第二王子の誕生日パーティー1
第二王子・ファルトの誕生日を祝う為、王宮のダンスホールは昨晩から特別仕様の飾りつけをされている。
また、普段の王宮の護りは近衛騎士が受け持っているが、いつもより多くの要人を迎え入れることとなる今日は、他の部隊の騎士も護衛に駆り出されており、いつもよりも空気がピリピリとしていた。
ファルトの婚約者として、一足先に王宮に訪れていたサモエドは、メイドに導かれるまま王族の私室があるフロアを歩いていた。
ふと、目の端に青色が映る。そちらを向けば、青色のマントを付けた青年が背を向けて立っているのが見えた。顔は見えないが、あの色からしてアクリだろう。
誰かと話し込んでいる様子だが、その相手はアクリよりも小さいために確認は出来なかった。
特に興味も惹かれなかったので、サモエドはすぐに目を逸らし、メイドの背を追った。
そして辿り着いたのは、一つの扉の前。メイドはノックをし、中からの応答を待って扉を開けた。
「今日は来てくれてありがとうございます」
扉の先にはファルトが照れ臭そうに笑いながら立っていた。
サモエドはスカートの端を摘んでカーテシーをし「喜ばしい場にお招きいただき、ありがとうございます」と挨拶をすると、メイドと共に部屋の中へ入っていった。
今日のファルトは白いシャツにエンジのネクタイ、エンジのチェックのベスト、要所に金の刺繍がしてある黒いスーツを着ていた。
傍らの椅子にエンジ色のマントが掛けてあるので、あれも羽織るのだろう。
髪を結ぶのはサモエドが贈った山吹色のリボンだったので、サモエドは気恥ずかしそうに彼から視線を逸らした。まあ、サモエドもファルトから最初に貰った幸運のリボンを髪につけているので、おあいこだろう。
サモエドと言えば、今日の装いは当初の計画通りエンジのドレスを身に纏っていた。
胸元は白いレースで飾られていて、アクセントにルビーのブローチがついている。
銀の髪は結い上げられ、幸運のリボンはカチューシャのように彼女の髪を飾っていた。
「サミー、貴女を時間前に此処に呼んだのは、母上から貴女に贈り物があったからです」
「王妃様からですか?」
マントをかけられた椅子には、一つの大きめの箱が置いてあった。その蓋を開け、ファルトは中の物を丁寧に取り上げる。それは山吹色のショールだった。
「これを、貴女に」
王族の男性はマントだが、女性は自分の色のショールを付ける。
「わ…私の立場は王族ではありませんわ」
「貴女の色が……第二王子妃の色が正式にこの色だと決まったわけではありません。単に、エンジ色に合う色のショールを母上が誂えただけです」
ファルトは戸惑うサモエドの肩に、有無を言わせず柔らかいそれを掛けた。
「お似合いです」
「……ありがとうございます」
少しの沈黙。時計の針の音がやけに耳につく。
はっとサモエドは顔を上げ、ファルトの名を呼ぼうとした時―――
コンコン。
ドアをノックされ、ファルトが返事をする前にそれは開けられた。
「ファルト、お前に幸運が齎されたぞ」
遠慮なく入室してきたのは兄のアクリだった。
ファルトはサモエドを背に隠すように立つと、無遠慮に入ってきた兄に苦言を呈す。
「此方の都合もあるのです、返事の前にドアを開ける事はお止め下さい、兄上」
「ああ、すまない。来客がいたのか」
そう言いつつも、アクリはサモエドに目も向けずにファルトの手を取り、部屋の外に連れて行ってしまう。
「兄上」
ファルトが苛立ちながら呼ぶが、アクリは全く動じない。
「そう怒るな、ファルト。すぐにお前は僕にお礼を言いたくなるさ」
連れてこられた先、部屋の前の廊下に一人の少女が立っていた。
彼女は小首を傾げ、はにかんだ笑みでファルトを見ている。
彼女を見た瞬間、ファルトの脳裏に嫌な記憶が蘇えった。
一年前、兄を虜にした女性が気になり、ハンリーと共にお忍びで見に行き、うっかり女性不信になりかけた時の記憶。
「………誰ですか?」
知っているが、一応初対面なので嫌々ながら名前を訊く。
「ベリー・クレトラ嬢だ。僕の、一番大事な女性だよ」
「きゃーん!!アクリったら、ファルトが誤解しちゃうから止めてー」
呼び捨てにする許可どころか、此方が名乗ってもいないのに……とファルトの顔が強張る。
しかし、ファルトの感情などお構いなしにベリーはずいっと近寄り、ぺこりとお辞儀をした。
「ベリーです!仲良くしようね、ファルト」
「………ファルト・アーズと申します」
兄の手前、無視することもできないので、不承不承に名乗る。
そんな彼の態度に何を勘違いしたのか、ベリーは「きゃっ!緊張してるの?可愛い~」などと騒ぎ立てた。
体に触ろうとするベリーの手を躱しながら、ファルトは何とか不愉快さを抑えながら兄に視線を向けた。
「私に何の御用ですか」
「ああ、何とな。ベリー嬢がお前に誕生日プレゼントを用意してくれていたんだ」
「…………」
ベリーはもじもじしつつも「はい!」と小箱をファルトに差し出した。
しかしファルトは受け取らなかった。
