第三話「理壊不能」
第三話「理壊不能」
「ここは・・・?」
まだムーが状況を飲み込めずにいるが、生憎ゆっくり説明している時間はなかった。
「とりあえず俺についてきてくれ」
ムーの手を掴み、立ち上がらせた後で、今日探索する予定だったエリアに向かう。
「まずはこれを見て」
ムーの方に左手を向けた。正確には、左手についている腕時計を。
「何これ・・・針が一本しかない」
そう。この時計についている針は六十秒で一周する針一本のみ。勿論、ずっとこんな時計をつけていたわけではない。バグを使い、この家に入った瞬間、腕時計はタイムリミットを表す装置へと変わるのである。
「俺の見つけたバグについてとうとう説明できないままここに来てしまったが、既に体験してもらった通りこういうことだ」
昨日行けなかった廊下にたどり着いた。扉は、四つ。近い方から順に開けていく。
「右手を左手の腕時計の上に乗せながらジャンプすると、この家にワープする。そしてここには一日一回、一分だけしか来ることができない」
それが、俺の見つけたバグだった。
俺がこのバグを発見したのは十月五日。よってこれまでに五分間、この家を探索することができた。一日目は驚きのあまり何もできずに一分が終わったが、二日目からは一階の探索に入った。今日が最後の一階の探索である。
探索といってもまだこの家の形を把握して各部屋の中も一通り見ただけに過ぎない。もっとちゃんと調べたいのだが、いかんせん時間がなかった。
このことを事前に説明することができていれば今二手に分かれて効率よく探索することができていたのだが・・・
「ここはどこなの?」
「まだ、分からない。今の所。世界の何処かかも知れないし、異世界かも知れない。窓から外を見たが家の周りは庭、そしてその周りは塀で囲まれていて外の様子は確認できなかった」
ただし、その塀の高さはとても二階ほどはなかった。だから、二階の窓から見れば外の様子が確認できる可能性は高い。二階への階段は昨日の探索でようやく見つけることができたので今日は二階に行く手もあったのだが、二階が未知で若干不安要素があることと一階の探索が残り少なかったこともあり、一階の探索を優先させた。
「ここはどこかは分からないが、俺は初めてここに来た時からある予感があった。ここには世界が壊れた理由につながる何かがあるんじゃないかと」
三つ目の部屋で、やけに目立つ場所に紙切れが置いてあった。詳しく見るのは後にして、ポケットに突っ込んでおく。
「なるほどね・・・この世界を直す手がかりが見つかるかもしれない、って言ったのはそういうこと。でも、待って。確かに、私はあの結界の中から出ることはできたけれど、その、制限時間一分が経つと、私たちはどうなるの?」
「一分が経てば、俺たちは世界の何処かにワープする。もっとも、これまでの五回全て日本国内にワープしたから、多分世界の何処かではなく日本の何処かだろうが」
これこそが、俺があの場所を愛知だと知らなかった理由である。
さて、一分とは、短いもので。
もう針は五十五秒を指していた。
四つの部屋を見て回ることはできたので、これで一階の探索は一旦終了と言っていいだろう。明日はついに二階にいくことになる。
不安なので、一応ムーとは手を繋いでおく。ムーにはここを出た後改めて説明する必要があるだろう。明日の探索こそは二手に分かれて行いたい。
六日目の探索は、そんな感じで終わった。
短い夢を見た。
「お兄ちゃん」
いや、これは夢じゃない、記憶だ。前の世界の記憶。学校帰り、突然見知らぬ少女に話しかけられた記憶。
「何を言ったらいいんだろ・・・私がここで何を言っても、運命は変わらないだろうし・・・世界が壊れる運命は」
何を言っているのかは分からなかったが、少女は何を話すべきかを慎重に考えているようだった。
「一つ言えることは、お兄ちゃんは私に必要な存在だってこと。例えるなら、お兄ちゃんは私にとっての銀行のようなもの。だから、もし世界が壊れたら、必ず私に会いにきて。私はいつでもどこでもお兄ちゃんを待ってる」
