第二王子の誕生日パーティー5
「バラク・サモエド。君を国外追放にする」
周囲で聞き耳を立てていた貴族たちがざわめく。当たり前だ、サモエドは先程国王によって祝福された二人の内の一人なのだから。
「……理由を伺ってもよろしいですか?」
「王太子殿下の決定に不服なのか?そもそも君のような子供に言ったところで理解できないだろう」
これはアクリの後ろ、フィンからの暴言だ。
サモエドは小首を傾げる。
「しかし、国外追放されるのは私なのでしょう、でしたら理由をお聞かせ下さいませんと、納得できません」
フィンの目にメラっと炎が灯る。
「何と生意気な!流石バラク先輩の妹だ」
「理由すらないのに私は国外追放にされるのですか?これは、王太子殿下の一存でございますか」
サモエドはフィンには目も向けず、ただひたすらアクリを見つめている。
アクリはやれやれ、と言ったふうに身振りした。
「君は子供だ、私の言葉に『はい』と頷けばいいんだ」
「理由をお聞かせ下さい」
「理由なら後で書面にしてバラク家に送るよ。言った、言わないで揉めるのは嫌だからね。今君がするべきことは黙って頷くだけだ」
「今、理由をお聞かせ下さい」
一歩も引かないサモエドにアクリは呆れたようなため息をついた。
「頷けと言っているだろう。全く……君が私に反抗すれば、バラク家を『反逆罪』として裁かなければならないのだぞ?」
「殿下、殿下は国外追放などと大それたことを仰ったのです。おふざけはなさらないで、きちんと理由をお聞かせ下さい」
あはっ!
ベリーが笑う。
「はわわわ!王太子のアクリに反抗してるー!!馬鹿ねえ。それだけで反逆罪になることも知らないの?」
せーっかく破滅エンドは勘弁してあげようと思ったのに~!などとミュージカル俳優のような大袈裟な身振りでベリーは場を盛り上げようとする。
「本当に愚かだ。無知は罪ということですね、殿下。彼女は『はい』と頷いた事にしてもう追放しましょう。それが一番平和的解決です」
そうだね、とアクリは頷くと、手を上げた。
途端にやってくるのは貴族の格好に扮して警備をしていた騎士たち数名。
「どうなさいました、アクリ殿下」
「この女を牢に。後日、国外追放する」
ひっとらえよ、という号令をアクリが出すが、しかし動く騎士は一人もいなかった。
「何をしているんだい」
「この方はファルト殿下の婚約者です。どのような粗相をされたにせよ、王族に準する方に対し、国王陛下の命でなければ私共は……」
「だーかーらー」
苛々したようにベリーが騎士に詰め寄る。
「次の国王陛下であるアクリが言ってるんでしょ?同じようなものでしょ?」
騎士たちは困ってサモエドに目を遣る。サモエドは首を振った。
「私もよくわからないのです。何故私が国外追放されるのか、理由すら聞かせてもらえませんの。そして国外追放に賛成しないからと、反逆罪だと言われましたの」
「殿下……」
騎士たちの目が向くとアクリは鼻を鳴らした。
「理由ならある。サモエド・バラクは第二王子ファルトを騙し、策略にはめ、無理やり婚約者となった。これは重罪である。よって国外追放とする」
「騙してませんってのは無しね。だって続編のストーリーでは、ファルトは嫌々サモエドと婚約していたもの」
得意げにベリーが言うが
「続編のストーリー?」
サモエドと騎士が眉を顰めたので、慌てて彼女は言い直した。
「えーっと…。私はファルトの気持ちを良くわかってるってこと!とにかくファルトはサモエドと結婚をする事をとても嫌がってたわ!それを運命の乙女が癒してあげて、やがてファルトは……」
「このような大勢の人が居る場で、根も葉もない嘘を吐くのはやめてくれませんか」
不機嫌そうな声がベリーの言葉を遮る。
「ファルト様」
「申し訳ありません、サミー。まさか、王族主催のパーティーに慮外者がいるとは思わなかった」
ファルトは急いでサモエドの傍に行くと、そのまま肩を抱く。
サモエドが少し振り返ると、ハンリーが何事からもファルトとサモエドを護れるような位置取りをして待機しているのが見えた。
「サミー、少し我慢して下さい」