「……申し訳ありませんが、頂けません」
断りの言葉を口にしたファルトに、アクリは目を見開く。
「女性の好意を無下にし、恥をかかせるのか?彼女は僕の大事な女性だと言っただろう!」
「あの…。私に婚約者がいる事はご存知ですよね?」
どちらに言うでもなくファルトは言う。
「それとこれとは」
「大いに関係あります。私の婚約者が不愉快な気持ちになりますので、他の女性からはプレゼントを頂けません」
「えーーっ!」
場に合わない素っ頓狂な声をベリーが上げた。
いちいち癇に障る、などとファルトは思うが、顔には出さない。
「ファルトって可哀想ー!束縛されてるのー?」
「いいえ、ただの常識です」
「嘘、嘘、嘘!」
ぶんぶんと頭を振り、ベリーは無理やりファルトの前に行って彼の右手を握り込むと、自身の胸に押し付けた。
「本当に婚約者さんがファルトの事を愛してるなら、ファルトの行動は制限しないよ!ファルト……本当に愛されてるの?大丈夫?私、しんぱ…」
最後までセリフを言わさず、ファルトはベリーの手を振りほどく。
「ファルト!女性に対して何をする!」
アクリの厳しい声が飛ぶが、ファルトは彼らの為に笑顔を作るのはもう限界だった。
「結局、何がしたいのですか、兄上」
「僕もベリー嬢もお前を喜ばそうとしただけではないか!」
「私が喜ぶ?大事な人を侮辱されて、喜ぶ者がいるとでも?!」
ファルトの珍しい怒声に、漸くアクリは動揺を示した。
「兄上は何度、私の大事な方を侮辱すれば気が済むのです」
これは前回の悪女発言を指している。前回ファルトは謝罪を要求したが、結局『悪女』については今日までアクリは撤回することも謝ることもなかった。
ファルトに気圧されているアクリを見たベリーが慌てて割って入る。
「止めてよファルト!アクリはね、ファルトの事を心配して言ってるの!だってファルトの婚約者ってサモエドでしょ?」
サモエドの名を出され、思わずファルトはアクリからベリーの方に目を遣った。
「サモエドってこーんな吊り目の可愛くない女の子でしょ。あんなキツい子となんだから、ファルトの事が心配になるに決まってるじゃない」
ベリーはぴーんっと自身の目尻を指で釣り上げてみせる。
それをアクリは苦笑し「君がやっても可愛らしいだけだよ」などと言いながら見ていた。
すっ…とファルトの目から感情が失せる。
「兄上、クレトラ男爵令嬢は兄上に良くお似合いの方ですね」
「「え?」」
急に話が飛び、アクリとベリーはきょとんとする。
「本当に、良くお似合いです」
念押しのようにそう言うと、ファルトは踵を返し、自室へ戻っていった。
残された二人は目を見合わせ、
「はわわわ!お似合いだって!」
「参ったな…」
照れ臭そうに微笑みあう。
「ファルトは私のこと、認めてくれたみたいね」
「やっとファルトも君の優しさによって目が覚めたみたいだ。礼を言うよ、ベリー嬢」
アクリはベリーの頬に掌を寄せ、囁くように礼を言う。そんなアクリをうっとりと見つめ、ベリーは小さく「うんっ」と頷いた。
「後は、サモエドとの婚約をどうやって解消させるかだね」
「ふふ……ファルトの目が覚めた今、何とでもなるさ」
部屋の外の茶番劇を知る由もないファルトは、自室に戻った後、律儀に立って待っていたサモエドに大股で近寄った。
「お待たせしてすみません」
「いいえ。もう用事はよろしいのですか?」
「大した用事ではありませんでした。お気になさらず」
サモエドは首を少し傾げ、手提げ鞄からハンカチを取りだしてファルトに差し出した。
「サミー?」
「いいえ…、手を気にされていたので、何か付いたのかと」
ベリーの手や胸の感触が残った右手を、ファルトは無意識にもう片方の手で拭っていたのだ。
「なんでもありませんよ」
「そうですか?……ああ、そうでした」
ハンカチを仕舞った手で、鞄から一つの小箱を取りだす。
「ファルト様、お誕生日おめでとうございます。どうかこれをお受け取りになって下さいませんか?」
ベリーからの贈り物は受け取り拒否したファルトだったが、サモエドからの贈り物だと話は別。
嬉しそうに破顔して、大事そうに受け取った。
「開けてみても?」
「どうぞ。……気に入って下されば良いのですが」
しゅるりと音を立ててリボンを解き、小箱の蓋を開けると、白薔薇の懐中時計が鎮座していた。
手に取れば、シャラン、と鎖が小気味いい音を立てる。
「懐中時計ですね。大事にします」
「その薔薇、王宮で見せてもらった薔薇に似ていますでしょう?」
サモエドは更にバックから何かを取りだした。
同じ、白薔薇の懐中時計であった。
「私の分も、買ってしまいました。お揃いですが……構いませんでしたか?」
少し俯き加減に言う彼女のことが、ファルトは堪らなく愛おしいと思う。
「勿論です。あの時の薔薇の事、覚えてくれていたんですね」
「忘れられませんわ……」
意志の強そうな猫目が頼りなさそうに細められる。その様が、何と可愛い事か。
ファルトは心からの笑みを浮かべたのだった。




