第二話「ヒトゴロシ」
第二話「ヒトゴロシ」
「起きてよ、私をここから出してくれるんでしょう?」
そこまで長く寝るつもりはなかったのだが、ムーに起こされた時すでに太陽は昇っていた。腕時計は十一時過ぎを指している。
昨日ここに寝そべった時の疲れが嘘のように体は軽かった。ゆっくりと立ち上がり、長い伸びをしてムーに話しかける。
「さて、今から俺の見つけたバグを使ってここから出るわけなんだが・・・その前にちゃんとこのバグ説明しておかないといけない。時間がないからな」
「? 時間がないなら、説明を省くべきじゃ? 時間があるから説明が・・・あれ? いや時間が説明する時間が・・・」
俺の言葉足らずでムーを混乱させてしまったらしい。反省だ。
「時間がない、っていうのは今じゃない。まあこれは多分先にバグを説明してしまった方が早いな」
「あ、待って」
なんだ?
「お腹、すかない?」
そう言われてみれば、確かにすいている。既に衣食住の住を失っている我が身とはいえ、食を失うのは流石にまずかった。思えばこの三字熟語、バランスが取れてなくないか。衣住と食では重要度は桁違いだ。
「すいてるな、何か食べたい。でも食べ物はどこに? ここを動けないのにどうやって生きてきたんだ?」
「食べ物なら、そこにあるわ」
言いつつ、指を差す。その動作にデジャヴを感じた。つまりムーの指差した先にあったのは・・・例の首吊り死体の住まう家である。
「住んでた人は、災害とかの意識が高い人だったんでしょうね。水や非常食が、大量にあった」
「なるほど・・・」
俺の表情を見て察したのか、ムーは
「じゃあ私が取ってくる」
と言って窓を開けて入っていった。
助かる。俺はもうあの死体を見たくはない。
しばらくして、ムーは缶詰などを持って戻ってきた。
朝食なのか昼食なのか分からない食事を食べていると、さっきの話をする雰囲気はどこかに行ってしい、
「そういえば、バンクは何歳なの?」
この食事中は昨日出来なかった情報交換もとい雑談をして過ごすこととなった。
しかし、後から考えればこれは失敗だった。この時間に説明ができていれば、慌てることもなかったし、会うことすらなかったかもしれない。だがこの時の俺はそんなことは露ほども思っておらず、ただ久しぶりの会話を楽しんでいた。
「俺は十八歳。ムーは?」
「十九」
勝ち誇ったように言う。
「私は実は大学生だったの。ムーお姉ちゃんと呼んでくれても構わなくってよ?」
喋り方がマリー・アントワネットみたいになっている。俺たちがおかれている状況は、パンがないから缶詰を食べるか・・・というあまりにもマリー・アントワネットとはかけ離れた状況なんだが。
「お姉ちゃん、か。一人っ子には憧れる響きではあるが、今更そう呼ぶ気にはなれないな」
「あ、一人っ子なんだ。私も。愛知に来てから会った友達みんな兄弟いたからなんか新鮮」
「へー、ここ愛知なのか」
「え?」
「え?」
「ここがどこか、分かってなかったの? 大丈夫? 今日が何月何日か分かる? 自分の名前言える?」
「自分の名前は言えないだろ」
正確には、昨日決めたバンクという名前があるのだが・・・反射的に突っ込んでしまった。
「そして今日は、十月十日、で合ってるか?」
「六日目だから・・・うん十日ね」
場所を知らなかった俺でも、流石に日付を忘れるわけはなかった。十月五日。この日付を忘れることは一生ないだろう。世界が壊れた日。世界アップデート論によれば、世界がアップデートされた日。
「あれから六日も経ったのね・・・今でもついさっきのことのように思い出せるけれど。あの、世界が真っ白になる瞬間を」
世界が真っ白になる瞬間?
