きだからね。可愛い女の子を見ると、ちゃんをつけずにはいられないのさ」

「そう、なるのか?」

「なるんだよ」

 なるらしかった。

「ふーむ。とりあえず、君たちはどこから来たんだい? 少なくとも昨日の時点で大分には、僕を含め生きている人は三人しかいなかったはずだ」

 断定的なその物言いは、彼に大分県内の人数を把握する術があることを示唆していた。

 また、三人ということは、俺たちは既に大分の、彼がいうところの「生きている人」全員に会ったこととなる。

「俺たちはここにワープしてきた。ワープ先はランダムだから、狙ってここに来たわけではないが」

「へー。ワープか」

 彼の目の色が変わった。ワープという言葉に反応したらしい。端にワープに興味を持っただけか、それとも他の意味があるのか・・・

「・・・ところで、大分にいる三人ってのは、お前と、やつれた男と、吸血鬼で合ってるか?」

「僕はもちろん正解。やつれた男、も多分合ってるだろう。僕が会った時にはやつれてはいなかったが、今そうなっているであろうことは容易に想像がつく。でも、」

 そこで一呼吸置いて、

「吸血鬼、か。それは、赤い目で、赤い髪の可愛い子かな?」

 子という年齢ではなかったような気がする。しかし、まだ会って間もないが、二十代でも三十代でも子と呼びそうな男ではあった。

「ああ、そうだ。赤い目で、赤い髪のやつにネイロは噛まれた」

「噛まれた、だって? ・・・ああ、なんてことだ。こんな可愛い、幼い子供まで犠牲になってしまうとは」

 そう言って写真家はネイロに哀れみの目を向けた。

 犠牲になってしまう。その一言に、俺は最悪の事態を覚悟した。事態は俺たちが思っているよりずっと深刻だったのかもしれない、と。

 しかし、そのタイミングでネイロは、目を覚ました。勝手に殺さないで、と言わんばかりのタイミングだった。

 ムーがネイロの意識を確認する。

「私が誰だか分かる?」

「・・・ムーお姉ちゃん」

 ネイロは目を微かに開きそう呟いた。

「良かった・・・」

 ぽつりと涙を流すムー。

「何で泣いてるの?」

「ネイロが無事に目を覚まして嬉しいからよ」

 ムーが少し恥ずかしそうに言ったその言葉に対し、ネイロは、予想外の、衝撃の言葉を放った。

「嬉シい・・・? 嬉シいってなんだろ・・・」

 場の空気が凍った。一瞬にしてこの空間が絶望で染め上げられる。

「おい、どういうことだ・・・?」

 言葉を絞り出し、写真家に言う。

「・・・彼女は吸血鬼じゃない。彼女が吸うのは、血ではなく、感情。吸血鬼ならぬ、吸情鬼なんだ」

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