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公爵令嬢参る!  作者: まちせん
第一章 王立学園の毒
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アリアは動く

大河が一望でき、夜花の祭の花火を見る際には一等席になる建物。

それが王太子御一行が夏の間滞在する宿屋『ナギ屋』である。


「ねえ、アクリはー?」

片手にアイスを持って食べつつ、素足でぺたぺた部屋を歩くベリーの姿は平民の年端のいかない子供の様だった。

王太子の警備の為にナギ屋は全て貸し切りで、ここはベリーにとって身内ばかりがいる場所であり、有り体に言うと『この宿の中では何も気遣う必要なし』という考えをベリーは持っていた。

まあ、この世界がゲームの世界だと思っている彼女は、この世界の住人に気遣うことなんてほぼないのだが。


「殿下ならキュマ国の使者に呼ばれて、王宮に行ったよ。ああ、護衛としてフィンもね」

そう説明したリアは、木漏れ日の当たる場所にロッキングチェアを置き、そこで優雅に本を読んでいた。

一枚のスチル…もとい、様になっているその姿にベリーはにんまり笑い、アイスを全て頬張ってからリアの膝に乗ってその胸に垂れかかる。二人分の重みに耐える仕様の物ではなかったのか、椅子は緩やかな動きを止め、ギリギリと軋んだ。


「おやおや、どうしたんだいベリー嬢。殿下がいなくて寂しいのかな?」

「うん、寂しい。だからリアが私と遊んでくれる?ぎゅーってして欲しいな?」


甘えた声でそう囁くと、リアはくすくすと笑う。

「私にアクリ殿下の代わりが務まれば良いけど」

「何言ってるの~。私はね、アクリの代わりとしてじゃなくて、リアに構って欲しいの」

ぷくーっと頬を膨らませながら、ベリーは彼の首元にすり寄った。


「俺も仲間に入れて欲しいな、ベリー嬢」

たまたま通りかかったノーマンも参戦し、ベリーの髪の毛を一束掬い、口付ける。

「ふふふ、良いよ。皆で遊…」


コンコン


お気に入り達に囲まれてご満悦なベリーの『次の行動』を邪魔するノックの音が部屋の中にやけに響いた。

そしてベリー達の許可も無く勝手に扉は開きだす。

しかしそれを3人は咎めない。この宿は貸し切りなのだから、どうせ生徒会メンバーの誰かだろうと思い、誰が来たのか確かめる必要を感じなかったのだ。


しかし現れた人物の髪色は親しい友人たちの持つ色ではない紺色で…腰まで伸ばした髪の毛を緩く三つ編みにした、とても美丈夫な男が立っていた。歳は恐らく30くらいだろうか。