「待て、ちょっと、詳しく聞かせてくれないか」
「詳しくって、何を? まさか、あの日のことを憶えてないの?」
「いや、実は・・・俺は五日の朝の記憶がないんだ。俺の十月五日は、この世界から始まってる」
あの日を思い出す。俺がこの世界で目覚めた時刻は朝の九時過ぎだった。そのことを話すと、
「ちょうどそれが起こったのも九時過ぎだったから、多分、こういうことなんじゃないかしら。考えたことがあるの。私はあの日、平日で大学があったから起きてたけど、もしあの時寝てたら何があったか分からないままこの世界に来てたんじゃないかって」
と言われた。納得のいく説ではあった。俺はその時寝ていたのか。
「いや、でも俺も高校があったそ」
「じゃあ、寝坊ね」
寝坊で学校を数回遅刻したことがある身としては、言い返せなかった。どうやらあの日、世界が壊れたおかげで俺は高校を遅刻して怒られるのを免れたらしい。代償がでかすぎる。
「まあ、あの瞬間を見てても何があったかは分からなかったから、あまり変わりはないでしょうけど」
「世界が真っ白になる、ってどんな感じだったんだ?」
「そのまんまよ。視界が急に真っ白になって・・・なんて言ったらいいんかしら、真っ白な空間に、自分だけが浮いているような感覚」
そう言うと空になった缶詰の缶を置き、立ち上がった。このゴミはどうするんだろうと思ったが、この道にゴミが何ひとつないことを見るとムーがこれまでに食べた物のゴミは全部どこかに、恐らく首吊り死体の家に、捨てたと思われるので、その心配はないようだ。捨てる時は俺のも一緒に捨ててきてくれ、という思いを込めて自分のゴミをムーのものの横に置いておく。
二人とも食事を食べ終わったところで、本題。
俺の発見したバグについて説明するつもりだったが、それはムーの質問に遮られた。
「私が昨日言った質問、覚えてる? 私たちはなぜこの世界に残されたのか、私たちは何をするべきなのかってやつ」
「ああ、覚えてる」
「世界が変わってから、ずっと考えてきたけど・・・納得できる答えは出なかった。バンクは、どう思う?」
ムーはそう言ったが、きっと彼女も心の中では決めていたに違いない。
「・・・なぜ残されたのか、はまだ分からないが、何をするべきなのか、は明確だろう」
人々は喜ばず、怒らず、悲しまず、楽しまず、憎まず、恨まず、妬まず、争わない、
「こんな世界になってしまったのなら、俺はそれを直すために動く」
「・・・そうよね、それがいい」
やはりムーも同じ思いだったのだろう、満面の笑みでそう答えた。
「そのためにはまずこの世界についてもっと知る必要があるが・・・それについての手がかりも俺が今から説明するバグを使えば見つかるかもしれない」
「・・・そのバグは、私をここから出すこともできるし、この世界を直す手がかりも見つけられるの? どういうバグ?」
その疑問はもっともだ。
さて、長くなったがようやく本題に入ることができる。俺が発見したバグがどんなものなのか、説明の時間だ。
「じゃあ俺の発見したバグについて説明するが・・・」
「こんにちは、というべきか?」
またしても、説明は遮られた。突然の後ろからの声によって。
彼らがこの道に入ってくることはできない。つまり、この声は仲間・・・そう思い後ろを振り向くと、そこには俺たちと同じ境遇ではあるにしろ、仲間とは呼べない風貌をした男が立っていた。
両手にナイフ。
ポケットにナイフ。
両足にナイフ。
胴体にもナイフ。
全身にナイフをまとった、危険すぎる男。
気づくとムーは怯えて俺の後ろに隠れていたが、身長差があるのでかなりきつい体勢でしゃがむことになっていた。
「そう怖がるなよ、俺は別に無差別猟奇的殺人鬼っていうわけじゃねえ。誰でもいいから殺したいとかいう連中とは違うんだ。勿論、お前らを殺す気もねえ」
手に持っているナイフでジャグリングをしながら、言う。嘘をついている様子はないが、それでも危険であるのに変わりはない。
「殺人鬼でないなら、お前全身にまとっているナイフはなんだ?」
「ん? これは飾りみたいなもんだ。普段使うことはないが、持っていて困ることもないからつけてる。俺は殺人鬼ではないが、人は殺すからな」