サモエドにしか聞こえないであろう声量でファルトは呟くと、二人は未だ抱擁もした事がないのに、更に体を密着させた。この場にいる貴族たちに有らぬ誤解をさせてはならないと思っての行動だ。
「私がサミーを嫌がるわけがない。兄上には言いましたよね?私がサミーに王太子の婚約者候補を辞退し、私の婚約者になってくれと頼んだと」
「えーっ嘘よー!!」
ベリーが甲高い声を出したので、此方に向く貴族の目が増えた。
「私、知ってるのよ。ファルトはね、強力な後ろ盾が必要だったからサモエドを婚約者にしたのよ。バラク家の後ろ盾が欲しいだろって、サモエドが唆してね。でもね、サモエドはお兄ちゃんのシェパードと仲が超険悪で、ファルトはバラク家から何も恩恵が無い事を嘆いてたわ!しかもサモエドは可愛げのない女だから、ファルトは婚約早まったって、騙されたって悔やんでたの!!」
「……別に、お兄様と仲が険悪だとは思いませんが」
「それはアンタが気付いてないだけだってば。そんな他人の心に疎いから、シェパードにもファルトにも嫌われるんでしょ?」
サモエドはすぐ近くにあるファルトの顔を見る。ファルトもサモエドの顔を見て、そして苦笑した。
「彼女は何を言っているんだろうね?シェパード殿も私もサミーの事が好きなのに」
確かに、ベリーの毒に侵されたままだったら兄妹仲は破綻していただろうが、シェパードが快癒した今は、普通に仲が良い。
「そもそも私はバラク家の後ろ盾が欲しいという理由でサミーと婚約をしたわけではありませんよ。私が愛した女性が、偶々バラク家の御令嬢だっただけのことです。策略?何の事でしょう。婚約前は私が一方的にサミーの事を好きだったのに。だから、兄上の言う罪状は全くの出鱈目で冤罪ですよ」
穏やかさから一変し、ファルトは鋭い目で兄・アクリを睨み付けた。
「サミーに言い掛かりをつけ、国外追放などと仰っていましたね。仮に冗談だとしても流石に謝ってくれますよね、アクリ王太子殿下」
「ファルト。その女は私とお前に亀裂を齎す女だと何故わからない。今までの私の行動はお前のことを想っての事なんだ。ひいてはこの国の為になる事なんだ!」
「訳が分かりません。理由は?何故兄上は何度も私の大事な方を侮辱するのでしょう。…これで三度目ですよ」
「理由か……、それは説明しようにも、経験的な物だから今のお前には理解できないだろう。しかし私や私の側近候補たちは皆、バラクを危険視している」
「つまり、提示できる明確な理由はないということですね」
二人の王子は睨みあう。音楽隊の奏でる音楽は流れているが、それ以外のざわめきは鳴りを潜めている。此処にいる皆が、この兄弟喧嘩の成り行きを注視しているのだ。
その空気を感じ取ったファルトは、婚約者を護る態度を見せる為に、更にサモエドの腰と背に腕を回し、彼女を抱きしめる。その際サモエドは小さくびくっと体を震わせたが、反発することなくファルトの腕の中に収まった。
「お前は今朝、ベリー嬢の優しさに触れて改心したのではなかったのか」
「アレを兄上は優しさと仰るのですか。人を侮辱することが優しさと仰るのか!!」
サモエドの事を散々小ばかにされた事をファルトはかなり根に持っている。
「ふぁ、ファルトはあの時私とアクリがお似合いだって褒めてくれたじゃん。なのに…え?……怒ってたの?」
しどろもどろに言うベリーにファルトは微笑む。
「お似合いだと思いますよ。ええ、とても。貴女は兄上と同じ思考を持っています。王太子と男爵令嬢……身分は違いますが、性質は全く同じです」
ベリーの表情が明るくなる。アクリも満更でもなさそうだ。それを見た貴族たちは皆思う。……皮肉られていることにも気付かないとは、アクリ殿下は何と愚かなのか、と。
「うふふっ!ファルトったら嬉しい事言っちゃって!やっぱり私の事が好きなのね!あ~安心しちゃった」
ベリーが嬉しそうに言うのをまるっと無視し、ファルトはアクリに鋭い目を向けたまま「さあ、」と促した。
「謝って下さい、アクリ王太子殿下」
「………」
アクリも目を鋭くし、ファルトを睨み付ける。