「だ、誰だい?服からして君はアーズ国から連れてきた使用人ではないね?この宿はアーズ国の王太子・アクリ殿下の貸し切りだよ。どうやって此処に入ったんだい」

リアとノーマンは慌ててベリーを背後に隠し、警戒する。

そんな彼らに対して敵対心はないと男は優し気に微笑み、頭を下げた。

「失礼。私はキュマ国第二王子・ジュリェ殿下の使者、ヴァンと申します。兄君のテュクル殿下にお会いしたいのですが、お取次ぎ下さいませんか」


「テュクル王子の…」

同志の名を聞いた二人は幾分か警戒を解く。

「…テュクル王子なら私達には同行していませんよ。その事ならアクリ殿下が事前にそちらのキュマ国王に親書を出している筈ですが」

リアから説明されたヴァンは「真ですか!」とさも驚いたような顔をする。

「我が主はその様なこと一言も。恐らくキュマ国王陛下から何も説明をされておられないのでしょう」

「そうでしたか。まあ、事情が事情なので仕方のない事だろうね……」

リアとノーマンは顔を見合わせると深刻そうに頷き合う。それを見た使者・ヴァンは当然ながら「事情とは?」と尋ねる。


「いや…そちらの国王が黙っているのなら、我々も話すべきでは…」


渋るリアを押しのけ、ベリーは前に飛び出し

「はわわ~」

何も無いところで躓いてみせて、ヴァンの胸の中に飛び込んだ。

ヴァンが「大丈夫ですか?」と気遣うやいなや、ベリーは『ごめんなさい』と謝りながら上目遣いで首をこてんっと傾げた。

ハンリーには全く効かなかった『ベリーの必殺技』である。

「…ッ」

しかしヴァンには効き目があったようで、彼は一瞬怯み、自身の手の甲で鼻元を抑えた。それを見たベリーは畳みかけるように胸の前で祈るように手を組み、目を潤ませた。


「あのね?私達、テュクルを助けたくってここまで来たの!」


「た、助けるとは?」

鼻を抑えながら、ちらちらと至近距離のベリーを窺うヴァン。ベリーの瞳にはその様はまるで恋をした不器用な男そのものに映った。

ベリーはにんまり笑うと、頬を彼の胸につけてすり寄った。

「あのね、あのね?今、私の大事なテュクルが悪のバラク公爵家に監禁されちゃってるの。助けてあげたいけど、アーズ国の国王陛下がバラク公爵令嬢に騙されちゃってるみたいで、私達では手出しが出来ないの!」


国ぐるみでお宅の王子を監禁。戦争になりかねない発言だが、彼女を止める者はこの場にはいない。

リアやノーマンは女神の心優しき言葉を、うっとりしながら聴いているだけである。


「監禁、ですか」

オウム返ししたヴァンに、ベリーは何度も頷く。

「助けて…お願いよ。テュクルにもしもの事があったら私……!」

「バラク公爵、とはそちらのアーズ国の…」

「そうよ。あ、でもね、悪いのは令嬢のサモエドだけなの。シェパードは違うわ、彼は全くの無実。全て悪いのはサモエドよ、間違えないでね?その女だけ始末すれば全て上手くいくの」


ヴァンは胸にすり寄るベリーの肩に手を置き、強引に剥がす。


「わかりました、我が主に報告する事にしましょう。貴重なご意見、ありがとうございました」

彼はベリーにぎこちなく微笑みかけて、慌ててお辞儀をして退出した。


慌ただしく締まった扉を見て、リアとノーマンは『やれやれ』と言うような仕草をした。

「ベリー嬢の魅力には本当に敵わないね」

「ええ。全くです。また一人の男が虜にされちゃいましたね?」

「はわわわっ!もうっからかわないでっ!でも…か~わいい反応だったねっ」

『大人の男の人にそれは失礼かな?』とベリーはこつんと自分の頭を軽く叩き、ぺろっと舌を出した。



その後、遊ぶ気も削がれたベリーは外の空気が吸いたいからと、一人でバルコニーに出た。


そこで彼女は『ほう…』と桃色溜息をついた。


「さっきの年上イケメン君誰だろ…。ゲームには出てこなかったけど、超タイプだったなあ…」

宿から出て行く姿を見送ろうとしたが、港を行く多くの観光客のせいで見つける事はできなかった。

「結構年上だから攻略対象にならなかったのかな?勿体ないなあ…大抵の乙女ゲーって教師だって攻略対象になるのに」

でも、とベリーは笑う。

「攻略相手以外にもチートアイテムの『魔女の針』は有効だってクレトラのお父様で検証済みだし、うふふふ!」

とととんっとスキップしながら部屋へ戻っていく。


「ヒロインだけど攻略相手以外と仲良くなっても良いよね?」



*



キュマ国王宮の、とある一室。


「そう、アーズ国のバラク公爵令嬢にテュクルが監禁されているのね?そしてアーズ国の国王陛下はバラク公爵令嬢に騙されていて、救出できないと」


鳥籠に入れた鳩に餌をやりながら、アリアは楽しそうな声で確認する。


「はい。確かにそう聞きました」

「おかしいわねえ、監禁されてるのに普通にお手紙を送ってくるなんて。もしかして書かされているのかしら?ふふふ、そんなわけないわね。そんな不自然なお手紙にお父様が気付かないはずがないわ」

