第十三話その六 父の仇(中編)
【父の仇に冷たく燃え上がる鋼、引き続きミラ・ワーグナー】
ヴァンパイアに下り、不死者のドラゴンとなったリングドラッハは無言の迫力でこちらへ向かってくる。空の冒険者も近衛ペガサス航空騎士団も、ローラン国王陛下も目前の空戦戦力にそれを気に掛ける余裕さえない。そして想一郎様は突如として現れた空飛ぶ絨毯の商人により言い値で全ての絨毯を買い占めた。
(※金貨六万枚=六億円で商人はウッシッシであった)
しかし絨毯の数にも限りがあった。
商人は絨毯を広げて乗る必要はなく、場合によっては包めたまま乗れば、乗馬の延長線上だと言う。しかし訓練なしでの行き成りの実践投入にはリスクがあった。だが想一郎様は迷うことなく実践に強い精鋭の者達を投入する。
ディンゴ様は地上での指揮があるので乗らなかった。鳩羽鼠のナウスス様も魔術指揮で忙しい。時間が殆どない中、率先したのは言うまでもなくソフィア、怖いもの知らずの姫園、エリノールの鷲に未練のあるジュリアと想一郎様自ら。
そして、私であった。
ディンゴ様は言う。
「おおい! 指揮官の殆どが行っちまうのかよ!」
想一郎様はそれに返答する。
「地上は頼んだぞディンゴ!」
「はぁ!?」
ディンゴ様の言いたいことは分かる。だが事は一刻も争う。相手はリングドラッハ。国を壊滅させたドラゴンだからだ。
想一郎様やソフィア、姫園は絨毯を広げず、絨毯をまとめる紐をつかんで跨りなるほどと少し慣らし運転をする。
ジュリアと私は乗馬は出来るが徒歩での戦闘の方が向いている。なので絨毯を広げ乗ることにした。私はそれでもよろめき、絨毯の上で膝をついてしまう。そこでジュリアのバランス感覚は素晴らしい。彼女は広げた絨毯で行き成りサーフィンでもするかの様に乗りこなしたのだ。しかも次には飛びながら大の字になって絨毯で寝そべり出す。
「ん~! 肌ざわり良だね~! モフモフにはかなわないけど!」
く……どうなっている? どうやって前に進むとかバックするとか全然分からない……!
『ヒッヒッヒ! 絨毯を自分の体の様に思い、呼吸するように意思を伝達するのです。そして絨毯と一体となってください!』
商人のアドバイスはあまりにも抽象的すぎて意味が分からない! そしてジュリアのアドバイスだ!
「考えちゃダメ。感じるの。本能に従って! フォースと共に!」
ますます意味が分からないが、私はすぐさまこの絨毯は乗り手の意思を読み取り体現するのだと理解した。解析魔法の一種か? 人の脳波を検知し……とか、細かい仕組みはこの際どうでもよい。飛び方がわかれば私はそれでよかった。
私は不慣れで膝をついたままこのメンバーと、絨毯を与えられた異国の騎士、マムルーク達と共にリングドラッハ迎撃に向かう。
『────ッッッ!』
長く孤独にして言葉を失ったか? それともヴァンパイアに下って声帯までも腐らせたか! リングドラッハの無言の凄味は、周囲の空気でさえ湾曲して見える程、強力な物であった。
「──待て! 正面は危険だ!」
『『『ヤッラヤッラヤッラ!』』』
私の警告も耳に届いていない。そう叫びながら多くのマムルーク達は空を疾走する。彼らは絨毯に乗る術を知っているのか、しかし数に限りがあるのは向こうも同じか、久々に飛ぶ大空に興奮して士気は高く、無謀にもリングドラッハへ正面切って突撃する。
すると一筋の水飛沫の様な飛翔物がリングドラッハの口から放たれ彼らの脇を通り過ぎる。当たらなければ良いのか? 違う。それは急激に周囲の空気を液状化し青蓮の花を咲かせたのだ。残念だが、遠い異国の地で深刻な凍傷を受け落ちて行くタレダレイダーの聖戦士達。
奴のドラゴンブレスは熱気だけではなく冷気も操る。
そのブレスは、周囲の気体である空気でさえも急激に液状化させる程、その熱量を奪うのだ。液状化した空気はまるで青蓮を咲かせたように周囲に飛び散り、その雰囲気に置かれた人体は、深刻な凍傷を負ってしまう。
私の警告を聞いていた者は助かった。
奴と対峙するには私の知る空戦と同様、死角、つまり後方を取る必要がある……! だが、そいつは単独行動ではなかった。奴のすぐ後方にはそれを護衛するヘルバット(地獄のコウモリ)が追随してきていたのだ。
それはローラン国王陛下が今まさに戦っている、最も数の多い敵の空戦戦力であった。
ヘルバットは一直線にリングドラッハの後方を取ろうと迂回する私達へ突撃してきた。不意を突かれた私達は一気にヘッドオンへと突入する。両者正面切っての突撃戦だ。
平定した部族の拠点から北へ向かうヘンタイヌ男爵。蛮族ばかりかと思われた東南オルティアに、あるじゃないかと文明的な拠点で補給を繰り返した。すると深い密林の中に、石でできた寺院の街が現れ、その奥には山の様にそびえる世界樹が見える場所へ到達した。
ここはトゥンマーイサクシと呼ばれる東南オルティアウッドエルフの聖地であった。
マグナビスのウッドエルフと違い、彼らは衣装からしてエキゾチックであった。その文明は例えるならタイ・アユタヤ風と言えるかもしれない。タレダル教は世界宗教であったが、地域によってそのありようは千差万別であった。
『な、なんだあの猛獣は! もしやあれが虎か!? 強そうだ!』
『あっちを見てみろ! 鼻の長い巨大な猛獣(象)に人が乗ってるぞ!』
『メー(タイ語で母)! 巨大な仏像が寝転がってるよ!』
まるでこの地のタレダル教は仏教の様であった。ここのウッドエルフはなんと頭を丸めているのである! ヘンタイヌ男爵はエリノールの過激派環境保護主義であったウッドエルフを思い起こし、どんな小さな殺生もしないよう皆に厳命した。
そして当初、邪神教側にくみするオークは歓迎されないと思っていたのだが、この地には一つの伝説があった。それは、義に生き義に死んでいった巨虎に跨る伝説のオークの話であった。
そのオークはたった一人の少女を守るため、呪われし大地(大呪われし荒野のさらに東の地)に存在する強大な同胞の帝国、枯れた世界樹の近くに存在するオーク帝国に挑んで見事少女の安住の地を見つけ、そしてゆくゆくはこの国さえも救ったのだと言う。
その為、オークでも行儀が良ければ平等に接するのがこの地の習わしとなって居た。
「へ~そんなオーク、聞いたこともないけどねぇ。もし存命なら会って子種を貰いたい所だ!」
「な、なんと……!? もしやオーク文化は多夫多妻制であるのか……!?」
「ハッハッハ! 焼いてんのかいアンタ? 冗談だよ冗談! ハッハッハ!」
(結婚という概念が無いがな。でもなんか良いな! 結婚とやらも!)
「ん~……」
ヘンタイヌ男爵は焼きもちを焼いた!




