思案
「キュマ国王女から招待状?」
父王に呼び出されたラックは、王族としての仕事を与えてもらえると内心ワクワクしながら執務室の扉を開けた。そして開口一番に出された話題は『夜花の祭への招待』だった。
「俺は祭などには興味ありません。こういう物は女や子供が喜ぶでしょうし、婚約者のいるファルトに行かせればよろしいのでは?……そもそも、キュマならアクリの兄上が行っていると記憶していますが?」
期待したような仕事ではなかった事に落胆し、他の兄弟達に押し付けてやろうとファルトやアクリの名を出してみたが、父王は首を振る。
「王女はお前を名指しで指名している。…そしてアクリだが…あれは招待されて行っているわけではない。数に入れるな」
ラックは怪訝な顔になる。
「俺はキュマ国王女と親交など有りません。なのに、何故?」
「………恐らくだが、テュクル王子の件での意趣返しだろうな」
「テュクル王子に我が国の者が何か無礼でも働いたと?」
否定できないのが辛いところだと国王は思う。
キュマ国に関しては隠し立てしようとも毒の事はいずれ伝わるだろうと思っていた。
何せ、被害者は第一王子なのだから。
これについては表沙汰になって国際問題になる前に両国で落としどころを考えなければならないだろう。
とは言え、まだ国内でも限られた者にしかベリー・クレトラの毒についての情報を公開していない。
表向きは『王太子の醜態を広めない為』として極秘扱いしているが、実のところ国王には『そのような毒の存在を公にしてはまずい』という考えもあった。
人の心を操る毒なのだ、揉め事に利用されかねない。
同じ王族でもファルトには全て説明しているが、ラックにはまだ話していない程だ。
「父上」
黙ってしまった父王に躊躇しつつラックが声をかける。
「何か、心当たりがあるのですね。そして俺はその尻拭いをしなければならない…と」
国王は頷く。
「お前には苦労を掛ける」
「心当たりを訊いてもよろしいですか。何が原因なのか知らなければ、対処できません」
「ううむ……」
眉間に皺をよせ、国王は逡巡する。
ファルトには毒についての情報を与えられる程の信頼がある。
しかしラックは野心家であり、王位に就くためならば『何でもする』ような人間である。つまり実父の国王すらラックの事を信頼していないのだ。
彼に毒の情報を与えれば、今までの水面下での行いが水泡と帰す可能性があった。
「お前には、話せぬ」
これが国王の答えだった。
ひゅっとラックは息を呑む。
「お前は招待されただけだ。だから、祭りを楽しんで来い」
「しかし父上」
「その代わり、バラク公爵家の人間も同行させる。アリア王女の企みに関してはバラクに任せれば良い」
途端にラックの眉間に皺が寄った。
バラクに任せる……つまり、バラク公爵家は国王の『心当たり』を知っているということだ。
となれば、バラク家の後ろ盾をもつファルトも恐らく知っているだろう。いや、知っているに違いないとラックは確信する。
何故なら、ここ最近のファルトはバラク家に毎日のように通っている。そして、そのバラク家にはテュクル王子が滞在していることをラックは知っていたから。
「原因を教えてくれないということは、父上は私の事を信用できないと?」
「納得しろラック。それができないならば、お前をキュマに行かせるわけにはいかない。妹姫のどちらかをお前の名代として行かせるだけだ」
血が滲むほどに唇を噛みしめながらも、ラックは了承した。
国王になる為に努力をする彼は、王族としての在り方を熟知しているつもりだ。家族にすら、開示できない情報があるということも。
しかし自分が教えてもらえなかった情報をファルトには伝えられているという事実が、堪らなく悔しかった。
*
バラク邸から戻ったファルトは、自室に戻る途中で呼び止められた。振り返ると、国王の専属の使用人が深々と頭を下げていた。
「どうかしたのかい?」
「国王陛下がお呼びです」
ファルトは使用人に頷くと、バラク邸への道のりを護衛していたハンリーをそのまま連れて、執務室へ向かう。
執務室では、国王は窓辺に立ち夕陽が沈む様子を見ていた。
「どうかされましたか、父上」
「……ラックにキュマに行ってもらう事になった」
ファルトは「はあ、」と応える。
「兄上に何かあったのですか?」
ファルトの脳裏に真っ先に過ったのは、キュマ国に遊びに行っているであろうアクリの顔だった。
毒に侵されている彼ならば、問題行動の一つや二つ起こしてもおかしくはない。
「いいや、これはアクリに関係は無い。…ラックに、招待状がきたのだ」
「ラックに招待状ですか?」
「キュマ国の王女からな」
ファルトはびくりと肩を揺らした。最近、テュクルから『キュマ国王女』には気を付けろと言われたばかりなのだから、仕方ないだろう。
「な、何故アリア王女から…」
「恐らく、テュクル王子の件での意趣返しだろう」
「ああ…」
国王は振り返ると「テュクル王子に何処まで話したのだ?」と問いかけた。
「私は王子はとある病に侵されている、という事だけお教えしました。しかし王子は聡明な方ですので、それだけの情報で大まかな経緯を推察され…ベリー嬢が原因だと気付いておられました」
テュクル王子は毒に侵されている当事者なのだ、自身の行動を顧みて原因に目星を付けるのは然程難しい事ではないだろう。
この程度の開示であれば、致し方ないと国王は判断する。
「そうか。ベリー・クレトラが原因だと知られているのは拙いが……まあ何かあっても件の令嬢のことはアクリが全力で守るであろうから今回は放置で良いな。バラクもそれ以上の事は言っておらんだろうな?」
「『病』を消す作用の成分があり、バラク邸や学園でそれを散布しているという旨は言いました。ああ、それと病から覚めようとする時に頭痛があるということも。しかし、これは王子自身が体験していることですので、教えるまでも無く知られたことでしょう。それ以外はサミーは何も。宰相であるバラク公爵もシェパード殿も言ってはいないでしょう、軽々しく極秘の情報を話す方々ではありません」
ファルトの考えを聞き、国王は頷いた。
「毒を消す成分の存在を明かした事までは許そう。だが、『教会の殺虫剤』に効果があることは伏せておけ。キュマ国は同盟国であるが、この『毒』の情報をこれ以上知られてはならぬ」
「わかりました。……それで、父上。招待状のことですが」
国王は頷き、届いた招待状をファルトの見せる。
「向こうも分別はあるだろう。だから、アクリの次に王太子となる第二王子のお前ではなく、ラックを指名したのだろう」
「ラックに毒の事は?」
「言っておらん。あやつに言えば悪用しかねんからな。だが、知られるのも時間の問題だろうな」
頭を抑えた父王に、ファルトは「大丈夫ですか」と声をかけた。
「バラクの家の者に頭痛に効くハーブティーのレシピを聞いています。是非お試しください」
「ああ、気遣い感謝する」
ふう、と国王は息を吐く。
「問題児どもを外に出すのは胃にくるな」