少女は消えた。謎と約束だけを残して。
俺はあの家から出てワープする時、できれば人の少ないところに出てほしいと祈っている。人目を気にしていると思われるかもしれないが、むしろ逆だ。この世界の人間は俺が道の真ん中に突然ワープしても何事もなかったかのように各自がしていたことを続けるだろう。そういう、人間だ。
だから俺は、彼らに出来るだけ会いたくないのだ。
これまでのワープは大概上手くいっていた。まあ前回は人通りの多い道に出たわけだが、すぐ近くに人のいない狭い道があったので問題はなかった。その先で生首を見ることになるわけだが。
で、今回のワープはどうだったかというと、大失敗だった。
「学校?」
学校の廊下に出た。授業中のようで、教室からは小学生たちの声が聞こえる。
「丸橋さん、どうぞ」
「はい。教科書の四十二ページの七行目を見てください。この時の空の色はいつもより青く見えた、と書いてあります。これは、主人公の男の子の気持ちを空の色に例えて表現しているのではないでしょうか」
「なるほど、いい意見だね。そう考えると、いつもより青く見えた時の気持ちというのは、どんな気持ちを表しているんだろう」
気味が悪かった。
そんな、国語のテストの聞き取り問題のようなグループ活動の会話を、それが正しいと信じて疑わない感情のない子供たちが、ただ正しさを果たすだけの機械のように話しているのが途轍もなく気持ち悪かった。
「離れましょう」
ムーの提案に無言で頷き、教室から遠ざかる。早くここから出なければ。こんな気持ちの悪い言葉を、永遠に聞くことになってしまう。
どうやら俺たちが出たここは四階らしかった。階段で一階に向かうのだが、四階と三階の間の踊り場を降りたあたりで、ピアノの音が、生徒達の雑音を超えてどこからか聞こえてきた。
それはすごく、悲しい音だった。
「「悲愴」ね」
「ヒソウ?」
「ベートーヴェンのピアノ・ソナタよ。標題の悲愴の意味は、深い悲しみ」
確かに、悲しさが伝わってくるメロディだった。悲しさが・・・悲しさ?
そんな感情、彼らが持っているはずがない。ただ、音楽として弾いている可能性もゼロではないが、弾いている人間はもしかしたら、前の世界を憶えている人間なのではないか。
「もし違っても戻ってこればいいだけだし、行ってみる価値はあるかもね」
かくして、少し進路を変更してピアノの音がする方、音楽室へ向かうことになった。
音楽室は三階の隅にあった。
中から人の声は聞こえず、聞こえてくるのはピアノの音だけ。中にいるのが全身にナイフをまとったサイコパスみたいな人でないことを願って、扉を開ける。
中には、一人の少女がいた。金髪の少女。こちらが彼女に気づくと同時に、彼女もまた、こちらを向いた。
「君たち、バグー?」
ビンゴ。仲間を一人見つけることができた。
「バグと言われれば、確かにバグだ」
「うん、あたシと会話できてる時点で十分だよー」
彼女はピアノの演奏を止め、座っていた椅子から下りた。それから、演奏会を終えたピアニストのように、こちらに一礼して言う。
「あたシの名前は「ネイロ」。よろシくねー」
「俺は「バンク」そして」
「ムーお姉ちゃんと呼んで」
「はーい。バンクと、ムーお姉ちゃんねー」
俺は呼び捨てなのかよ。くそ、バンクお兄ちゃんと呼んでくれ、と言っておけばよかったか。
「ドう見ても、日本人だよね? なのにバンク・・・もシかシて、トウソウと会ったー?」
独特なイントネーションの喋り方が気になって話が頭に入ってこないのだが・・・トウソウ? そう言ったのか? 俺たちと同じ境遇で、旅をしている、世界アップデート論の考案者の名を。
「ネイロも、トウソウに会ったの?」
「うん、つい昨日ねー。色々話を聞いたよー」
トウソウはここにも来たのか。ここにも・・・おっと、忘れるところだった。前回の反省を活かさなければな。
「ネイロ、ここは何県なんだ?」
「ここはー奈良だよー」
俺たちがさっきまでいたところが愛知で、ここが奈良か。
隣のムーに小声で聞く。
「ムーがトウソウに会ったのはいつだ」
