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理壊不能  作者: 月夜陽
第一章
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第五話「誇り」

 第五話「誇り」

 

 完全に、油断していた。

 ヒトゴロシが、昨日の今日でもうここに来るとは。しかも、二階の窓から入ってきたところを見るとこの学校にいることが分かっていたらしい。どうやって知った?

「ふぅ。多分答えないんだろうが一応聞いとくぜ。あの姉ちゃんはどこにいるんだ?」

「・・・答えない」

「だろうな。じゃあお前を殺した後で、じっくり探すとするか・・・」

 非常にまずい。俺は寝起きで、丸腰だ。このままでは俺が呆気なく殺された後、ムーをじっくり探されてしまう可能性が高い。せめてこの状況をどうにかムーに伝えたいものだが、それも難しい。

「ああ、そういや土産があるぜ」

 と、右肩に担いでいた人をこちらに無造作に投げる。 その時、俺はヒトゴロシが昨日はつけていなかった手袋をつけていたことに気づいた。

「ここに来る途中で殺したんだが・・・もしかしたらまだ生きてるかもしれないぞ」

 そう言われてしまえば生死を確かめざるを得ない。ヒトゴロシから目を離さないように慎重に投げられた人に近づいて脈を測る。

 冷たい。

 脈も、ない。

 完全に死んでいた。

「死んでたか、そりゃ、残念だったな」

 心にもないことを言う。

「・・・なぜ、この人を殺した?」

「なぜって? 分かりきったことを聞くなあ。俺が人を殺すのは、基本仕事だけだ。てか、こいつの顔写真はお前に見せただろうよ」

 あの時、三枚の写真を見せられた。だが、ムーがその中にいた衝撃が大きすぎて残りの二人の顔を俺は覚えていなかった。申し訳なさが心を満たす。

 せめて安らかに、眠ってくれ。

「さて、今からの殺しは仕事じゃない。例外だ。ああムカつく、ムカつくぜ。強いて言うなら、俺から俺への依頼・・・自分からの依頼とはいえ、受けた仕事は必ず果たさなくちゃなあ」

 ヒトゴロシは全身にまとっていたナイフのうちの数本を投げた。そして両手にもナイフを構えてこちらに突進。

 投げられたナイフが足元に来たのでジャンプして避ける。避けながら、足を閉じる。昨日結局一回しか成功しなかったバグだが、今は今日の自分に、自分の運に期待するしかない。

 俺はこいつから逃げる時跳んでばっかりだ、などと思いながら、俺はニ階の床を貫通して一階に落ちていった。それは本当に一瞬だった。

「痛っ」

 頭を打った。

 すぐに体勢を立て直し、走り出す。とりあえず、ムーとネイロと合流を・・・

 

 綺麗なピアノの音が音楽室に響く。

「やっぱり、上手いわね」

「ありがとー。ムーお姉ちゃんもピアノ弾くの?」

「弾けるけど、ネイロほど上手くはないわ」

 私はそれほど真面目にピアノを習っていたわけではなかったけど、それでも、ネイロのピアノの技術は、子供のそれをとうに超えていることは分かる。

「あたシもまだまだだよー」

 そう言い謙遜するネイロ。

「ずっと気になっていたんだけど、その喋り方は、奈良の方言なのかしら?」

「ソんな方言はないよー。ムーお姉ちゃんの奈良へのイメージはドんなのなの?」

「奈良は・・・鹿がいるというイメージしかないわね。その鹿もまだ見かけてないけど」

「ずっと学校の中にいるもんねー」

「もしかして鹿の鳴き声の真似なの?」

 鹿がどのように鳴くのか私は知らなかった。まあそれでも流石にこれは冗談だけど。暗いこと続きだから、たまには冗談でも言って明るい雰囲気にしなけれればやってられない。

「鹿の鳴き声は全然違うよー。あたシのこの喋り方は、呪い、ミたいなものかなー。分かんないけドねー、多分」

「? 誰かに、呪われているの?」

「ううん。あたシの喋り方は、世界が変わった時かラこう。こんな喋り方シかできない。誰かに呪わレてるわけじゃないけド・・・言うなラ、この世界に呪わレてる」

 何か、心当たりがあるようだった。

「・・・なんで、そう思うの?」

「あたシは、この世界に本来存在シてはいけないバグだかラ」

「それは、でも、私やバンクも同じじゃない?」

「違うよ。あたシはバグの中のバグ。だってあたシは・・・」

 

 目の前でいきなり消えた。

 その事象だけを見れば前回撒かれた時と同じだったが、恐らくこれは違うものだ。使ったのは、違うバグだ。

 今回は消えたというよりも床をすり抜けて落ちていったという感じに見えた。

 ・・・なら、次にあいつが取る行動は?

