第十三話その五 父の仇(前編)
【シュワルツファウ家元令嬢のミラ・ワーグナー】
私は元伯爵令嬢であったが、父は厳格で男女関係なく厳しい訓練を私に施した。よって令嬢と言うのは間違いだと言いたくなる程に、私は我儘な生活を送った事が一度だって無い。また、魔王軍との最前線との事で、遍歴の修行に来る騎士等も多く、その面倒も見ていた我が家は常に、士官学校の様な状態であったのだ。
お蔭で今、失業する事無く高級将校として戦場で指揮する恩恵を受けるに至っている。だが父はもういない。恩返しの孝行をしたくても出来ない。なのに自然と涙は出ない。私は、父によって徹底的に叩き込まれた信念“炎で鍛えられ氷の様に冷たい鋼の心”で、それを静かに受け止める。父は、その点に於いて教育に成功したと言えるだろう。
兄は、我が故郷をこの様にした元凶が、ネイ公爵だった言う事を知っているのだろうか? どうあれ今、兄は長年望んだ引導を渡すべく、敵本拠地へ向かっている……。
対陣する両軍はいまだ動かず、空での戦いを見上げている。ローラン国王陛下はまた敵の六時(後方)を取り、非常に長い槍、ランス・ドゥ・シエルで敵騎を撃墜する。我が軍は歓声を上げる。
『『『ウェーイ!』』』
娘の生存を知った陛下は、見違えるような強さで我らの上空で戦っておられる。陛下自らが空の前哨戦を戦う事で全軍の士気はかなり上がっているが、同時に強い不安も抱いていた。もし陛下が戦死なされたらその反動で壊滅的な士気になるのは確実だろう。
だが、勝敗が決する前に、両軍は駒を動かす。鳩羽鼠のナウスス様は、この隙をついての砲撃準備と、ティオシアの空飛ぶ絨毯航空爆撃隊に出動を要請し、彼らはそれをすぐに受託。空戦場を迂回するように出撃した。
対する敵は、恐らく我らの砲撃の元を攻撃すべく、とっておきの巨体を反対側の迂回経路よりよこしてきた。あれは、かつてのミューヘ公爵居城を灰燼に帰したドラゴン。
遂にできて来たか。
かつて数々の許しがたい悪行を働き、神々によってタレダルの頂から深い地下へと幽閉されたドラゴン。親愛なる者達から引き離され、飛ぶことも出来ず何も見えない暗闇の中、ただただ長い年月をかけて凍てつく孤独により死に至ったドラゴン。
しかしそのドラゴンは死して訪れた青蓮の地獄より、力の限りを尽くして飛び上がり叫び、そして彼の者と血の契約を行った。ヴァンパイアの、不死者の眷属として……。
私の鋼を鍛えた炎が内より律動する。私は冷たい刃で奴を見る。
奴の名はリングドラッハ。
──父の仇だ。
だが相手は飛んでいる。残念だが私には手段がなかった。
『ヒッヒッヒ! 貴方様が(散々冷やかしてくれた)ヘンタイヌ男爵の上司様でございますか?』
『おい! なんだお前は!? ここは商人の来る場所じゃねーぞ! 帰れ!』
『いやいや! 貴方たちは必ず私が必要になるでしょう』
『な、なにぃ~!? なんなんだ偉そうに!』
「ん? どうした?」
ディンゴ様は騒動を気に掛ける。一体何が起きている。どうやら異国の商人が陣に近づいた様に見えるが。
『ああ~! 貴方様が(散々冷やかしてくれた)ヘンタイヌ男爵の上司様ですね!』
「おお? ヘンタイヌを知っているのか?」
『ええ! 勿論!』
(散々冷やかしてくれたからね!)
「ん~。見た所、ティオシアの商人だな。奴は元気だったか?」
『ええ! もうそりゃーもう!』
「ガハハ! そりゃーよかった! で、何の用だ?」
『おお! よくぞ聞いてくれました! 実はですね──』
『──おいてめぇ! 妙な真似するなよ!』
『大丈夫ですって! ほら、私の後ろの空飛ぶ絨毯に乗せられた空飛ぶ絨毯の束が見えるでしょう?』
──ッ!
『これらすべて、耐油・耐突刺・耐摩耗性にしかも防火仕様! ドラゴンの炎だって何のその! しかも抜群の通気性に快適な肌触り! 長時間あぐらをかいてもお尻は蒸れない! 痔にもなりにくい! なにより雲の様な乗り心地! ヒッヒッヒ! 値段も相応となりますが相談に乗りますよ? いかがですかな?』
しかしディンゴ様は困る。
「え? あ~……そういうセールスは……ガハハ……」
だが遠くより声が聞こえる。この声は
「──言い値で買おう!」
想一郎様だ。
『すんばらしぃぃぃ!』
ヘンタイヌ男爵が過去に冷やかした空飛ぶ絨毯商人は想一郎にたかっていた!
だが、オークを腕力で統べていたボボンギャマッチョにとって、この地域の部族を平定することなど朝飯前であり、たかっていた商人などどうでも良かった。
「おい、そこのお前。コサックダンスを踊れ」
『ふんがぁ!?』
ボボンギャマッチョの難題に焦る、下った部族の長。
「もういいだろう……補給は完了した。これからは北へ向かうぞ!」
「あんだい。せっかく平定したいのに勿体ないねぇ!」
しかし平定された部族たちにとってボボンギャマッチョの旅立ちは、女神の旅立ちにほかならず、それは筆舌にしがたい悲痛の別れであった。
『『『──ボボンガァァァァアアアア!!』』』
『うお……凄い……別れに号泣してるぞあいつ等……』
『あんなのでも、女神として扱われる事もあるんだな……』
『ママー! 割れ鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好きって言うよね!』
「お前らッ!」
『『『──ひぃ!』』』