テュクルの身に危険が迫っているのなら、箝口令を敷かれようが、もっと王宮の中は殺伐としている筈だ。

朝食の席で見た父王の表情をアリアは思い出すが、祭関連の書類に追われて疲労しているだけの様子だった。

「真偽は不明です。ただ、『監禁されている』と言ったのはテュクル王子がアーズ国で懸想している女でした」


『ジュリェの使者』だと言ったヴァンだったが、今彼が頭を下げるのはアリアだった。

実は彼はテュクルが帰国しなかった理由を探るために放たれた、アリア所有の諜報員なのだ。


彼女は紅い唇でくすりと微笑む。

「テュクルをおかしくした女ね?」

キュマ国王である父に教えられなくとも、アリアは既にベリーの事を把握していた。

何故なら、テュクルの供としてアーズ国へ行き、彼の不興を買いキュマへ戻された使用人の中には、アリアの息のかかった者もいたからだ。

「ところで男の貴方から見て、ベリーという女は魅力的だったかしら?」

「いいえ」

ヴァンは躊躇なく首を振った。

「容姿は平凡。言葉遣いは教育のなっていない子供。仕草はまるで場末の娼婦でした。しかし、違和感がありました」

オノクル家のハンリー程ではないが、ヴァンもまた、諜報員として訓練された人間だ。ベリーから漂う毒を『違和感』として感じ取っていた。

「何の心構えもなく彼女の傍に居ては危険です。操られてしまうやもしれません」

「あらあら、つまりテュクルは…」

アリアは笑う。

「娼婦にやられちゃうなんて、だらしないわねえ。……いいえ、きっとテュクルは今戦っているのね。だから、今回彼女に同行しなかったのでしょう」


胸元から扇を取りだし広げ、アリアはヴァンの顔に向けて扇ぐ。


「貴方は虜になっちゃった?」

「わかりません。違和感を感じた時点で出来るだけ彼女の傍で息をしないよう気を付けておりました。ただ、急な事だったので、慌ててしまい…不自然な動きをしてしまいましたが」

「正直にお答えなさい?彼女のことが愛おしいかしら?」

「いいえ全く。しかし一応、人間の精神について造詣が深い者に看てもらいます」


ヴァンの瞳が揺れないのを見て、アリアは頷いた。


「それが良いわね。…ところでヴァン。バラク公爵令嬢のことはご存知?」

「勿論でございます。アーズ国の第二王子であるファルト王子と御婚約された御令嬢です。今年14歳で来年王立学園へご入学されるはずです」


ヴァンに向かって扇ぐのを止め、アリアは扇を自身の顔元にもっていく。

そして、盛大に笑いだした。


「アーズ国王が14歳の小娘に騙されるなんて、うふふふ!誰がそんな事を信じるのかしら。…でもそんな戯言たわごとをはく娼婦を連れてキュマに図々しく来たって事は、アクリ王子たちは信じているのかしらね?」


王女の手元からバキリと扇の骨が折れる音が聞こえてくる。


「見て見たいわね、おまぬけな子達の顔を」


表情は穏やかで、声色も優しいそれなのに、バキリバキリと扇を折る手の力を緩めない。

アリアは怒っていた。

大事なキュマ国の王子を『何か』で操ろうとしているベリーに対して。そして、それを未然に防げなかったアーズ国そのものを。


祭まで、まだ少し時間がある。


「ねえ、私。招待状を書こうかしら」

「誰にでしょうか」

そうねえ、と少し悩み『アーズ国の第三王子かしらね』とラックの名を上げた。

「アーズ国へちょっとした意趣返しをしてあげましょう」

「何故第三王子なのですか」


「娼婦はバラク公爵家を敵対視しているのでしょう?つまり、バラク家は娼婦に対して対策を講じているのでしょう。それに免じて、バラク公爵令嬢の婚約者である第二王子には悪戯はしないわ」


アリアはボロボロになった扇を床に投げ捨てる。


「大丈夫よ、危害を加えるつもりはないわ。戦争はこりごりよ、私」





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