 これは勿論、あの女との合流だろう。

 しかし俺はあの女の場所が分からない。女が外にいても、あいつはそう遠くまではいけないはず。もし建物の中にいるなら、一階にいるか二階以上にいるかということになるが・・・

 どちらにせよ、俺が今行くべきは階段だな。

 獲物に逃げ切られないように突っ走る。小学生の頃、走ってはいけないと口うるさく言われていた廊下を全力で走る。あれは他人にぶつかって怪我をするのを防ぐためなのだから、人がいない今走ることは何も問題はない。

 正確には人はいるが、その人にはなんならぶつかりたいくらいだ。

「はっ。見つけたぜ」

 階段で、丁度上がってくるところを発見した。俺に気づいてすぐさま踵を返す。

 さて、俺はどうするか。

 やつが上がってきたということは女は二階以上にいるということ。どうせあいつはここから出れないのだし、先に女を探してもいいが・・・女に逃げられる可能性も低いし、場所が割れてるこっちからやるか。

 階段を十数段跳ばし、踊り場を経由して二回のジャンプで一階に下りる。まだ視界にいた。離れているが、足は俺の方が速かったので追いつける。

 と、ここで角を曲がったあいつが急に方向を転換して手前の部屋に入っていった。俺も慌てて方向転換する。

「なんだあ? フェイントか?」

 言ってみたものの、そうではない気がする。あいつが入った先は保健室。

「なぜムーを狙う?」

 部屋に入るなり、カーテンの向こうからそう聞かれた。

「ムー? そりゃあの女のことか? 言うまでもなく、それが仕事だからだ」

「・・・そういうことじゃない。なぜムーが狙われているかを聞いている」

「俺の依頼主がなぜあいつを殺したがるのかってことかあ? それは話せねえわな。信用は命の次に大事なんでね」

 話さないのではなく知らないから話せない、なのだがもし知っていても俺は言わない。

 信用は命より大事。だから、受けた仕事は必ず果たす。これは俺の殺し屋としてのモットーであり、誇りでもある。

 そう、誇りだ。

 俺はこれを誇らなければならない。

 

「⬛️⬛️、お前は殺し屋になるのだ。父である俺さえ超えられるように励め」

 父は厳しい人だった。

 俺の家は先祖代々続く殺し屋の家系。俺は三歳の時から殺し屋としての技術と、思想を叩き込まれた。

「殺し屋に感情などいらない。機械のように、粛々と殺るべきことをこなせばいいのだ」

 父はこの言葉をことある度に持ち出した。少しでも喜び、怒り、悲しみ、楽しむと制裁の拳が飛んできた。

 しかし、子供の頃は学校にも通わず、ひたすら修行に明け暮れる日々、ではなかった。父曰く、殺し屋は世間に溶け込む影のような存在。

「世間を知れ。お前が殺していく、脆く、哀れな人間たちを知れ。間違っても情などは移すな。あれらは虫だ、穢れた虫なのだ」

 子供の頃の俺は、この教えを忠実に守った。適度に他人と関わり、普通に授業を受け、無難な成績を取って学校生活を過ごした。

 そして、ついにその時が来た。

「十三になったか。では、この仕事をお前に任せる。簡単な仕事だ」

 初仕事のターゲットは

 殺し方は自由。

 毒殺をしても良かったが、俺は父親に自分が冷酷な人間であると示すため、自ら殺しに出向いた。

 仕事は、正直言って楽勝だった。

 些細な、あっけないことで人は容易く死ぬ。俺はターゲットの心臓を一刺しにし、その場を立ち去ろうとした。

「⬛️⬛️・・・」

 だがその時、ターゲットが喋った。振り返ると、彼の前に彼の娘がいた。

「お父さん!!」

「⬛️⬛️、救急車を・・・」

 間違いなく心臓を刺した。放っておいても、どうせ死ぬ。しかし、もし失敗していたら?救急車が間に合ってしまったら?