「このような大衆の面前で僕に恥をかかせるのか」
「先に私の婚約者に恥をかかせたのは貴殿です。つまり、この場をわざわざ選んだのは貴殿です、アクリ王太子殿下」
「減らず口を」
アクリは踵を返す。結局謝るという選択肢は彼に無かったのだ。
「……王太子殿下、この場を以って私は貴殿の謝罪を受け入れる事を止めます。サモエドに……彼女に二度と近づかないで下さい」
謝罪を受け入れない、それは絶対に許さないという意思表示だ。
「女の為に王太子である僕との絆を壊すのだな」
ふん!と鼻を鳴らす。
「お前がそんなにも愚かだとは思わなかったよ、ファルト」
「えー?はわわわ!ちょっと、アクリ。ケンカは駄目だよ?」
ベリーは、ちらちらとファルトに未練がましそうな視線を遣りながらも、アクリと一緒に会場を後にする。
フィンもそれに付いていこうとしたが、オノクル騎士団長に腕を掴まれ、阻まれた。
「父上?どうかされましたか?アクリ殿下を追わないと」
「アクリ殿下にはお前以外にもう一人騎士を護衛につかせているから大丈夫だ。……それよりもお前には話を訊かねばならん。お前はこのまま儂の隣で待機だ」
うぇえ?という情けない声をフィンが上げる。
「殿下の護衛は俺だけじゃなかったんですか?」
「当たり前だろう。アクリ殿下の願いとは言え、護衛の心得も無いお前一人に、王太子殿下の命を握らせるわけにはいかん」
「殿下の…願い?」
「知らなかったのか?お前を護衛にするのはアクリ殿下たっての願いだったのだ。そうでなければお前など要人護衛に使うわけなかろう」
まさに呆然、といった感じでフィンは立ち尽くす。だが、それも許されなかった。
儂の隣にいろと言っただろうがとオノクルに背中を強く叩かれ、彼は泣きそうな顔で父親の後を付いていったのだった。
一つの嵐が去った後、会場にはまた雑多音が戻ってくる。
ファルトはサモエドを解放すると、彼女の手を引き、会場の隅へと場所を移した。
「申し訳ありませんでした。あの……色々といきなりで驚いたでしょう?」
「は…はい」
二人は今更ながら顔を赤くして俯く。
「でも仕方なかったのです。抱擁の件は私達が不仲だと噂になれば、その隙をついて悪巧みをする輩が出てきますし、兄上との件は私が弱みを見せれば、やはり何者かに隙を突かれる恐れがありまして」
サモエドはこくこくと頷く。
「私なら大丈夫ですわ。その…幼い頃から王妃教育をされておりましたので、心得はあるつもりです」
心得はあるが、実際に大勢の前でつるし上げを喰らったり、抱擁されたのは初めてであったが。
「しかし、私の不手際のせいでアクリ殿下と不仲になってしまい、申し訳ありませんでした」
しゅんっと肩を落とすサモエドに、ファルトはとんでもない!と首を横に振った。
「いつかはああなることでした。それにサミーのせいではありません。兄上があまりにも愚かだったゆえに、少しそれが早まっただけですよ」
「………」
「………」
二人の間に少し気まずい空気が流れそうになったので、サモエドは慌てて話題を探す。
「あ…アクリ殿下ですが、お父様やお兄様からお話は聞いていましたが、あそこまで強烈だとは思いませんでした」
国王陛下が余裕も無く14歳の小娘にまで助けを要請する理由が、サモエドには漸く理解できた気がした。
ファルトは目を伏せ、ため息をつく。
「学園に通う前までは、あんな人では無かったのです。とても聡明な方で、私の憧れの方でした」
ふと、サモエドはあの雑貨屋でのベリーの言葉を思い出す。
「…王太子殿下の色を、身に付けていたと……聞きましたが?」
「ええ」とファルトは照れ臭そうに頷いた。
「今はもう付けていませんが……昔は必ず青色を身に付けていました……ああ、」
思い出し笑いのようにファルトは笑い、
「今では貴女の色をずっと身に付けていますがね?」
自身の髪を結ぶ山吹色のリボンをサモエドに見せた。
「どうやら私は憧れの方の色を身に付ける性質のようです」
こうして第二王子・ファルトの誕生日パーティーの時間は過ぎていき、14歳となった彼の最初の一日目は終わっていった。