平然と言った。この男は人を殺すことに対して特になんの感情も抱いていないようだった。人は、それをサイコパスという。
「俺の名は殺し屋・・・「ヒトゴロシ」とでも呼んでくれ」
「殺し屋・・・?」
「そう、殺し屋だ。もし殺したいやつがいるなら仕事は承るぜ? 安心しろ、俺は受けた仕事は必ず果たす。ただでさえ生きにくいこの業界、信用は命の次に大事なもんだからなぁ」
殺し屋が、命の重要性を語るか。
「殺したいやつはいない・・・強いて言うなら今一番俺の前から消えてほしいのはお前だよ」
「かっ。そうかいそうかい。まあそう毛嫌いせずに、話だけでも聞いてくれないか。俺は人を探してるだけなんだ。どれだったかな・・・」
ヒトゴロシは自分についているナイフをひとつ手に取ると、これは違うな、と言って元ついていたところに戻した。何かを探している様だった。
その後もナイフを順番に手に取り、吟味する作業をしていた。
「全くやりにくくなったぜ。殺し屋なんていうが、やってることの大半は人探しだ。ターゲットはほとんど戸籍のない奴らばっかだから調べらんねえし・・・話を聞こうにもほとんどの奴が話になんねえしよ」
などと愚痴を言いながら、ナイフを仕分けるように二本ほど、地面に落としていた。
そして
「ああ、これだな」
と左足についていたナイフを持ちながら言うと、先ほど落とした二本のナイフを拾いあげ、三本ともを上に投げた。
危ない、と思い、上空に投げられたナイフに目をやり、その落下地点を読む。だが意味はなかった。なぜなら、落ちてきたのはナイフではなかったからである。
三本のナイフは上空でヒラヒラ舞う紙へと変わり、空気抵抗を受けながらゆっくりと地面に落ちてきた。落ちた紙を見る。どうやら、写真だ。
「こいつらが今回の俺のターゲットなんだが、お前ら何か知らないか? どこかで会ってたり、見かけてたり・・・」
三枚の写真はこちらに向けられた。そして驚いてしまった。しまった、今の驚きが顔に出ていなければいいが。
「ん? 知ってるやつがいるのか? どいつだ?」
そう言って写真を自分に向けて改めるヒトゴロシ・・・も気づいてしまった。
「後ろの姉ちゃん、顔をよく見せてみな」
まずい。絶対に顔を出すな、と言う俺の願いは残念ながら届かず、ムーはその顔をヒトゴロシに見せてしまった。
「ふぅ・・・さっきお前らを殺す気はないと言ったが、あれは撤回だ。忘れてくれ」
ナイフを構えた。
「俺は受けた仕事は必ず果たすんだ。信用に関わるんでね。だから兄ちゃん、そこ、どいてくれねえか。あんたは別に俺のターゲットじゃねえし、殺す理由はない。俺は快楽殺人鬼じゃねえんだ。でも、どかないようなら・・・」
その先は言わなくてもわかるだろ、という圧を感じた。
俺が今ここをどいたなら、ムーが殺されてしまうだろう。だがここをどかなければ、俺は殺されてしまうだろう。その場合は、結界のせいでここから出れないムーも結局殺されてしまうのだろうが。二人死ぬか、一人死ぬか。
後ろのムーが、小声で私は見捨てて、と言ってるのが聞こえた。
・・・目の前にいるヒトゴロシなんかは、ここで迷わず一人死ぬを選べるのだろう。選べてしまうのだろう。また、この世界の、感情のない彼らも、迷わず一人死ぬを選ぶのだろう。
だからこそ、俺は、そんな風にはなりたくなかった。俺はムーを見殺しにはしたくなかった。
「・・・どかないんだな?」
小声で後ろにいるムーに話しかける。
「俺にしっかり捕まって、俺がジャンプしたら、一緒にジャンプしてくれ」
殺されるのが先か、逃げ切るのが先か、一発賭けに出るしかない。
ヒトゴロシが動き出す。そのナイフに、殺気を込めて。
俺は右手を左手の腕時計の上に置いた。
「行くぞ!」
二人は同時にジャンプした。突然の不可解な行動に驚くヒトゴロシを見下ろしながら、ドヤ顔で勝ち誇る。
「あばよ」
次の瞬間、バグは起きた。
俺の発見したバグ。
そのバグによって、俺たち、バンクとムーは、さっきまでいた狭い道とは打って違う広い家の中にワープしたのだった。