 初仕事を失敗してしまったら俺は、父に殺されてもおかしくない。 

 とどめを、刺さなければ。

 ここで俺はとどめを刺すのを、躊躇した。殺し屋として、あるまじき行為。俺はあの娘の前で彼にとどめを刺すことを、可哀想だと思ってしまった。

 俺は感情のない、冷酷な人間になどなれてはいなかった。そうなることなど、出来るわけがなかったのかもしれない。人間がその脳で思考を続ける限り、感情は生まれてしまう。芽生えてしまう。人間に感情があるのは、言うならば世の理なのだ。

 だから、俺は初めて人を殺した。

 自分を殺した。

 人を殺したくないという、自分の感情を押し殺した。

「初仕事は、まあ上々だな。これからお前は本格的にこの業界に入ることになる。俺からの教えを忘れずに、励め」

 学校に通いながら、世間に溶け込みながら、殺し屋として動く。いくつかの仕事をこなしながら、俺は何度も、この仕事から逃げたくなった。

 しかし、俺の手はもう汚れてしまっている。今更、他の仕事をしたいなんて烏滸がましいことは言えない。しかも、幸か不幸か、技術面において確実に俺は殺し屋の才能があった。

 何回目の仕事だったか忘れたが、ある客が俺にこう言った。

「いやあ、君に頼んで本当に良かった。依頼から仕事達成までの速さ、殺人の手際の良さ、どれを取っても君は最強の殺し屋だよ」

 最強の殺し屋。

 そうだ、これまでに俺が殺した人たちは、最強の殺し屋を生むための礎となったのだ。そんな風に自分を納得させることにした。

 そして、だからこそ、俺はこの仕事から逃げてはいけないと思った。俺が殺し屋をやめてしまえば、俺は彼らの死に意味を見出せなくなってしまう。感情がある、殺し屋とて未熟な俺がこの仕事から逃げないために、俺は自分自身に縛りを課した。

「受けた仕事は必ず果たす」

 この縛りはいつしか、俺の口癖になった。

 自分を洗脳するのだ。狂わせろ。狂ってしまえば、大抵のことは成せる。もう昔の自分など捨ててしまえ。

 二十歳を過ぎて、もう何人殺したか分からなくなってきた頃、父から結婚相手を紹介された。政略結婚というやつだ。

「初めまして、⬛️⬛️さん。⬛️⬛️と申します。あなたのお噂はかねがね聞いておりました。受けた仕事は必ず果たす最強の殺し屋だと。私、自分の誇りを持っていらっしゃる方は嫌いではありません」

 心からの言葉には聞こえなかった。所詮、社交辞令。

 だがその言葉は俺の心に深く刺さった。俺が自分に課した縛りを、誇りと言った。これはそんな、大層なものではないのに。

 俺たち夫婦は世間に溶け込む。娘も生まれる。名を⬛️⬛️と名付けた。娘には、殺し屋とは関係なく、幸せな人生を歩んでほしかったから。俺は娘を殺し屋にはしたくなかった。同じ苦しみを、娘に味わわせたくなかった。

 しかし、父がこれを許さないであろうことは想像に難くなかった。あの人間は完全に感情を捨て切って、家を殺し屋の一家として続けさせることだけを考えている。

 だから娘の存在は父には隠した。

 妻も交通事故で亡くなるまで、娘の幸せを第一に考えていた。

 娘には俺の分まで幸せを与えた。欲しいと言ったおもちゃを買い与えた。ピアノを習いたいと言ったので、ピアノ教室に通わせた。学校の友達を家に連れてきて遊んでいることもあった。

 全ては順調に思えた。

 だがそんな日々は、長くは続かなかった。隠していたことは、いつかはバレる。奇しくも、その日は娘の十一歳の誕生日だった。

 いつもの通り仕事のために客に会いにいくと、そこにいたのは父親だった。

「依頼人は急な都合で来れなくなったそうだ。だから、俺が伝言を頼まれた」

 嫌な予感がした。

「今回のお前のターゲットは、お前の娘だ。勿論、受けた仕事は必ず果たすのだろう?」

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