キュマ国
道には沢山の屋台が並び、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
街路樹や店には『夜花の祭』と書かれたポスターが貼られ、街を飾っていた。
そんな何処か浮き立つ空気のキュマ国に着いたアーズ国王太子御一行は、キュマ国のアーズ国大使館職員たちが出迎えた。
「アクリ殿下、事前に御指定された宿は確保しておりますので、どうぞ長旅の疲れを癒し下さい」
「うむ」
恭しく頭を垂れた彼らに頷き、アクリは後ろを振り向く。
職員たちもそれに倣い目を向ければ、令嬢らしからぬ軽装…白いワンピースに大きな麦わら帽子を被った亜麻色髪の少女が船上ではしゃいでいるのが見えた。
「わーっ、外国だ、外国ー」
「ふふふ、あまりはしゃいだら駄目だよ、ベリー嬢。皆が見てるからね」
「はわわわっ!ごめんなさーい」
リアに窘められたベリーはぺろっと舌を出して、職員たちに手を振りながらタラップを降りてくる。
この躾のなっていない娘にどう対応したらいいのかわからず、職員たちは困惑してアクリを見たが……。
「彼女は私の大事な女性だよ。そのつもりで接して欲しい」
「は、はい。仰せのままに」
王太子の不興を買う前に職員たちは慌てて再度頭を下げたのだった。
「凄く綺麗な船だから、アーズ国か何処かのお貴族様の船だろうねえ」
「じゃあ、あの一番偉ぶってる女が貴族で、他の男達は家来なのかな?家来の男の方が綺麗な格好してるけど」
「お貴族様の考えは良く分からないけどさ。白いワンピースに麦わら帽子とか…何で農夫の娘みたいな恰好をしてるんだろうねえ?」
港で働いている者や、船に用事のある旅行者たちがアクリ達を見てひそひそと話す中、一つの人影が動いた。
その人影は早足に港の酒場へ入る。するとすぐに酒場の裏口から先程の人影とは別の人間が2名出てきて、馬を駆りキュマ国王宮へと向かっていった。
*
王宮の執務室の扉がノックをされる。
「どうした」
「報告が来ました」
「入れ」
許可を出された後すぐに静かに扉は開けられ、端正な顔立ちの青年が入ってくる。
執務室の中は簡素なもので、装飾と言えば壁に地図と、国旗が掲げられているだけ。ただ大きな机が中央に置かれ、その脇を護衛兵士が姿勢よく立っている。無駄な物を極力排除している部屋を見ても、ここの主が神経質な人物だということが窺え知れる。
その主。つまり、机に置かれた膨大な書類に目を通している、初老の眼鏡をかけた上品そうな男…キュマ国の国王だ。
キュマ国王の傍らに、端正な顔立ちの青年が近づき耳打ちをする。
「そうか、アクリ王子が来たか」
国王は眉間に皺をよせ、テュクルと同じ、藍色のサラサラな髪をかき上げる。
「多くの男を虜にする娼婦の顔を拝んでみたいところだが、テュクルの警告は無視できん。触らず放置だ」
「では、アクリ王子のみ王宮にお呼びになりますか?」
「そうだな。生憎『祭』の調整でアクリ王子と会談する時間はないが、挨拶はしておかねばならんだろうな」
少し疲れた様子で、机に乗せられた書類の山を見遣る。
キュマ国は火薬を得意とする民族で構成された国であり、周辺国には戦争に強い国として知られている。
そんな恐ろしい面を払拭しようと、戦争道具の火薬で娯楽面が強い花火を作ったのが、この祭り『夜花の祭』の始まりである。
今年で199回目となる夜花の祭は、毎年夏の終わりにキュマ国王都で開催され、一大観光イベントとなっていた。
ちなみに今回ベリー達がキュマ国に来ようと計画したのは、この祭りを見に来るためでもあった。
「しかし…テュクル殿下が今年の祭に参加されない原因はアクリ王子御一行です。兄弟仲が良い我が国の王女と王子の心中は複雑でしょうね」
「何やらキナ臭かったゆえにあ奴らにはアクリ王子と娼婦の話をしておらんのだ。ただアクリ王子達には近づくなと言っておいたが…聞かんだろうな。隠れるのが得意な者にアリアとジュリェの動向を見張らせておこう。…さて」
仕事に戻ろうと机に目を戻し、山積みの書類と目が合い国王は『はあ』とため息をついた。
その頃、キュマ王宮の三階ルーフバルコニーにお茶席を作り、女性と少年がお茶を飲んでいた。
「アリアお姉様」
藍色で、少しくせ毛の少年が無邪気な様子で対面に座る女性に話しかける。
「なあに?ジュリェ」
艶めかしい体と髪の毛を隠すように真っ黒なベールを被った、青色の瞳が美しい女性は少年に返事をする。
「テュクルお兄様は本当に今年、お祭りに帰ってこないのでしょうか」
「そうね、お手紙ではそう書いてあったと、お父様は言っていたわね」
姉の返答に、ジュリェは不貞腐れたようにテーブルに頬を付けて突っ伏した。
「残念だったわね。ジュリェはテュクルの事が大好きだものね」
アリアはカップの残りを全て飲み、お代わりはいらないとメイドに手で合図する。
そして、豊満な胸元からオペラグラスを取りだし、港の方に向けた。
「あらあら、アクリ王子の船が来たみたいよ、ジュリェ」
「その船にお兄様はいらっしゃいますか?」
「この距離からだと人の顔まではわからないわね……あら」
