まさかホントにやりやがるとは……
「なぜ精霊に愛されたら眠れないし死ねないの?」
わたしは懐かしい夢を見ていた。
あれは確か8年前、
王都に向かう馬車の中、父との会話。
「それが精霊の価値観だからだろう。
人間は眠っている間は何もしない、活動を休止する。遊ぶのが大好きな精霊には無駄な行為でしかないのかもしれないな。そして寿命が短いのもまた然り」
「うーん…眠れないなんて可哀想だわ」
「そうだな、イグリード様は本当はもう疲れているのかもしれないな。彼がどこにいるのかは誰も知らないが、この世界のどこかで、終わらない永遠の時の中で孤独に打ち震えているのかもしれない……」
その時のお父さまの目は何か遠いものを
見ているようだった。
「ジュリもイグリード様から予言を授けられた身だ。もしかしたらいつかイグリード様に会うかもしれない。その時、イグリード様が寂しい思いをされていたら、ジュリはどうする?」
「もちろん、寂しくならないように楽しい事を沢山教えて差し上げます!仔猫のはちきれそうなむっちりお腹を触る幸せや、国境騎士団式の鍛錬法も教えて差し上げます。わたしにお任せあれ!です」
「ははは!ジュリは優しいし、独特の観点を持っていて面白いからな。きっとイグリード様もお喜びになるだろう」
そうだといいな。
あの時のわたしがそう思った事を、覚えている。
その後すぐに城でジノン様に出会って、
それからはドタバタの日々だった……。
本当に忙しくて可笑しくて、愛おしい日々だった。
夢の中で次々に映像化される懐かしい光景に
別れを告げるように、
わたしの意識はゆっくりと覚醒した。
城を出て、そのまま馬車で一週間かけて
領地に戻って早5日、
わたしはとっくにアルジノン様の事など
キレイさっぱり忘れて、
新しい人生に向けて日々をエンジョイしていた……
なんて事にはならず、
わたしともあろう者が
何も手に付かない腑抜けた状態に
陥ってしまっていた。
何かしようとしても力が入らない。
体を動かしても気分が晴れない。
一体わたしはどうしてしまったのだろう。
あんなに帰りたかった家に帰ったというのに、
家の様子が何もかも変わってしまっていたのも
大きな理由かもしれない。
まぁ私が家を出て8年が経ってるのだ、
それも仕方ないだろう。
だけどわたしの部屋が既に無かったのには驚いた。
わたしが家を出てから更に妹と弟が4人増え、
もともと居た弟二人と合わせて6人兄弟(わたしを省く)になっていた我が家は子ども部屋を確保するべく、城に住んでいたわたしの部屋もそれに当てたというわけだ。
お父さまとお母さまったら
仲がいいんだから。
本当なら来年には結婚式を挙げるはずだった娘が、
まさか出戻ってくるとは思ってもみなかったわよね、きっと。
ホントごめんなさい。
なので今、わたしはランバード家の客間に
居候している。
でも家族はもちろんの事、
我が家で働いてくれているみんなも
騎士団のみんなも、わたしのことを温かく
迎え入れてくれた。
初めて会う幼い妹や弟は恥ずかしそうにしながらも
わたしの事を
「おねーたま」なんて呼んでくれて、
わたしはその瞬間鼻血が噴き出しそうになった。
か、可愛い……!
小さな子ってこんなに可愛いかったっけ?
わたしも早く結婚してこんな可愛い天使を
授かりたい。
お母さまの家系は多産なので
きっとわたしもポンポン産むはず。
……許されるならアルジノン様の赤ちゃんを
大量生産したかった。
は、いけないいけない。
またアルジノン様の事を考えてしまった。
あんな我儘俺様ヘタレチキンなんか早く記憶から
抹消せねば。
……お見合いでもしようかな。
『男の記憶は男で消す』これは誰の言葉だったか。
いやダメだ、それは相手の方に失礼だ。
でもアルジノン様とオリビア姫の慶事をひとり身で
耳にするのは辛すぎる……。
今もきっと、
二人は仲睦まじく寄り添いあっているのだろう。
あぁ……結局またアルジノン様の事を考えてる。
この脳みそを一旦取り出して、
煮沸消毒してからまた戻せたらいいのに。
らしくない、ホントにわたしらしくない。
でもまだダメだ。
それだけアルジノン様の存在がわたしの中で
大き過ぎる。
……わたしの記憶からではなく、
いっそ本人をこの世から抹消する……?
なんてアホな考えが頭に浮かぶほど、
わたしの日々は悶々鬱々としていた。
そんな時だ、
我が家の家令であるジェンソンが
わたしの部屋(客間)に飛び込んで来た。
「お、お、お、お嬢様ぁぁ!!」
「な、何っ!?何事!?何か事件か事故でも
起こったの!?」
「た、た、た、た、大変でございます!!」
「だから何!?」
「だっ第一騎士団の一個小隊クラスの騎士達が、
ランバード領内へ……!」
「なんですって!?ウチの騎士達が進入を許したというの!?」
「そ、それが騎士達を率いている者が少し厄介なお方で、誰も進軍を止められないのですっ」
「厄介なお方!?誰よソレっ
…………………………まさか」
「その、まさかでございますっ」
わたしの記憶の中で
あの日の夜会で交わした言葉が甦る。
『領地に逃げ帰っても
兵を差し向けてでも連れ戻す』
『ジノン様は私用で動かすと?』
『俺は王太子だからな』
『暴君か!』
あいつ……
まさかホントにやりやがるとは…!
いやでも今さらなんのために?
第一騎士団一個小隊、
30名ほどの騎士を率いて
王太子アルジノン、ランバード領内を蹂躙中。
言うまでもなく
目的はジュリの奪還であった。