「私が会ったのは三日前、いや、四日前か」
トウソウは先に愛知に来ていた。ということは、トウソウは西から来たらしい。まあ彼が俺の発見したバグのようにワープして旅をしている可能性もあるので、そんなものは関係ないかも知れないが。
「こソこソしゃべラないでよー。ほラほラ、あたシに聞きたいこととか、色々あるんじゃない?」
「・・・そうだな。俺たちは、この世界を直すことを目標としている。そこで、聞きたいんだが、この世界がなぜこうなったのか、その原因、またそれに関わることでもいい。何でもいいから、知ってることはないか」
現状分かっていることは、
十月五日の九時過ぎに世界が真っ白になる瞬間があり、それから世界は変わったこと。
この世界のほとんどの人間は感情がなく、機械のように与えられた役目を果たすだけの存在だということ。
特定の行動をすることで、前の世界では超能力や魔法の類に分類されるような事象、バグを起こすことができること。
「世界を直す・・・考えてもミなかった。いいよ、あたシに出来ることがあれば協力する。あたシが知ってることは、ほとんドトウソウから聞いたことだけど・・・」
「そっちの方が後にトウソウに会ってる。もしかしたらこっちが聞いていない情報があるかもしれない」
ネイロが話し始める。最初の内容はこちらが知っている情報と同じものであったが、途中から新しい情報が出てきた。
「あたシは元々、世界が変わったとき大阪にいたんだけドー」
大阪。頭の中で日本地図を思い浮かべる。大阪と奈良は隣接していただろうか。記憶が曖昧だが、なんとなく隣接している気がする。
「ここまで避難シてきたんだー」
「避難? 大阪で何があったの?」
ムーが聞く。
「殺シ合い、かなー。複雑な事情とかがあるんだろうけド、あたシには殺シ合いをシてるようにシか見えなかった。だかラ、大阪には近づかない方がいいよー」
最後に忠告をもらったが、ワープで日本各地を回っている身としては、残念ながらその忠告を生かすことはできなそうだった。
それにしても、殺し合い。なぜ殺し合う?ただでさえまともに話せるような人間が少ないのに、その中で殺し合って何になるというのか。そうさせるほどの複雑な事情とはなんなのか。何にせよ、今度からワープするときに祈ることがひとつ増えた。殺し合いには巻き込まれたくない。
「ソんなとこかなー。私が知ってるのは」
「何か見つけたバグはないのか?」
「え、あるけど、いうわけ・・・別に言ってもいいのかー」
「?」
「大阪にはいた頃は、見つけたバグを他人に教えるなんて自殺行為だったかラ・・・だって、バグは、漫画とかアニメの一人一能力と違って、条件を満たせば誰でも使えるものでしょう?」
「・・・確かに」
ムーが使っていたすり抜けバグも、やり方を教えてもらえば俺も使うことができるのだ。勿論、その逆も。なぜこんな単純なことに気付いてなかったのだろう。
横でムーが、私は気付いてたけどね、というような顔をしていた。気付いてたなら教えてくれよ。バグというものの性質上、教えるほどのことでもないと言われればそれまでだが。
「じゃ、行こっかー」
そう言ってネイロは音楽室のドアへ歩き出す。
「バグを教えてくれるんじゃないのかしら?」
「ソうだよー、いいかラおいでー」
どこに行くのかはわからなかったが、とりあえずついていってみるか、と向きを変えたその時、無造作にポケットに突っ込んだ右手が紙切れを掴んだ。今まですっかり忘れていた、今日の探索の成果のひとつである。
重要なことが書かれているかもしれない。即座に取り出し、見る。
「・・・ちょっと待て、ネイロ」
「なにー?」
「これ、弾けるか」
紙切れに書いてあったのは、楽譜だった。
「余裕だよー」
紙切れを俺から奪い、軽やかなステップでピアノの前に戻るネイロ。そして鍵盤に指をかける次の瞬間、聞こえてきたのは、ピアノの音ではなかった。なんなら、聞いたのは耳ではなく脳だった。
脳に直接、声が流れ込む。
それは聞き覚えのある声だった。
「世界は壊せても、理は壊せないんだよ、お兄ちゃん」