アリアはオペラグラスをテーブルに置くと、すっと腕を空に伸ばす。すると、一羽の鳩が彼女のそれに優雅に降り立った。
「私の使用人の子からの連絡だわ」
アリアは鳩の足に括りつけられた小さな筒から丸められた手紙を取りだす。それをワクワクと言った顔でジュリェが見守る。
「あらあら、やっぱりテュクルは帰国してないみたいねえ」
その言葉に、再度ジュリェはテーブルに突っ伏した。
「アクリ王子が来るのに、どうしてお兄様は来ないのですかー」
テーブルの下でばたばたと足を忙しなく動かす弟を、アリアはくすくす笑って見つめる。
「お父様の言いにつけは覚えているわね、ジュリェ」
「……アクリ王子達には近寄るなって言われました」
「そうよ。つまり、わかるわね?テュクルが戻れない理由は、アクリ王子にあるということよ」
ジュリェがパッと姉の方を見ると、彼女は唇に人差し指を当て、小首を傾げていた。
「なあんちゃって。お姉ちゃん、最近探偵ものの小説を読むのにはまっててね?」
*
「へえ。テュクル王子には20歳の姉君と12歳の弟君がいるんですね。それにしてもベリー嬢は詳しいですね」
港から馬車に乗ることになった一行だが、流石に一台の馬車に全員が乗り込むことは出来ない為、『ベリー・アクリ・フィン(護衛要員)』、『リア・リンベル・ノーマン』で分かれて二台の馬車で行くことになった。
馬車に揺られながら、アクリが簡単にキュマ国についてベリーに説明をしようとしたのだが
「あー、大丈夫大丈夫。私結構詳しいから。テュクルのお姉ちゃんはいっつも黒のベールを被ってて、アリアって名前で20歳の未亡人。弟くんはジュリェって名前で12歳のやんちゃなブラコンでシスコン…でしょ」
アクリ以上に詳しいベリーの説明に、フィンが前述のセリフを言ったのだった。
「えーっと。ほら、私海外情勢とか詳しいから。こんなの余裕よ」
「頼もしいね、ベリー嬢。将来王妃になる人物が海外情勢に詳しいとはね」
「はわわわわわわわっ!!王妃だなんて、王妃だなんて~」
顔を真っ赤にするベリーに、アクリはくすっと笑った。
いちゃつく二人に、フィンは訊き辛そうに「あの…」と呟く。
「どうかしたの?」
ベリーがその呟きに気が付いてくれた事にホッとし、フィンは続けた。
「性格は、どうなんでしょう。弟君の方はやんちゃ、とのことですが」
「ああ、えーっとねえ。ジュリェにもルートがあったから、ちょっと思い出すね」
『るーと?』とフィンとアクリは訊き返すが、ベリーは思い出すことでいっぱいいっぱいで、聞こえなかったようだ。
うーんと、確かー…などと言うこと5分。漸く思い出したのか、彼女は『こほん』とわざとらしく咳払いをした。
「ジュリェは攻略が面倒な隠しキャ…こほん。えー…、とてもテュクルとアリアを愛していて、ヤンデレ気質があります。取り扱いには気を付けた方がいいわね」
「ヤンデレとは?」というアクリの問いに「愛情表現が異常な子って言えばわかるかな?テュクルとアリアに何かあったら、何をしでかすか分からない子ってこと」と説明をした。
「では、アリア様はどのような方ですか」
「うーん…私さあ、女性って興味ないから適当にしか覚えてないんだけど……ねちっこいイメージだったかなあ」
まるで見てきたように話すベリーだが、アクリやフィンは「そうなんだ」と納得した。
「レイラが正統派な悪役令嬢で、サモエドは機械のように心を持たない冷徹な悪役令嬢。アリアは蛇のような…後味のわる~い、ねちっこい悪役令嬢って言えばわかりやすいかな?」
男二人は『なる程!』と頷き合った。
くしゅん、とアーズ国王都にあるバラク邸でサモエドがくしゃみをする。
「おい、風邪か?部屋で休んだ方が…」
サモエドはファルトとテュクルの3人でテーブルを囲んでいたので、男性二人の視線が集中し、赤くなりそうな頬を見られまいと慌てて『大丈夫です』と首を横に振った。
「それよりも、テュクル王子の姉君のことをもっとお聞きしたいですわ」
「あ、ああ。姉様はキュマ国と同盟国だったジット国……いや、今は共和国か。そこの元王太子と結婚をなさっていたんだ。だが、結婚して2年後…子宝が出来て間もなくジット国で革命が起きてな…ジット国王と王妃、そして王太子が殺されたんだ」
ファルトとサモエドは頷く。
「ジット国の革命のことなら知っています。我がアーズ国とは離れているので、それまであまり関わりはありませんでしたが、その事件の直前にジット国の王族から亡命させて欲しいと打診され、実際数人ですが…難を逃れた方々がここアーズで暮らしていらっしゃいます」
「今から3年前に起こったのでしたよね。その頃、宰相のお父様はとてもお忙しそうになさっていましたわ」
ああ、とテュクルは頷く。
「父上は姉様とその子供をすぐにキュマに戻したんだが、その時に姉様はジットから多くの土産を持ち帰ってきてな」
「「土産?」」
サモエドとファルトの声が被る。
そんな二人にテュクルはにやりと笑う。
「あまり俺の姉様を怒らせない方が良いぞ。あの方はジット国の王太子だった亡き旦那から受け継いだ財産と諜報員をわんさか飼っているからな」
誤字報告、本当に感謝です!




